6話目「動かぬ車」
荷物もそこそこに、俺たちは急いで来た道を戻った。
啓太は足取りがふらついていて、裕太郎と俺とで支えながら歩いた。
車を停めた場所に着くと、誠が真っ先に運転席に乗り込みキーを回した。
だが、エンジンがかからない。
「なんで……昨日はちゃんと走ったのに」
誠が何度もキーを回すが、うんともすんとも言わない。バッテリーの問題でもなさそうだった。
「ボンネット開けてみ」
裕太郎の提案で確認してみたが、素人目にも異常は見当たらない。
「まさか、これも……」
誰もその先を言わなかったが、皆が同じことを考えているのは明らかだった。
「電波、探しに行ってくるわ」
誠と裕太郎が、電波の入りそうな尾根まで様子を見に行くことになった。
啓太の様子がまだ心配だったので、俺は啓太と二人でその場に残ることにした。
二人きりになると、静寂がより一層重く感じられた。
啓太は車のシートにもたれ、ぼんやりと山を見つめている。
「啓太、大丈夫か」
声をかけても反応が薄い。そのうち、啓太が小さく口を動かし始めた。
歌うような、語るような、聞いたことのない節回し。
古い言葉のようにも聞こえるが、意味はまったくわからない。
「啓太……?」
呼びかけても、うつろな目のまま同じ調子を繰り返す。
そのとき、森の奥から音が近づいてきた。
複数の足音。そして、チリン、チリンという鈴の音が重なって聞こえてくる。
一つじゃない。何人分もの足音が、じわじわとこちらへ向かってくるようだった。
俺は思わず車のドアを固く閉め、啓太を庇うように前に立った。
足音は近づいたり遠のいたりを繰り返しながら、しかし確実にこちらの様子を伺っているように感じられた。
どれくらいそうしていただろうか。
遠くから、誠と裕太郎が走って戻ってくる足音が聞こえて、俺はようやく肩の力を抜いた。
「誠! 裕太郎!」
「北斗、どうした?! 何かあったんか?!」
「電波、全然入らへんかった……って、なんかあったんか、その顔」
「音が……足音と、鈴の音が、近づいてきて……啓太も、また様子がおかしなって」
そう説明していると、裕太郎がふらついて座り込んだ。
「裕太郎!」
駆け寄って顔を覗き込むと、裕太郎の耳からも、うっすらと血が滲み出していた。
なぜか俺だけが、あの音を「聞いた」だけで、体に異常が出ていない。
誠も無事だった。だが啓太と裕太郎は、確実に何かに蝕まれ始めていた。
「なんでや……なんで俺と北斗は平気なんや」
誠が震える声で言う。
「わからん。けど、あの帳面に書いてあった『音を聞く者』って言葉、もしかしたら……」
言いかけて、俺は口をつぐんだ。それ以上考えたくなかった。
日が暮れ始め、俺たちは仕方なくもう一晩、キャンプ地で過ごすことになった。
車が直らない以上、他に選択肢がなかった。
その夜、誠が石碑の写真――入り口にあったあの石碑の写真を、拡大して必死に文字を読み解いていた。
「北斗……これ、読めたわ」
誠の声が震えている。
「『音ヲ聞ク者、山ノ贄トナル』って書いてある」
「音を聞く者が、生贄になる……?」
「ああ。だから啓太と裕太郎に症状が出て……お前と俺は、まだマシなんかもしれん」
その言葉を聞いて、俺の背筋が凍った。
――「まだ」。つまり、時間の問題ということだ。
啓太と裕太郎を交代で見ながら、俺と誠はほとんど一睡もせずに夜を明かした。
遠くから、あの足音と鈴の音は、夜通し途切れることなく聞こえ続けていた。
6話目、お読みいただきありがとうございました。
車のエンジンがかからない、という描写は、ホラーとしてはやや定番かもしれませんが、「逃げられない」状況を作る上でどうしても外せない要素でした。物理的にも精神的にも、退路を断たれていく展開を意識しています。
裕太郎にも異変が出始め、「音を聞く者」という石碑の文言がついに明確な形で読み解かれました。これで、北斗と誠だけが無事である理由に、一応の説明がついたことになります。
ただ、「まだ」マシなだけ、という誠の台詞通り、二人にとっても安全は保証されていません。次話ではその緊張感が最高潮に達します。少し長めの回になりますが、よろしければお付き合いください。




