5話目「夜歩く者」
見張り番を裕太郎に交代し、俺はテントに戻って横になった。
なかなか寝付けないまま、うとうとしていたときだった。
「――北斗」
裕太郎の声で叩き起こされた。時計を見ると、午前二時を少し過ぎたところだった。
「どうした?」
「啓太が……いない」
飛び起きてテントの中を確認すると、啓太の寝袋がもぬけの殻になっている。
「誠、起きろ! 啓太がおらん!」
慌てて誠を起こし、三人で辺りを探し始めた。
月明かりの下、坑道の方向へふらふらと歩いていく人影が見えた。
「啓太!」
呼びかけても振り向かない。俺たちは急いで後を追った。
坑道の入り口まで来ると、啓太はしゃがみ込んで、素手で地面を掘り返していた。
爪の間から血が滲んでいるのに、まったく気にする様子がない。
「ここや……ここにおるんや……」
譫言のように、同じ言葉を繰り返している。
「啓太、しっかりせえ!」
肩を掴んで振り向かせると、俺は息を呑んだ。
啓太の目には光がなく、まるでガラス玉のようだった。そして――両耳から、一筋ずつ血が流れていた。
「啓太っ!」
必死に体を揺すると、しばらくして啓太の焦点が戻ってきた。
「え……な、なんで俺、こんなとこ……」
本人には、ここまで来た記憶がまったくないようだった。
「なあ、今掘っとった場所、見てみいひんか」
誠が恐る恐る、啓太が掘っていた場所にヘッドライトを向けた。
土の中から、何か白いものが覗いていた。
裕太郎が息を呑む。
「……骨、か?」
それ以上確認する勇気は誰にもなかった。
無理やり啓太を引きずるようにしてテントまで連れ戻した。
朝になっても、啓太は昨夜のことを覚えていなかった。
「なあ誠、もう帰った方がええんちゃうか」
俺がそう言うと、誠は険しい顔でスマホを見ていた。
「実はな……昨日の夜、もう少し村の伝承調べとってん」
誠が語ったのは、こういう話だった。
――村を襲った病は鉛中毒だったが、当時の村人はそれを「山の神の祟り」と信じていた。
村のシャーマンは、山の神の怒りを鎮めるためではなく、実は死んでいった村人たちの「恨みの声」を封じるために、鈴と注連縄を使って結界を張っていたという。
村人たちは死してなお、自分たちを死に追いやった鉱山へと、亡者となって呼び戻され続けている――その「声」が、外に漏れないようにするための結界だった。
「……その注連縄って」
裕太郎が青ざめた顔で聞く。
誠も、俺も、答えられなかった。
入り口で啓太が切った、あのしめ縄。
俺たちは、村人たちの恨みを封じていた結界を、自分の手で解いてしまっていたのだ。
「じゃあ、啓太が掘っとったあの場所……」
「たぶん、村人の遺体か、生贄にされた誰かの……」
誰もそれ以上、言葉を続けられなかった。
「とにかく、今すぐ荷物まとめて下山しよう」
誠の提案に、全員が異論なく頷いた。
5話目、ありがとうございました。
啓太が夜中に坑道へ向かい、素手で土を掘り返す場面――ここが本作の中でも書いていて一番怖かったシーンです。本人に自覚がないまま体が動いてしまう、という「意識の乗っ取られ方」は、音による恐怖と相性が良いと思い採用しました。
そして、ついにしめ縄の正体が明かされます。「山の神を祀るもの」だと思っていたものが、実は「死者の声を封じるための結界」だったという逆転。啓太が何気なく切ってしまった行為が、実は物語全体の引き金だったことが、ここで確定します。
土の中から覗いた白いもの――これが何なのかは、あえて明言せずぼかしています。想像にお任せする形にしました。
次話からは、いよいよ下山を試みますが、そう簡単にはいかせてもらえません。




