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谺 -こだま-  作者: 浪速の行者


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5/10

5話目「夜歩く者」

見張り番を裕太郎に交代し、俺はテントに戻って横になった。

なかなか寝付けないまま、うとうとしていたときだった。


「――北斗」


裕太郎の声で叩き起こされた。時計を見ると、午前二時を少し過ぎたところだった。


「どうした?」

「啓太が……いない」


飛び起きてテントの中を確認すると、啓太の寝袋がもぬけの殻になっている。


「誠、起きろ! 啓太がおらん!」


慌てて誠を起こし、三人で辺りを探し始めた。


月明かりの下、坑道の方向へふらふらと歩いていく人影が見えた。


「啓太!」


呼びかけても振り向かない。俺たちは急いで後を追った。


坑道の入り口まで来ると、啓太はしゃがみ込んで、素手で地面を掘り返していた。

爪の間から血が滲んでいるのに、まったく気にする様子がない。


「ここや……ここにおるんや……」


譫言のように、同じ言葉を繰り返している。


「啓太、しっかりせえ!」


肩を掴んで振り向かせると、俺は息を呑んだ。

啓太の目には光がなく、まるでガラス玉のようだった。そして――両耳から、一筋ずつ血が流れていた。


「啓太っ!」


必死に体を揺すると、しばらくして啓太の焦点が戻ってきた。


「え……な、なんで俺、こんなとこ……」


本人には、ここまで来た記憶がまったくないようだった。


「なあ、今掘っとった場所、見てみいひんか」


誠が恐る恐る、啓太が掘っていた場所にヘッドライトを向けた。

土の中から、何か白いものが覗いていた。

裕太郎が息を呑む。


「……骨、か?」


それ以上確認する勇気は誰にもなかった。

無理やり啓太を引きずるようにしてテントまで連れ戻した。


朝になっても、啓太は昨夜のことを覚えていなかった。


「なあ誠、もう帰った方がええんちゃうか」


俺がそう言うと、誠は険しい顔でスマホを見ていた。


「実はな……昨日の夜、もう少し村の伝承調べとってん」


誠が語ったのは、こういう話だった。

――村を襲った病は鉛中毒だったが、当時の村人はそれを「山の神の祟り」と信じていた。

村のシャーマンは、山の神の怒りを鎮めるためではなく、実は死んでいった村人たちの「恨みの声」を封じるために、鈴と注連縄を使って結界を張っていたという。

村人たちは死してなお、自分たちを死に追いやった鉱山へと、亡者となって呼び戻され続けている――その「声」が、外に漏れないようにするための結界だった。


「……その注連縄って」


裕太郎が青ざめた顔で聞く。

誠も、俺も、答えられなかった。

入り口で啓太が切った、あのしめ縄。

俺たちは、村人たちの恨みを封じていた結界を、自分の手で解いてしまっていたのだ。


「じゃあ、啓太が掘っとったあの場所……」

「たぶん、村人の遺体か、生贄にされた誰かの……」


誰もそれ以上、言葉を続けられなかった。


「とにかく、今すぐ荷物まとめて下山しよう」


誠の提案に、全員が異論なく頷いた。

5話目、ありがとうございました。


啓太が夜中に坑道へ向かい、素手で土を掘り返す場面――ここが本作の中でも書いていて一番怖かったシーンです。本人に自覚がないまま体が動いてしまう、という「意識の乗っ取られ方」は、音による恐怖と相性が良いと思い採用しました。


そして、ついにしめ縄の正体が明かされます。「山の神を祀るもの」だと思っていたものが、実は「死者の声を封じるための結界」だったという逆転。啓太が何気なく切ってしまった行為が、実は物語全体の引き金だったことが、ここで確定します。


土の中から覗いた白いもの――これが何なのかは、あえて明言せずぼかしています。想像にお任せする形にしました。

次話からは、いよいよ下山を試みますが、そう簡単にはいかせてもらえません。

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