4話目「古文書」
三日目の朝、誠が興奮した様子でテントから飛び出してきた。
「北斗、裕太郎、啓太! すごいもん見つけてん!」
昨夜、寝る前に村の跡をもう少し歩いてみたところ、崩れかけた土蔵のようなものを見つけたのだという。
「中に、こんなんあってん」
誠が差し出したのは、古びた帳面のようなものだった。表紙には「村誌控」と書かれている。虫食いだらけで、ページの多くは判読不能だったが、いくつかの箇所は辛うじて読み取れた。
読める部分を皆で持ち寄って、誠が声に出して読んでいく。
「……明治二十八年、鉱脈発見サレ、村ニ活気戻ル。銀鉛ノ産出、隣村ニモ聞コエ、人足集マル……」
「明治三十二年頃ヨリ、原因不明ノ病人続出。手足痺レ、腹痛、意識朦朧トシ、死ニ至ル者多数……」
「村人ノ間ニテ、山ノ神ノ祟リナリトノ噂広マル。シャーマン(巫女)、生贄ヲ以テ鎮メントス……」
読み進めるうちに、誠の声がだんだんと小さくなっていった。
「……明治三十五年、生贄捧グルモ死者止マラズ。村人、次々ト逃散。残リシ者、井戸ノ水ヲ疑イ始ムルモ、時既ニ遅シ……」
「明治三十六年、村ヲ捨テル者相次ギ、遂ニ廃村トナル。死シタル村人ノ怨念、山ニ残ルトノ言イ伝エアリ……」
最後のページには、他とは違う筆跡で、こう書かれていた。
「音ヲ立テズ、鈴ノミヲ以テ鎮メヨ。人ノ声、決シテ山ニ届カセルベカラズ」
「……これ、どういう意味やろ」
裕太郎が呟くように言う。
「わからん。けど、なんかめっちゃ嫌な予感するわ」
啓太がそう言って、帳面から目を逸らした。
俺はふと、入り口にあったしめ縄のことを思い出した。
「なあ、あの入り口のしめ縄……」
「え?」
「あれ、山の神を祀ってるだけやと思っとったけど……もしかして、何かを『封じる』ためのもんちゃうか」
その場に、重い沈黙が落ちた。
「まさかな。考えすぎやろ」
誠がそう言って笑おうとしたが、うまく笑えていなかった。
その日の昼間、俺たちは気を紛らわすように山を少し歩き回った。
渓流で水遊びをしたり、写真を撮ったりして、努めて普段通りに振る舞おうとした。
けれど、誰も心の底からは楽しめていなかった。
夕方、キャンプ地に戻ると、啓太の様子が明らかにおかしくなっていた。
食事にもほとんど手をつけず、ぼんやりと森の方角を見つめている。
「啓太、大丈夫か? 何か見えとるんか?」
「……いや、何も。ただ、耳鳴りがひどくてな」
そう言う啓太の耳から、うっすらと血の筋が一本、頬を伝っていた。
「啓太! 耳から血出てるぞ!」
慌てて駆け寄ると、啓太は自分でも気づいていなかったようで、驚いた顔をしていた。
「え、マジで……? なんも痛くないんやけど」
ティッシュで拭っても、血はなかなか止まらなかった。
その夜、俺たちは交代で見張りをすることに決めた。
何をどう見張るのか、誰も明確には言えなかったけれど、誰か一人でも起きていれば安心だという、根拠のない思いだけがあった。
最初の見張りは俺だった。
焚き火の残り火を見つめながら、俺は帳面に書かれていた最後の一文を何度も思い返していた。
「音ヲ立テズ、鈴ノミヲ以テ鎮メヨ」
――もし本当に、あのしめ縄が何かを封じていたのだとしたら。
俺たちは、それを解いてしまったことになる。
深夜、遠くから、あの「カン、カン」という音が、また聞こえ始めた。
今度は、以前よりもずっと近く感じられた。
4話目、お読みいただきありがとうございました。
「村誌控」という古文書を登場させ、村の歴史と、生贄の儀式、そして「音を立てず、鈴のみを以て鎮めよ」という最後の一文を提示しました。
この一文が、実は物語全体のキーになる部分です。ここで種明かしをしてしまうか迷ったのですが、あえて早めに提示することで、「じゃあ、あのしめ縄は……」と読者の方にも嫌な予感を先取りしていただきたいという意図がありました。
啓太の耳からの出血も、この話で初めて明確な形で描写しています。ホラーとしての「身体への浸食」を、これ以降少しずつエスカレートさせていく予定です。
次話は、いよいよ啓太が夜中に一人で行動を起こします。ここから物語は一気に緊迫していきますので、よろしければ引き続きご覧ください。




