3話目「坑道」
翌朝、真っ先に気づいたのは啓太の様子だった。
目の下に濃いクマができていて、やけに顔色が悪い。
「啓太、寝れんかったんか?」
「いや……なんか、耳鳴りがずっとしてて。キーンって」
「昨日の夜の音のこと?」
「いや、そうじゃなくて、耳の中で、ずっと。今もする」
そう言って、啓太は自分の耳を何度も指で塞いだり離したりしていた。
「音、聞こえへんかったのに、耳鳴りだけするんか?」
裕太郎が不思議そうに聞く。
「せやねん。おかしいやろ」
啓太は苦笑いしたが、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。
朝食を済ませたあと、誠の提案で鉱山跡を探すことになった。
「昨日の音が本物の坑道からのもんやったら、まさに古地図の記号の場所や。行かん手はないやろ」
誠の目は完全に、村の悲劇よりも鉱山探索への好奇心に支配されていた。
古地図と山岳地図のGPSを見比べながら、獣道のような斜面をさらに登っていく。
道中、何ヶ所か石を積んだだけの小さな塚のようなものを見かけた。
「これ、お墓ちゃうか?」
裕太郎が足を止めて言う。
「かもしれんな。村人の墓、ちゃんとした寺とかなかったんかもしれん」
俺がそう言うと、誠は少し表情を曇らせたが、すぐに歩みを再開した。
三十分ほど歩くと、山肌にぽっかりと黒い穴が開いているのを見つけた。
苔むした木の支柱が朽ちかけたまま、坑道の入り口を支えている。
「あった! これが鉱山の入り口や!」
誠が興奮した声を上げる。俺たちはヘッドライトをつけて中を覗いた。
冷たい空気が奥から流れてくる。そして――かすかに、鈴の音がした。
チリン……チリン……と、規則的ではないが、確かに何かが鳴っている。
「今の、聞こえたよな?」
「ああ……」
裕太郎の顔がこわばっている。誠も一瞬固まったが、
「風で何かが揺れとるだけやろ」
と、自分に言い聞かせるように呟いた。
「入ってみるん?」
「せっかくここまで来たんやし」
反対する声もあったが、結局四人で坑道に足を踏み入れることになった。
坑道の中は思ったより広く、天井もそこそこ高い。壁には手掘りの跡が残っていて、当時の採掘の様子が偲ばれる。
少し進むと、壁には赤黒い染みがいくつも付着していた。
よく見ると、爪でひっかいたような無数の筋が壁一面に刻まれている。
「これ、鉱物のせいで壁が赤くなってるだけちゃうか。鉄分とか」
誠は冷静を装って言うが、その筋の並び方は、とても自然にできたものとは思えなかった。まるで、誰かが必死に壁を掻きむしったような跡だ。
奥にはトロッコのレールの残骸や、錆びついたつるはし、ランプなんかも転がっていた。
裕太郎がスマホで写真を撮ると、画面を見て「うっ」と声を漏らした。
「な、なあ、これ……」
写真の隅、坑道の暗がりに、人影のような黒い染みが写り込んでいた。
「光の加減やろ、そんなん」
誠がそう言うが、誰もその写真を消そうとはしなかった。
さらに奥へ進もうとすると、啓太が急に立ち止まった。
「……なあ、誰か呼んでる気がする」
「え?」
「いや、名前とかじゃなくて……こっちおいでって、呼ばれてる気がしてん」
啓太の目が、坑道のさらに奥、暗闇に向けられていた。
「啓太、大丈夫か? 顔色、めっちゃ悪いで」
「……ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけや」
そう言って笑う啓太を見て、俺は言いようのない不安を覚えた。
昼過ぎ、誠が地図を見ながら首をひねっていた。
「おかしいな……古地図の鉱山の位置と、実際にあった坑道の位置、微妙にずれてる気がする」
「どういうこと?」
「いや、大した事やないねんけど……昔の測量なんてこんなもんかもな」
坑道を出て、キャンプ地に戻る道すがら、誠がぽつりと言った。
「なあ、あの坑道、また掘って中確認したら、レインボーガーネット出てくるかもしれんな」
「お前、まだそんなこと考えとったんか」
啓太が呆れたように言うが、その声にはいつもの元気がなかった。
夕方になる頃、今度は誠の様子がおかしくなり始めた。
焚き火の準備をしながら、時々ふっと手を止めて、誰もいない森のほうへ小さく手を振るような仕草をする。
「誠、どうした?」
「え? 何が?」
本人はまったく自覚がないようだった。
その夜、俺は妙なことに気がついた。
啓太は耳鳴りを訴え、裕太郎と誠はあの鈴の音や気配に怯えている。
なのに――俺にだけは、何も聞こえていなかった。
それが安心材料になるどころか、なぜか俺は無性に怖くなった。
3話目、ありがとうございました。
今回は坑道探索がメインでした。壁に残された無数の爪痕、写真に写り込んだ人影――視覚的なホラー要素も少し入れていますが、あくまで主軸は「音」であることは変わりません。
啓太が「誰か呼んでる気がする」と口にする場面、実はここが彼の異変の始まりです。読み返すと、この時点ではまだ本人にも自覚がなく、周りも「疲れてるだけ」で片付けてしまっているのが、後になって効いてくる構成にしています。
北斗だけが何も聞こえていない、という違和感も引き続き積み上げています。安心材料に見えて、実は一番不気味な要素かもしれません。
次話では、村の記録が記された古文書が見つかり、事件の全貌が少しずつ明らかになっていきます。




