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【112】踏襲する思い


「行くぜ魔女。第二ラウンドだ」


「……低能な魔族のぶんざいで」


魔女は激昂していた。


与えた絶望を、

打ち砕いた希望を、


まるでなんのダメージもなく乗り越えられてしまった。


そのとてつもない屈辱に。


しかし、魔女は知らない。


彼が復活に至るまで、どれだけの逡巡と後悔を重ね、

今この場にいるのか。


――今度という今度こそは、ゲイブは戦士として立ち上がれないかもしれなかった。


その背を叩いてくれたのは、立ち上がれと鼓舞してくれたのは、

人である友――ブラッドフォードだった。


「あいつのためにも、主のためにも、

俺は負けるわけにはいかねえんだよ」


だから、青年は立ち上がる。


ただ信ずる者のために牙を研ぎ、

ただ愛する者のために拳を握る。


そのくらい単純に、いともたやすく

強さを発揮できる彼の生き様に、

魔女は感嘆するとともに

――嫉妬に喘いだ。


「どうして、そんなに……前向きに生きられるのよ」


悲観の声が、魔女の口からはもれた。


そんな主を心配するように『人形』たちは歩みを止め、

再び彼女の命令が下るのを待っている。


「いつか必ず、老いが……限界が来るのよ?

そのときになって、守れていたものが、

大切に思っていたものが自分の手から

こぼれていく絶望が、あなたに分かって?」


「わからねえよ」


即答だった。

なんの迷いもない瞳が、

魔女の弱い部分をえぐるように。


その言葉は確信を持って響いた。


「んな先のことなんて考えられっか。

テメェも、便宜上は若い女だったんなら前だけ見やがれ。

歩いてくる幸福を見逃さず、甘さずその体で抱きしめろ。

たとえテメェの手が小さかろうが、そこからいくつの

守りたかったモンがこぼれていこうがな……」


ゲイブはドン! と己の胸を叩いて。


「本当に大切なモンは、ここに残るだろうが」


「…………キレイごとを!!」


そんな精神論で、私の過去が否定されてたまるものか。


――お前になにがわかる。


魔女になる前、この世界に転生されて権威を得るまで。

私がどんな生活を送ってきたのか、

分かられてたまるもんですか。


――お金がなくて、

お人形も変えなくて。


乱暴なお母さんの冷たい手に引かれて、横目に見えたおもちゃ屋さんの人形が、とても……尊く思えた。ガラスケースのなかで、誰に無理強いされるわけでもなく、籐の椅子に座って家族ごっこを演じていたお人形たち。


閉塞された空間のなかで展開される、

その暖かい家族関係に、私は憧れた。


――魔女になって初めてしたことは、

お人形だらけのお城を作ることだった。


そのための基盤が、東の城塞だった。


ここは私だけの楽園だ。

誰にも汚させないし、

だれにも私の趣味を――夢を、

バカにはさせない。


「あなたなんかに理解を求めた私が間違いだったわ。

お人形にするまでもない、骨も残さず軟体動物にし

てあげる!」


主の怒り、

主の過去。


人形たちにわかるはずもないだろう。


でも――それでも彼らは動く。

主の怒りを晴らさんがために、

主の過去を肯定するために。


「……こぉんの、馬鹿野郎が」


さあ、ゲイブ・ザッハーク。


もう一度、拳を握ろう。


過去に囚われた魔女を、

この手で救うために。


「――この拳はあるじのために」


……イズミから、こんな

言葉を聞いたことがある。


1人はみんなのために。

みんなは1人のために。


どうも人間ってのは、

キレイ事が大好きらしい。


(……でも、嫌いじゃねえ)


俺サマも人間の言葉を実直に、

踏襲してみようじゃねえか。


「この拳は、すべての人のために」



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