【111】身の毛のよだつ告白
――これは幻想だ。
友との別れが辛くて、未練たらたらな自意識が
見せた、走馬灯のような幻想なのだと理解した。
走馬灯というのは、
目の前に迫る危険から身を守るために、
記憶から回避方法を見出すために見るという。
という、ことは。
――俺は、諦めたくねえのか。
「立て。男だろ」
ブラッドが、幻想のなかの戦友が手を差し伸べる。
手を伸ばせと。
足をふんばれと。
牙を向けろと。
拳を握れと。
己を、貫き通せと。
絶対意思の名にかけて。
たとえ世界を敵に回そうが、
お前は立たなくてはいけないのだと。
――今、この瞬間までの自分を――
「討ち殺せ、ゴブリンロード代理!」
◆
(……思ったより、歯ごたえなかったわね)
目の前で、泣き崩れんばかりの不甲斐なさを
見せるゴブリンの幹部に、『東の魔女』は
辟易していた。
――これじゃあお人形にしたところで、
私のお気に入りにはなれなさそうねぇ。
魔女は思惑する。
つい先日、自分のもとへ来た勇者一行のことを。
一行と言っても、それは『西の勇者』とその
連れ子である女の子の二人だったのだが……。
魔女にとってあの二人は、自分のもとに
舞い込んできた、オモチャの蝶のような
存在だった。
彼らはおもしろく、また美しかった。
勇者には怒りがあった。
人に対する、魔族に対しての恨みが。
身を焦がさんばかりの怒りの炎が。
少女には恐怖があった。
心のうちに抱える迷いや葛藤を、
勇者に伝えられないでいる恐怖が。
そのどれらも、儚く、脆く、尊く――そして美しい。
ずっと手元において愛でておきたかった。
ほつれたお人形のようにボロボロになるまで、
自分が操り糸を引きたくてしかたがない。
しかし……。
あの勇者、なかなか自分の手中に入らない。
手駒にはできても、心まではいつまでも
手放さない―……往生際の悪いオモチャ。
だから、この決戦が終わったら、魔女自ら告白するのだ。
「私のオモチャになって。永遠に――」と。
まあなんとも、身の毛のよだつ告白だろう。
――東の魔女は、基本的に自分の考えを疑わない。人は『歳』という抗えない不可抗力を除いては、その美しさを損なわないように『努力』することはできるのだと、信じてやまない。だから、美しさやかわいさなどは、神から与えられた天性の才能なのだとも疑わない。
時間は有限。
無限なものは存在しない。
人間の欲を、除いては。
(……この少女のような容姿を保つ魔術すら、もうすぐ溶ける)
その前に満たしてみせる、この欲を。
手に入れてみせる、彼らの『魂』を。
(そのためには、あなたたちが邪魔なのよ。ゴブリン共……!)
声音に怒りをにじませるような、幼稚なミスは犯さない。自分の品位が下がるからである。
「――ッ」
主人の意見を反映させるように、人形たちが突貫をしかける。
諦めかけた、折れかけた拳を手放さないでいられる、
往生際の悪いオモチャに向かって。やがて人形達は、
その憎きゴブリンの体躯を歯車に突き落とし――。
「――ありがとよ、ブラッドフォード」
すっくと、その体躯は立ち上がった。
何事もなかったかのように。
号令がかかり、席から立ち上がる生徒のように。
さっきまで心が折れかけていたとは思えない、
あまりにも、自然な――立ちふるまいで。
「目が覚めたぜ。そうだ。思い出したよ。
俺は先代ゴブリンロード、メルジェーノフ
ザッハークの実子にして」
何者でもない、ゴブリンの青年は。
手を伸ばし、
足をふんばり。
拳を握って、
牙を光らせた。
何者でもない自分を、誇るように。
今まで貫き通してきた絶対意思を、
胸に抱いて。
「ゴブリンロード。田所泉魅の家臣だ」
いまいちど、息を吹き替えした。
「姉貴がもういいよって言ってくれねえ限り、俺サマは折れらんねえ。折れてる時間なんざ、どこにもねえ。
行くぞ魔女。第二ラウンドだ」




