【84】紫色の傷跡
さて……章の変わり目も何度目になるでしょうか(^^)
次章から、久々にちょっとだけ戦闘シーンが入ります
説明文は書いてる方も辛いですね……!
「そうして、日本から転生した夫婦がいました。
クライスさん。ここから先があなたの知りたい
真実になるでしょう―……」
クライスだけじゃない。その場の全員が、
息をひそめるようにして『賢者』の
次の発声に備えている。
「……ユキミヤとカンザキ、結婚した
ばかりの二人は、まもなくこの世界に
転生されます。その記録は、たしかに
トータウスの禁書庫に残されています」
ぺらぺらと、彼女が細い指でめくる
ページには、黒ゴマのようにびっしりと
した何かしらの情報が詰め込まれている。
ぜんぶ、この世界の言葉だった。
よく読めるなあ、ショウコさん。
「妻のカンザキ・ナルミは子を身ごもり、
ユキミヤ・リョウヘイは冒険者として
この世界で生計を立て始めた……。
と、この書には記されています」
その指が、ぴたりと中腹で止まる。
「名は、エマ。ヒューマンとエルフとの、
ハーフエルフとして生を持ったあなたの
よく知るエマ、その人です」
クライスは黙り、賢者は続ける。
「しかし、エマは幼いころ『北』の軍勢―……。
当時の『北の魔王』メルジェーノフ・ザッハーク
率いる魔族の襲撃を受け、家族とはバラバラに
なった―……。ここまでは、理解できますね?」
「……ああ。エマが、北の軍勢に襲われたことは知っている。
その証拠に――額に刻まれた、菊一文字の紫色の傷跡がある」
そこですっと、以外な人物が挙手をした。
ジヲォンだ。
「――その襲撃には、儂も加わった」
表情に剣気を宿らせて、当時の情景を
その相貌に写すように目を細め―……。
「王は……。メルジェーノフ様は、
ああ見えても慎重な方だったのだ。
西の領地をあの日襲撃したのも、
北への不穏分子があると、当時の
参謀が確認したからだ」
歴戦の戦士、ジヲォンは語る。
「どう考えても、陛下の様子がおかしかった。
ひとりの赤ん坊に近い少女を、執拗に
追い回していたのだから……」
そして、と付け足して。
「襲撃のあとに気づいた。陛下が追い回して
いたのは、『ハーフエルフの少女』である
ということに―……」
シン、と静寂に染まる会議室。
「だから、なんだよ……!」
それを塗り替えるのも、
やはりクライスだった。
「ハーフエルフだからなんだ……! その種族が忌み子として
危惧されているのは知っているさ……! でも、エマは違う!
優しくて、思いやりがあって! 伝承に残されているような、
そんな呪われた種族の末裔なんかじゃない……。絶対に!」
自身を肯定するようにくり返す、
クライスの言葉の数々。
――そこに違和感を感じた
私も、すっと手を上げた。
「イズミさん」
「伝承って、なに? 私知らないんだけど……」
ショウコさんはゴホンと咳払いをして、
「失礼」、と『伝承』の説明を始めた。
「ここで言う伝承とは、ハーフエルフが残した
災厄の記録を綴った書物のことです」
「災厄の記録って?」
「ハーフエルフは絶対数が少なく、それゆえに
絶滅危惧種と言われていますが、彼ら彼女らが
つけた、或いはつけられた傷跡は―……必ず
紫色に発光するという現象が、今でも各地で
起こっているんです」
……ふむ。
話を聞いているぶんには、
ユキミヤの娘さんである『エマ』には、
その紫色の傷跡が発現していると……。
そして、その『紫色の傷跡』は災厄の
象徴として忌み嫌われていると……。
ふむ。
――どうして先代は、執拗に『エマ』を
追いかけ回して、『紫色の傷跡』を刻も
うとしていたのだろうか……。
――そして、答えは思いの外すっと出てきた。
他の誰でもない、ショウコさんの声によって。
「ここで浮上するのがユキミヤ・リョウヘイが
発した『日本に帰る方法を知っている』という
発言に、つながるわけです」
そしてまた、その場の誰もが息を飲む。
「ハーフエルフの傷跡は――災厄の象徴です。
そしてその『災厄』とは、『傷跡』が大きく
なればなるほど、「違う世界との亜空間が
つながる」……。という現象に結びつく」
「……まさか」
曖昧だったピースが、少しだけ
連結したような感覚があった。
でも、それがもたらすのは
爽快な達成感なんかじゃなかった。
身震いする程の圧倒的な不快感だ。
①なぜ先代のロードが執拗に『エマ』を
追い回していたのか。
②なぜユキミヤ・リョウヘイは「日本に
帰れる」と断言できたのか。
――その鍵は、今までの会話からも
ユキミヤ・エマが握っていることは
間違いなくて。
「――ユキミヤ・リョウヘイは自分の
娘を殺して、日本とこの世界の空間を
つなげようとしている――?」
「……おそらく。私も考えたくは
ありませんでしたが……その説が
濃厚となると、今の彼の居場所は」
となると、やつの居場所は。
必然的に、娘のすぐ近くということだ。
◇
「おいおい……。なんてザマだよ、それでも勇者か」
ひとりの見た目より老けて見える男が、
ひとりの若い青年の頭をふんずけて
ケラケラと低い嘲笑を響かせていた。
「セイタぁ!」
「くっ……」
その青年のすぐ後ろで涙をこらえて
声で泣いている少女がいた。
その名は、ユキミヤ・エマ。
悔恨に打たれているホカリ・セイタの
そばを一時も離れず看病をしている
最中に――やつは、男は現れたのだ。
「――ひさしぶりだな、愛しの愛娘よ」
男の言葉に、少女は肩を震わせた。
この男の顔は知っている。
昔見たときはこんなに髭は
生えていなかったが、顔の
輪郭は確かに一緒だ。
私を『北の魔王』の襲撃から
助けて、名前をくれた
恩人―……。
でも今は、大切な人に刃を向け、
それに留まらず頭をふんずけて、
自分のことを『娘』と呼んだ。
――助けられた記憶はあれど、
娘になった記憶はない!
ギン! と敵意をはらませた
目で男を見ると、やつは嘆息
して、目尻をおさえた。
「……その反応は、やっぱ
覚えてねえのか……。まあ、
しゃあないわな。そんじゃ、
――さっさと終わらせよう」
決して向けられてはいけない
刃が、娘の『紫の傷跡』へ
吸い付くように寄せられた。
次回――ふたりの勇者




