11.ずっと会いたかったんです!
“魔法使い解放テスト”の日。
その午後。
オリバー・セルフリッジは、ランカ山賊団のハットとヌーカと共に、“廃村の倉庫”の様子を森の中に隠れて観察していた。代わる代わる望遠鏡で眺めている。
倉庫の周辺には、マカレトシア王国側の出入り口付近に見張りの男が二人立っているだけで、あとは他の誰の姿もなかった。あまり見張りを増やし過ぎたら却って目立ってしまうからだろう。稀にではあるが、ここには警官もパトロールに来るのだ。
その倉庫の出入り口の扉は閉じかけた中途半端な状態だった。大人一人が通れるくらいのスペースが開いている。そして、その奥には長距離間魔法発動装置が見える。まるで魔法陣が描かれた大きな皿のようだ。倉庫の出口がわずかに開けられてあるのは、遮蔽物がない方が装置を使うのに都合が良いからだろう。
わずかな出入り口の隙間からは、三階に分かれている倉庫の中の様子が辛うじて見えた。二階と三階は一階の半分くらいまでしか床がない。つまりは吹き抜け構造になっている。そして、ほとんどの人間は何故か二階と三階に集まっており、一階はほぼ素通りしているようだった。
セルフリッジと二人は、午前の早い時間にはここに来て、シャロム・シャイロー達が倉庫の中に入って行くのを確認していた。かなりの人数だ。三十人以上はいた。武装をしている者も多かった。その中には、シロアキと花瓶のような特徴的な体型の男の姿もあった。そして、もちろん、アンナ・アンリの姿も。セルフリッジは、彼女の姿を久しぶりに見る事ができて嬉しく感じたが、同時に彼女のとても辛そうなその様子に胸が苦しくもなった。早く助け出してやりたい。
……セルティア共和国から戻って来てから今日までの間を、セルフリッジはランカ山賊団にある外来客用の宿泊施設で隠れるように、と言うよりも実際に隠れて過ごした。万が一にもシャロム達に見つかる訳にはいかなかったからだ。お蔭で、倉庫で番をしているエイリヒが小鳥の身を借りて、山賊団の様子を見に来た時にも彼は見つからなかった。もっともエイリヒに見つかっても、ランカに報告するだけなので何の支障もなかっただろうが。
今日の早朝、彼らは前から計画していた通り、ランカ山賊団のアジトからこの“廃村の倉庫”に向かった。セルフリッジは、かなり大きい分厚く物々しいコートのような物を身に纏っていた。それは彼がこの日の為に特別に用意しておいたものだ。
「セルフリッジさん。なにそれ? なんか凄いね」
彼のその姿を見るなりそう尋ねたのは、まだ少年と呼べる年頃で好奇心旺盛なヌーカだった。彼は歳は若いが、石投げが得意で、戦闘員としては優秀だ。セルフリッジはこう答える。
「これは、防弾コートですよ。特殊な繊維を利用してありまして、銃の弾丸だって防げるのです」
それを聞いたハットが言う。
「へぇ、そんな物があるんだ。便利だな。ちょっと欲しいんだけど」
ハットはヌーカよりは年上だが、それでもかなり若い。因みに、彼は弓の名手で、やはり戦闘員として優秀。
「いえいえ、これは観れば分かる通り、着ると動き難くなりますから、あなた達には不向きだと思いますよ」
そのセルフリッジの説明は、つまり今日の彼には激しい運動は必要ないという事を示してもいた。ヌーカとハットは、彼がどんな事をやるつもりでいるのか、少しも聞かされていなかったので、不思議に思ったしやや不安になりもした。もっとも、今までセルフリッジが自信を持って決行した作戦で、大きな失敗をした事はまだ一度もないのだが。
セルフリッジは倉庫に着くと、遠目から望遠鏡で念入りにそこを観察した。今回、監視されていた所為で、彼は策を決行するその場を一度も見ていなかったからだ。そして観察しながら、具体的な段取りを決めているようでもあった。
「セルフリッジさん。そんな事で大丈夫なの? 珍しく準備不足なような気がするのだけど?」
現地に着いてから考え始めるなんてと、心配してそう尋ねたのはハットだった。セルフリッジはそれに首を横に振る。
「違いますよ、ハット君。逆です。準備万端だからこそ、その場に着いてから段取りを決めるようなやり方で充分なのです。それに、大体のことは考えてありますし。これは最後の確認作業ですよ」
それを聞くとハットは少し考え、疑わしそうにしながらこう訊いた。
「じゃ、今日は俺らは何をすればいいのですか? 教えてください」
「はい。時間が来て、ライドさんとメリルさんが上空を飛び始め、長距離間魔法発動装置が倉庫の中で稼働し始めたら、僕が合図を送るので、倉庫の前にいるだろう見張りを弓矢で倒してください。少人数のはずですから、ハットさんの腕なら問題はないでしょう。こちら側は一階からしか見えないようなので、倉庫の中にいる連中にばれる心配もないと思います。後はメリルさんに魔法を使うよう合図を送ってお終いです」
その説明に、ヌーカが不思議そうな声を上げる。
「それだけ?」
「はい。それだけです。その後で僕がアンナさんとランカさんを迎えに倉庫の中に行きます。そしてそのついでに、シャロム達を倒して逮捕したら、今回の策は終わりです」
それを聞くと、ハットとヌーカの二人は顔を見合わせた。
「え?」
と、そう言う。ヌーカが言った。
「いや、セルフリッジさん。なんか簡単に言ってるけど、アンナさんも母さんも魔力を封じられているのでしょう? しかも、セルフリッジさんは戦闘は苦手だし、メリルの魔法は戦闘にはあまり役に立たない上に、敵は倉庫の中だから、こけおどしくらいにしかならないよ?」
しかし、それを聞いても彼は澄ました顔をしているのだった。こう続ける。
「大丈夫ですよ。ちゃんと考えてありますから。あっ、言い忘れていました。それと、警察の方が一人やって来るはずです」
「たった一人だけ?」
と二人は同時に言った。強い不安を抱く。そしてその不安は、それから倉庫にやって来たシャロム達が、武装している上に多人数だった事で、更に強くなったのだった。ハットが言う。
「ねぇ、セルフリッジさん。これってやばいのじゃない? 向こうはあんなに人がいるよ? 武器も持っていたし。今からでも山に戻って皆を呼んで来た方が良いのじゃ?」
ところがそれにセルフリッジは「いえ、駄目です。こちらの存在を、早い内に気付かれたらこの策は失敗します」とそう応えるのだった。こう続ける。
「それに、安心してください。あの程度の人数で来るだろう事は想定の範囲内です。武装もしているだろうと思っていましたよ。だからこそ僕は、この防弾コートを用意したのですが。魔力を大幅に解放したアンナさんに彼らは対峙しなければいけませんから、それくらいの備えはしているだろうと考えていたのです」
しかし、そんな言葉では、ハットとヌーカは納得しない。またハットが言った。
「セルフリッジさんが、自分の策をあまり語らないって事は知ってるし今までそれで成功して来たって事も知っているけど、今回は下手すれば母さんの命がかかってるんだ。俺らもそれで済ます訳にはいかないよ。ちゃんと話してもらわないと」
その必死な様子のハットの顔を見ると、セルフリッジは腕組みをした。
「なるほど。確かにそれはそうかもしれませんね。分かりました。では、どうしてそれで大丈夫なのか、詳しく説明します……」
それから彼は、彼の策が成功するだろうその根拠を、ハットとヌーカに説明し始めた。そして二人は、その説明に一応は納得をしたのだった。
魔女、アンナ・アンリは自分の眼下にある長距離間魔法発動装置を虚ろな目で見つめていた。自分の魔力が大幅に解放されているのを感じる。そして、その魔力を注ぐことで、長距離間魔法発動装置は稼働し始めている。装置は、鈍い光で暗い倉庫の中を微かに照らしていた。
“今なら、逃げられるかもしれない”
そんな事を彼女は考えている。
少し前、アンナはオリバー・セルフリッジがセルティア共和国に行ったまま帰って来ないという話を偶然耳にした。シロアキとシャロムの部下達が話していたのだ。その時、シロアキはこんな事を言っていた。
「それ、本当に大丈夫なのか? あいつは監視の目から逃れる為に、セルティア共和国に行ったままなのかもしれないぞ?」
部下達はそれにこう返す。
「だとしたって、あいつに何ができるんだよ? 国外だぞ? 単に逃げただけじゃないのか?」
「何ができるかは分からねーよ。ただ、できる何かがあるからこそ、そんな行動を執っているって事も考えられるだろう?」
そのシロアキの訴えを、部下達は相手にしない。「そんな事よりも、もしもランカ・ライカが暴れたら、ちゃんと抑えろよ」とそう言った。シロアキはどうもランカ・ライカの為にだけ、ここに呼ばれたようだ。もっとも、ランカは今日は監視ができるように直ぐ近くの部屋の中に閉じ込められているから、暴れようもないだろうが。
アンナが魔力を更に注いでいくと長距離間魔法発動装置の光は強くなっていった。本格的に稼働している。シャロムが直ぐ後ろで、彼女の魔力を大幅に解放している。半分以上は解放しているだろう。今の魔力なら、下に飛んで降り、そのまま倉庫の外に逃げられるかもしれない。もっとも、その前にシャロムに魔力を封じられるかもしれないし、シャロムの持っている遠隔操作型の首輪のキーからある程度離れれば、途端に首輪の抑制効果が強くなり、やはり彼女は魔力を封じられてしまう。そうなれば、直ぐにシャロムの部下達に捕まってしまうのは明らかだろう。シャロム達は武装もしている。
“やっぱり、無理ね……”
ところが、彼女がそう思った瞬間だった。不意に彼女の魔力が更に解放され始めたのだ。しかも急激に魔力抑制はゼロに向かっている。シャロムが自分の魔力を全て解放しようとしているとは、彼女はほんの少しも思わなかった。そして、ある予感を覚える。アンナ・アンリの生涯の中で、彼女の魔力を躊躇なく完全に解放したのは、たった一人だけだったからだ。
その時、倉庫の出入り口で、矢が空気を切る音が“ヒュン、ヒュン”と二回鳴った。もちろん、ハットが弓矢を放ったのだ。そして次の瞬間には、見張りの二人の男が矢で射ぬかれて倒れていた。強力な麻酔薬の所為で、ほとんど声を上げなかったので、倉庫の中の人間は誰もそれに気付かなかった。
――オリバー・セルフリッジが語った自分の策が成功するという根拠。
その一。
「実は僕は“遠隔操作型の首輪”のマスターキーを持っているんですよ。しかも、このマスターキーは、個別のキーよりも優先度が高い。つまり、ある程度近付けば、アンナさんの魔力もランカさんの魔力も解放できるんです。もっとも、ランカさんにはこれすら必要ないかもしれませんがね……」
ハットがそれに驚いた声を上げる。
「よくそんな都合が良い物があったね。運が良い」
彼は首を横に振った。
「いえいえ、偶然じゃありませんよ。僕は予め“遠隔操作型の首輪”を開発した技術者の方にマスターキーをつくって欲しいとお願いをしておいたのです。その技術者の方とは、懇意の仲でしてね。そして、そのマスターキーの一つを譲ってもらっていた。色々と役に立ちそうですから」
ヌーカがそれを聞いて言った。
「流石、セルフリッジさんだなぁ。油断ができないってぇか……」
彼はやや呆れてすらいるようだった。
「でも、それだけじゃ安心できなくない? もし、アンナさん達が“遠隔操作型の首輪”以外で魔力が封じられていたらどうするの?」
アンナ・アンリは、強い期待を込めて倉庫の出入り口を見つめていた。そしてやがて眩い光が入って来るそこから、一人の男が姿を見せる。分厚いコートを着込んでいる。顔はフードを深くかぶっている所為で見えない。しかし、それでも彼女にはそれが誰なのか、分かっていた。
やがてシャロム達も、その男に気が付いたようだった。不可解な表情を浮かべている。ただし、その彼があまりにも堂々と普通の足取りで近づいてくる所為で、却って敵意ある侵入者だとは思わなかったようだ。
アンナは彼が倉庫に入って来ると、“虚ろな影達”を倉庫の暗がりから多数発生させた。シャロムも彼の部下達も、それは彼女がその男を警戒しているからだと考えた。その行動の本当の理由を疑っていたのはシロアキくらいだ。彼女はその男を警戒などしていなかったのだ。それどころか、もしも、誰かが彼を傷つけようとするのなら、彼を守らなくてはならない。そう彼女は思っていたのだ。
幸い、今は彼女の直ぐ近くには抗魔力処置は施されていないし、彼がいる一階のフロアにも抗魔力の結界はない。問題なく魔法で彼を守れるはずだった。
――オリバー・セルフリッジが語った自分の策が成功するという根拠。
その二。
「もし、アンナさん達が“遠隔操作型の首輪”以外で魔力が封じられていたらどうするの?」
そのヌーカの疑問に、セルフリッジはこう答えた。
「はい。確かにその懸念はありますね。もしも、“遠隔操作型の首輪”以外で、アンナさんの魔力が封じられているのなら、マスターキーを使っても彼女を解放する事はできない。だから僕は、こんな便利な物があったのに、今まで彼女を救いに行けなかったのです。一度でも失敗すれば、このマスターキーの存在を知られてしまいますから。そうなれば、厄介な事になる。
ですが、長距離間魔法発動装置を使う時だけは絶対にそれは大丈夫なんですよ。何故なら、近くに抗魔力処置が施されてあったら、装置は正常に機能しないからです」
「あぁ、なるほど……」と、それにハットが言う。
「だけど、セルフリッジさんが、アンナさんに近づくのを誰かに邪魔されたら、どうするの?」
分厚いコートを来た男は、周囲を大量の“虚ろな影達”が取り囲んでいる状況下でも平然とした様子で歩みを進めていた。どうもその男は長距離間魔法発動装置に向かっているようだった。
アンナ・アンリは目を凝らして一階のフロアを隅々まで確認していた。彼を傷つけようとする人間はどこにもいない。武装した人間達は、皆、二階と三階に集まっている。動こうともしない。その状態が当然だと言わんばかりの様子で分厚いコートの男は躊躇なく歩き続け、遂には長距離間魔法発動装置にまで辿り着いた。その上に足を乗せる。
「おい、貴様! 何をやっている? それに触るんじゃない!」
シャロムの部下の一人がそう声を上げた。しかし分厚いコートの男はその声を無視して、装置の上に乗りそのまま歩き続ける。その間、シャロムの部下達は少しも動かなかった。どうすれば良いのか分からなかったからだ。持ち場を離れる訳にもいかなかったし、銃で撃てという指示も出ていない。やがて彼は魔法陣のようなその装置の中央にまで足を進めた。そしてそこで、その男はフードを上げ、顔を見せるとこう言ったのだった。
「迎えに来ましたよ、アンナさん!」
――オリバー・セルフリッジが語った自分の策が成功するという根拠。
その三。
「だけど、セルフリッジさんが、アンナさんに近づくのを誰かに邪魔されたら、どうするの?」
ハットのその質問に、にっこりと笑ってセルフリッジはこう答える。
「それも、大丈夫ですよ。何故なら、武装したあの人達は、アンナさんの魔法に対抗する為に集められているからです」
「それだと、どうして大丈夫なの?」
「魔法に対抗するのであれば、抗魔力装備をしているはずですが、それだとやはり長距離間魔法発動装置を邪魔してしまうのです。だから、装置に近い一階に人は配置しないと考えられるのですよ。装備なしで、アンナさんが魔法を自由に使える範囲内にいるとも思えませんしね」
ヌーカはその説明を聞き終えると、こう疑問の声を上げた。
「でも、連中は銃を持っていたよ。もし、遠くから撃たれたらどうするの?」
「だから僕はこうして防弾コートを着ているのですよ、ヌーカ君。それに、多分、アンナさんが魔法で守ってくれるだろうし、長距離間魔法発動装置を壊してしまう事を恐れて銃は撃ち難いはずでもあります」
ハットが感心したように言った。
「はぁ、なるほど。よく考えているもんだなぁ」
その言葉に、セルフリッジはにっこりと笑顔で返した。
「迎えに来ましたよ、アンナさん!」
というオリバー・セルフリッジのその声を聞いて、アンナ・アンリは感動し目を大きく見開いた。「セルフリッジさん…」とそう呟く。そして、セルフリッジの顔を凝視した。
見間違いじゃない。
夢じゃない。
彼だ……
彼女は泣きそうになる。
その時、分厚いコートの男の正体がオリバー・セルフリッジだと知って、シャロムが大笑いをした。
「アハハハハ! これは驚いた。誰かと思ったら、あのオリバー・セルフリッジか! 振られた男が未練たらしくノコノコと昔の女の前に現れたという訳か! 面白い! アンナ・アンリ! そいつを魔法で殺してやれ! せめてお前の手で殺してやるんだ!」
ところが、そう彼が言っている間で、アンナ・アンリは下で待っているセルフリッジに向かって躊躇なく飛び降りたのだった。シロアキがそれを見て頭に手をやる。“やれやれだ”とそう思った。
シャロムはアンナが飛び降りた事が信じられず、その光景に凝固した。
落ちてくるアンナを受け止めようと、セルフリッジは、手を大きく広げていた。アンナは彼にぶつかる直前で、ふわりと少しだけ羽のように舞い、そしてそれから彼の腕の中に飛び込んだ。
「ずっと会いたかったんです!」
そう言う。セルフリッジは、彼女を抱きしめこう返す。
「はい。僕もです。会いたくて、会いたくて、仕方なかった」
セルフリッジはまるでそこに確かに彼女がいる事をしっかりと確認するように、抱きしめながらアンナの顔をやさしく撫で続けた。
その光景を見ながら、凝固したシャロムが渇いた口調で言う。
「ハハハ。そうか、アンナ・アンリ。その男を傍で直接殺したいか」
そんなはずがないことは、彼自身にも分かっていた。ただ、その現実を受け止め切れなかっただけだ。彼はすっかりアンナが自分の物になったとばかり思っていたからだ。もっとも、彼以外の他の人間は、誰一人としてそうは思っていなかったのだが。
アンナの顔を撫でながら、セルフリッジは彼女の顔に傷痕がある事に気が付いた。
「もしかして、シャロムに叩かれていたのですか?」
アンナはそれに頷く。
「はい。たくさん叩かれたり、蹴られたり、罵られたりしました」
それを聞くと彼は悲壮な表情を浮かべ、彼女を強く抱きしめる。
「もう絶対に二度とはなしません! あなたをそんな辛い目に遭わせない!」
アンナはそれに応えるように言う。
「……でも、そんな事よりも、セルフリッジさんに会えない事の方が辛くて。こんなにあなたと離れるのが辛いなんて、思ってもいませんでした」
それから彼女の方からも、彼を強く抱きしめる。
「もう二度とはなれません」
その二人の愛し合っている姿を見て、シャロムは顔を引きつらせていた。まだ、その現実を受け止め切れないでいるようだ。そしてその現実が間違いだと否定するように、絞り出すように声を出した。
「よくそんな事が言えるな、アンナ・アンリ! 夜は僕のベッドの上で、あんなによがっていただろうが! 僕が虐めてやると、お前は淫らに悦んでいたよな?!」
ところが、それを聞くとアンナは直ぐに「違います」とそう言った。セルフリッジを見つめたままで、シャロムは見もしないで。まるで、シャロムには目をやる価値すらないと、そう言っているかのようだった。
「あれはあの男の勘違いです。あんな男に抱かれるのなんて絶対に嫌だったので、わたしは魔法をかけて夢を見せたんです。あの男は毎晩、お酒をたくさん飲んでいたので、容易に魔法をかける事ができました。その自分の願望で見た夢を、あの男は現実だと勘違いしているだけです」
それを聞くと少しの間の後で、セルフリッジは「なるほど」とそう言ってから、彼女の顔を抱きしめるようにした。こう言う。
「良かった。あなたの目的は違っていたかもしれませんが、お蔭でシャロム・シャイローを油断させる事ができましたね」
シロアキがそのやり取りを受けて「やっぱり、“願望と現実の区別がついていないタイプの馬鹿”だったか」とそう呟いて肩を竦めた。アンナ・アンリに“夢操作の魔法”を教えたのは彼だ。だから予想がついていたのだろう。
アンナの説明を聞き終えると、大勢の前で恥をかかせられた事もあって、シャロムは顔色が悪くなるほどの激怒を見せた。青筋を立て、肩を怒らせ、「あの女を殺せ! 今すぐに殺せ! 銃で撃ち殺せ!」と喚いた。それを周りの部下達が「シャロムさん。落ち着いてください。あの女を殺しちまったら、俺達の計画は台無しだ」とそう宥める。その後で、シロアキがセルフリッジに尋ねた。
「おい、セルフリッジ。その女は、元々スパイとしてお前が送り込んで来たのか?」
それに不機嫌そうにセルフリッジは返す。
「この僕が、アンナさんを、こんなに酷い目に遭わせる方法を執るはずがないでしょう?」
「だな。
しかし、だとすると、どうやってその女がお前を見限ってないと分かった?」
それを聞くと、アンナがつけているダミーの首輪を触りながら彼はこう答えた。
「初めから、僕はアンナさんを信じていましたけどね。でも、確信を持ったのは、アンナさんがこのダミーの首輪をつけていると聞いた時です。
……これは僕が初めて彼女にプレゼントしたものなんですよ」
「ああ、そうか。変なことで分かっちまうもんなんだな」
そう言うと、シロアキは納得したといったような表情になる。
ボスはまだ混乱していたが、それでも武装していた連中は臨戦態勢を執り始めた。それを受けてセルフリッジは思う。
“ここまでは大体は予定通りです。ですが、問題はこの先ですね……”
そしてそれから、倉庫の上の方にある窓から空を見た。青い空が見えるだけだった。彼は表情を曇らせる。
“まだ、ライドさんとメリルさんは来ていないのですかね。なんとか、時間稼ぎしないと。
……もっとも、ランカさんさえ出て来れば、彼女達が来なくても平気かもしれませんがね。さて、どうするか?”
そう。彼の計画は実はわずかに狂い始めていたのだ。何故か、時間になってもライドとメリルがやって来なかったのだ。
――倉庫にセルフリッジが踏み込む前。
「ライドさんとメリルさんが来ませんね。ですが、そろそろ倉庫の中に入らないと、間に合いません」
セルフリッジは空を見上げながらそう言った。
「何をやってるんだ、あいつらぁ?」
それを聞いて、ヌーカが頭を抱える。ハットが続けた。
「まさか、あいつら、時間を忘れているんじゃ?」
セルフリッジが言う。
「ナイアマンさんにもナゼルさんにもダノ君にも時間は伝えてありますから、それはないと思いますけどね。何かトラブルでもあったのでしょうか?」
それから彼は倉庫の中を見やった。長距離間魔法発動装置が鈍く光り、稼働しているのが分かる。
「仕方ありません。策が成功する確実性は少し下がりましたが、もう決行します。なに、大丈夫です。少しくらい予定が狂っても平気なようにしてありますから」
それからそう彼は言うと、こう続けた。
「ただ、お二人には、予定よりも働いてもらう事になりますが、大丈夫ですよね?」
空を見上げながらヌーカは返す。
「それはむしろ望むところだけどさ、セルフリッジさん」
ハットと顔を見合わせる。
「本当に大丈夫なんだよね?」
と、二人同時に言った。
「何か、今回、運が悪い気もしますが、まぁ、大丈夫でしょう」
そうセルフリッジはそれに答える。二人は思った。
“ノリが軽い”
そしてまた不安を覚えるのだった。
アンナは“虚ろな影達”で自分達を囲み、銃撃から身を守る為の防御癖を張った。これでほとんどの銃弾は防げるはずだった。シャロム達が外から銃を撃って来ても無駄だ。
「アンナさん。この中に入ってください。少々狭いですが、平気なはずです」
それからセルフリッジは、防弾コートの前を開いてそう言った。「これは?」と訊きながら、アンナはその中に身を滑り込ませる。
「いえ、分厚いコート越しだと、抱き心地が悪いので直接抱こうと」
「ちょっと、セルフリッジさん」
「冗談です。これは防弾コートです。この中に入っていれば、万が一、影から漏れて弾が飛んで来ても平気です」
そう彼は言ったが、実はそれ以外にもアンナをコートの中に入れた事には理由があった。二階と三階にいるシャロムの部下達が攻め込んで来ないのは、アンナの魔力をシャロムが封じてからにしようと判断しているからだろう。実際、「シャロムさん。あの魔女の魔力を早く封じてください」とそう言っている声が聞こえて来ている。ならば時間稼ぎの為にも、アンナの首輪が外れるところは見せない方が良い。
「アンナさん。ランカさんは、何処にいますか?」
コートの中で、マスターキーを回してアンナの首輪を外しながら、セルフリッジは小声でそう尋ねた。その意図を察すると、アンナはこう返す。
「ランカさんなら、三階の小部屋の中にいます。ですが、三階には強い抗魔力の結界が張られていまして、わたしの魔力もかなり弱くなります。ランカさんを助けて、一緒に逃げるのはかなり難しいと思います。何か手があるのですか?」
それにセルフリッジは「少し違います」とそう返した。
「僕は逃げるつもりはありません。それに僕らがランカさんを助ける必要はありません。むしろ逆に、僕は彼女に助けてもらうつもりでいるんです」
その言葉に、アンナは不思議そうな顔を見せる。
「どういう事ですか?」
しかし、その問いにセルフリッジが答える前に、シャロムが声を上げたのだった。
「おい、魔力を封じているはずなのに、ちっともあの魔女の魔力が抑えられないぞ? どういう事だ?」
シロアキが直ぐに応える。
「そりゃ、つまり、オリバー・セルフリッジの野郎が、その“遠隔操作型の首輪”のマスターキーかなんかを持っているって事でしょうよ。それで、アンナ・アンリの首輪を外しちまったんだ」
セルフリッジは舌打ちをする。
「ああっと。もう、ばれてしまいましたか。中々の洞察力ですね、シロアキ君は」
その後で苛立たしげにシャロムが言った。
「もう良い! お前ら、さっさと行って、あの女を奪い返して来い! 何のために高価な抗魔力装備を買ってやったと思っているんだ?」
その声を合図に、武装しているシャロムの部下達が動き始めた。ただ、アンナの“虚ろな影達”を恐れてか、士気は鈍い。恐る恐る近づいている。しかし、それでも無理に促されて先頭が一階の階段を下り切った。そのタイミングだった。
パリンッパリンッというガラス戸が割れる音が二回連続で響く。両端にある階段の直ぐ傍の窓が割れたのだ。そして、その次には、そこから石つぶてと弓矢が飛んで来る。石つぶても弓矢もシャロムの部下達に見事に命中した。
もちろん、ヌーカとハットの援護攻撃だ。“良い仕事をしますね。ヌーカ君にハット君、流石です”と、セルフリッジは思う。
「なんだ? なにが起こったんだ?」
その不意打ちに、シャロムの部下達はそんな声を上げている。魔法による攻撃ではないかと、倒れた自分達の仲間を見て、パニックに陥りかけている。しかし、そこでもシロアキが助言をした。
「落ち着け! 石と弓で攻撃されたんだ。ランカ山賊団だよ! やっぱりセルフリッジは、助っ人を頼んでいやがったんだ」
それで彼らのパニックはなんとか静まりかけたが、それでも攻め難いことに変わりはない。それでシャロムの部下達は、窓際のルートを避け、二階から飛び降り始めた。
それを見ると、セルフリッジは直ぐにリュックの中から“唐辛子の粉末の袋”を取り出した。パテタとタテトの双子コンビから大量に買った物だ。そしてそれをアンナに見せながら小声でこう尋ねる。
「アンナさん。彼らの顔辺りに、ピンポイントで風をぶつけられますか?」
アンナは頷く。
「はい。やってみます」
それを聞くと、セルフリッジはその唐辛子の粉末の袋をいくつか放り投げた。するとその次の瞬間、虚ろな影達のうちの数体が、空気を吸い込んで、一気にその空気を袋に向かって吐き出す。「闇魔法、“風を吐き出す影達”です」と、アンナは言う。「そのまんまのネーミングですね」とセルフリッジ。風が袋をさらって加速する。強烈な唐辛子の粉をまき散らしながら、それは目の前に迫って来ているシャロムの部下達の顔に見事に当たった。
「うぎゃあああ! 熱いぃぃ!」
唐辛子の粉が目に入ったシャロムの部下達はそう叫んで転げまわった。セルフリッジはにやりと笑った。
「これで軽く一時間は戦闘不能です。目を開ける事もできないはずですよ」
その後で、彼は今度はこう小声で言う。
「アンナさん。シャロムの部下達の抗魔力装備には、一部、不良品が混ざっているはずなんです。探してみて、もし見つけたら、その部下を上に投げ返してやってください」
「分かりました」とアンナは言う。それから直ぐに影達を、目を押さえて苦しんでいるシャロムの部下達に這わせる。すると、セルフリッジの言った通り、確かに抗魔力が効いていない装備を身に纏っている者がいた。その男を影で掴み上げると、アンナはそのまま三階に向かって放り投げた。
投げ戻された自分達の部下を見ると、シャロムや彼の側近達は目を丸くする。
「おい、抗魔力の効果が効いていないぞ!」
それを受けて、側近の一人がそんな声を上げてしまった。
もちろん、抗魔力が効いていないのは、一部の者達だけなのだが、それを彼らは知らない。
シャロムの部下達は、それで疑心暗鬼になり、更に士気を下げた。抗魔力が効いていない状態で、魔法使いと戦闘することがどれだけ無謀かを聞き知っていたからだ。足を止めてしまう。抗魔力処置が施されているその安全地帯の結界の中から足を踏み出す勇気がない。セルフリッジは、上手くいったとまた笑った。シャロムの喚き声が聞こえる。
「何をやっているんだ? お前達! さっさと行って来い!」
だが、部下達の足は前には進まない。目の前では巨大な影達が、彼らの事を威嚇していたからだ。すっかり彼らは竦んでいた。アンナの魔法に大きさはそれほど重要ではないのだが、彼らを脅す効果は大きい方が高い。
シャロムは自分の命令通りに動かない部下達を腹立たしげに「腰抜けどもめ!」と罵っていた。このままいけば、シャロムの統制は効かなくなるかもしれない。だが、そこでもやはりシロアキが助け船を出したのだった。
「落ち着いてくださいよ、シャロムさん」
彼は続けた。
「アンナ・アンリの魔力は待っていれば、そのうち切れる。こんなに強力な魔力を、長時間使い続けられるはずがないでしょう? ランカ山賊団の連中の武器も同じだ。無駄撃ちをさせて、切れるのを待つんですよ。慌てる必要はない」
セルフリッジは、それを聞いて思う。
“正しい判断です、シロアキ君。ですが、これ以上、僕が何も策を用意していないと考えているところは甘いですね”
シロアキの言葉に、シャロムの部下達は内心では頷いていた。しかし、シャロムはそれに納得しない。理性では、シロアキの判断の方が正しいと認めていたが、プライドがそれを邪魔していたのだ。
「煩い! 僕に指図するな、シロアキ!」
そう怒鳴る。それから彼は部下達に強引に攻めるよう命令を出そうとする。しかしそれを見切って、セルフリッジが動いた。
“ここですかね?”
口を開く。
「シャロム・シャイローとその部下の皆さん。無駄な抵抗はもう止めてください。ここには、爆弾が仕掛けられてあります。下手に刺激すると爆発しますよ?」
「ああ?」
そう声を上げたのはシャロムだった。
「よりによって、くだらない出鱈目を言い始めたな、オリバー・セルフリッジ! どうやってお前が、ここに爆弾を仕掛けられるって言うんだ?」
それにセルフリッジは淡々と返す。
「爆弾を仕掛けたのは、僕ではありません」
「なんだと?」
「シロアキ君ですよ」
今度はシロアキが「ああ?」という番だった。
「本当にくだらない出鱈目を言い始めたな、セルフリッジ。もう少し頭の働く奴だと思っていたが……
シャロムさん、真っ当に相手しちゃ駄目だ。これはきっと仲間割れを誘う奴のくだらない罠ですよ」
しかし、それにシャロムはこう返すのだった。
「仲間割れだ? 何を言ってやがるんだ。お前と僕らとは、はじめから仲間じゃないだろうが?」
「いやいや、シャロムさん。今は、そんな事を言っている場合じゃないでしょうよ。セルフリッジを何とかしないと……」
どうもシャロムは苛立って正常な判断力を失っているらしい。シロアキの言う通り、そんな事を言っている状況下ではないのだが。彼は続ける。
「僕が知らないとでも思っていたのか、シロアキ? 魔法使いを二三人連れて来た程度で威張りやがって。お前が陰で僕を何と言っているのか、ちゃんと知っているんだぞ? 僕は不安だから、さっさと手を切りたいんだろう?」
その言葉にシロアキは頬を引きつらせた。
「ハハハ。どこで、そんな話を聞いたか知らないが、とにかく、今話す事ではないでしょうよ、シャロムさん。今はセルフリッジをさ……」
シロアキはなんとか誤魔化そうと必死のようだった。ところが、そこでセルフリッジがこう声を上げたのだ。
「シロアキ君。僕は嘘はついていませんよ。そもそも僕は嘘は下手だから、滅多に言わないのです。シロアキ君は、確かにここに爆弾を仕掛けています。しかも、敵だけを確実に吹き飛ばしてくれる高性能爆弾だ!」
それを聞いて、シロアキは“何を言ってやがるんだ、こいつは?”とそう思う。しかし、それから直ぐに気付いた。
「ああ、そうか。なるほど。分かったぞ。お前はランカ・ライカの事を言っているのか?」
その一瞬の間の後で、シロアキは笑う。
「ハハハハハ! セルフリッジ、お前はお前の持っているマスターキーでランカ・ライカを解放できると思っているな? だが、残念だったな! ボクはお前がベルゼーブ社の技術者と通じている事を知っているから、ベルゼーブ社の首輪は使ってないんだ。ランカ・ライカにはお前のマスターキーは使えないぞ?」
ところが、それにセルフリッジはあまり動揺せずにこう返すのだった。
「ほぅ。それは残念です。流石ですね、シロアキ君。これでまた少し予定が狂いましたよ。まぁ、まだ充分に対応できる範囲内ですが。しかしあなたは僕がベルゼーブ社の技術者と通じている事を知っていながら、それをシャロム・シャイローには伝えなかったのですね。もし、伝えられていたら、僕は危なかったかもしれない」
「抜かせ。ボクはちゃんと伝えていたぞ。そもそも、その可能性も考慮して、お前は策を練ったんだろう? だから、長距離間魔法発動装置を使うタイミングでこうして攻め込んで来たんだ。この時なら、マスターキーが確実に活かせると分かっていたから」
そうシロアキは必死に返したが、シャロムには効果がなかった。明らかに怒った目で彼を見ている。
「もう、遅い。お前は信用しない」
そう言った。シロアキはやはり頬を引きつらせている。だが、セルフリッジは、今度はそんなシロアキに向けてこう言うのだった。
「そんな顔をする必要はありませんよ、シロアキ君。なにしろ最初に裏切ったのは、シャロム・シャイローの方ですからね。あなたは既に裏切られていたのです」
それにシロアキは「ああん?」と返す。シャロムはセルフリッジを睨んだ。セルフリッジは構わず続ける。
「僕がセルティア共和国に行っていたのは知っていると思います。僕はその後で、シロアキ君が所属しているタンゲア帝国の暗黒街にも寄りましてね。そこで、以前から持っていた情報ルートを利用して、シロアキ君について調べたのですよ。
そうしたら、シロアキ君は既に命を狙われる立場になっている事が分かりました。どうも期限内に彼らに約束のお金を渡さなかったか事が原因らしいですね。多分、アンナさんをさらった分の料金が、支払われていないのじゃないかと思いますが」
セルフリッジがそれを言ったタイミングで、シロアキの近くにいたデンプタリンが、ついとそこから離れた。シャロムの傍に行く。シロアキはその動きの意味を見逃さない。
「おい、デンプタリン…… まさか、お前……」
明らかにシロアキは動揺していた。今日、初めて見せる表情だ。デンプタリンは無表情で言う。
「悪く思うなよ、シロアキ。オレはどうせタンゲア帝国の暗黒街にいたって、大して金を稼げない。だから、いっそのこと、シャロムさんについた方が得だと判断したんだ」
シロアキは言った。
「つまり、お前がアンナ・アンリの分の料金が払われたって言ったのは嘘だったのか? どうして、シャロムがランカ・ライカの分の金を払わないのか不思議だったんだが、ボクに直接払うように言ったからだったんだな?」
「ああ、そうさ。シャロムさんは、お前が要求した法外な額の金を払うよりも、オレに真っ当な金を払う方が良いって思ったんだ。まぁ、当然だよな? お前はふっかけ過ぎなんだよ」
その二人の会話を聞いて、セルフリッジが言う。
「そのデンプタリンという人が、シロアキ君と暗黒街との連絡係…… と言うよりも、監視役兼補佐係といったところですかね?
とにかく、シロアキ君。そのシャロム・シャイローという男に、真っ当なビジネス取引を期待したのが間違いでしたね。その男はそもそも魔法を使える人間を、対等に扱う気はありません。普通の損得で判断する商売人の感覚も持ち合わせてはいない。恐らく、最初からあなたを騙すつもりだったのですよ」
そのセルフリッジの言葉を無視して、シロアキは言った。
「デンプタリン! お前はもう少しは頭の良い奴かと思っていたぞ? 組む相手はちゃんともっとよく考えて選べ。そいつがどうしてボクにした事と同じ事を、お前にしないと言い切れるんだよ?」
デンプタリンはそれを聞いて黙る。そして、シャロムを見つめた。シロアキは続ける。
「確かめてみろよ、デンプタリン」
その言葉を受けると、デンプタリンはこう言った。
「シャロムさん。約束した金をオレはまだ一部しか貰っていません。ここで渡してください。全部とは言いません。シロアキの言葉が嘘だと証明できれば、それで良いんです」
するとその瞬間、シャロムは銃口をデンプタリンに向けた。
「煩いんだよ、化け物。僕は今、苛々しているんだ。喋るな」
そしてそう言って引き金を引いた。
ダンッ…… と銃声が響いた。彼の胸辺りに銃弾は当たった。その場にデンプタリンは倒れ込む。
「だから、言っただろうが……」
それを見て、頭を抱えつつシロアキはそう言った。そして、そのまま、シャロムはシロアキに銃口を向ける。
「オイオイ、マジかよ。シャロム・シャイロー」
シャロムの目は真剣だった。シロアキは続ける。
「ちょっと待て。ボクを殺したら、ランカ・ライカの首輪の鍵の場所は分からないぞ? それで良いのか?」
「ああ、そうだな。だから、さっさと出せよ」
「何を言ってるんだ、お前は?」
「粋がるなよ。首輪くらい後でどうとでもなるんだよ。お前はもう死ぬんだ。拷問を受けて苦しんで死ぬか、楽にこのまま死ぬか選べ」
そう言ってシャロムは、部下の一人に目で合図をした。部下は頷くと、シロアキの顔を殴る。殴られたシロアキは、軽い体重の所為か転んでしまう。鼻血が出た。「チクショウ!」とそう吐き捨てるように言った。このままでは、シロアキは確実に殺されてしまうだろう。
が、そのタイミングだった。セルフリッジがこう言ったのだ。
「あ~あ、遂にやってしまいましたか」
その言葉にどんな意味が込められているのか、ここにいる誰にも分からなかった。彼は更に続ける。
「さて。これで、怖ーい爆弾が爆発しますよぉ!」
そして彼がそう言い終えた瞬間だった。破壊音が鳴り響いたのだ。皆はそれが本物の爆弾が爆発した所為だと一瞬錯覚した。だがそれは爆弾ではなかった。それはランカ・ライカが部屋のドアを蹴破った音だったのだ。彼女は叫ぶ。
「うちの子供に、なにをしているんだい!」
そしてそれから、後ろ手に縛っている縄を、いとも容易く、彼女はぶち切ってしまったのだった。




