DAY 3-2 戦わずに帰る
空を飛ぶ悪魔は、同じ場所を二度回った。
地上の悪魔の足音も近づいている。
このまま待てば、二体が同時に一行のそばを通る。
テオは周囲を見渡した。
正面の崩れた建物に、地面近くまで残った大きな入口がある。
人一人が屈めば通れるほどの高さだった。
「リツ。見てこい」
リツは身を低くして入口へ走り、すぐに姿を消した。
地上の悪魔が巡回路へ戻る。
空の悪魔がその上を横切った。
二体は互いを避けもしなかったが、同じ場所を守っていた。
やがてリツが戻ってきた。
「通れます。建物の裏へ出ます」
「ほかには」
「途中から右へ分かれる細い通路があります」
リツは、入口から十歩ほど右にある壁の亀裂を示した。
「あそこにつながっています。荷を背負ったままでは通れません」
「お前なら」
「荷を置けば通れます」
テオは入口までの距離を測った。
三十歩ほど。
途中に隠れる場所はない。
「五人ずつ送る。エナは入口で人数を数えろ。リツは付き添い、入れたら戻れ」
「あなたは?」
「空と地上を見る」
最初の五人には、子ども二人と、その歩調を知る大人を選んだ。
空の悪魔が建物の向こうへ回る。
地上の悪魔も遠ざかる。
テオが腕を上げた。
「行って」
リツが促す。
エナが先に入口へ着いた。自分の荷を内側へ入れ、膝をつく。
一人目を奥へ送る。
二人目。
三人目。
最後の子どもが、入口の前で立ち止まった。
暗闇を見つめたまま、足が動かない。
リツが隣へ膝をつく。
「私が先に入ります」
身体を半分だけ暗がりへ沈める。
「背中だけ見て、ついてきてください」
子どもが頷いた。
リツは通路が広がるところまで導くと、子どもを先へ送り、自分だけ入口へ戻った。
その後は、空の悪魔が建物の裏へ回るたびに五人を送った。
五組目が入ったところで、地上の悪魔の巡回が変わった。
これまで曲がっていた場所を通り過ぎ、金属板の陰へ近づいてくる。
テオは、残っている荷の一つに目を止めた。
巻かれていた布の端から、小さな金属がのぞいている。
留め具だった。
荷が持ち主の呼吸に合わせて上下するたび、少しずつ外へ出てくる。
テオが手を伸ばした。
風が布を持ち上げる。
留め具が地面へ落ちた。
乾いた土を転がり、金属の道へ触れる。
高い音が鳴った。
四本脚の悪魔の身体が止まる。
上部の板が、いっせいに音の方角へ向いた。
「動くな」
テオは低く言った。
入口へ入ったのは二十五人。
金属板の陰には、リツと十三人が残っている。エナは入口で身を伏せていた。
悪魔は留め具の前で止まり、細い筒を向ける。
白い光が走った。
土が弾け、留め具が消えた。
上部の板が、ゆっくりと周囲を探る。
リツが、束ねていた二本の棒をつなぎ合わせた。先端に細い金属がついた短槍になる。
「まだだ」
「見つかってからでは遅いです」
「今出れば、お前から全員見つかる」
悪魔が一歩近づく。
板の陰だけでは、間もなく見つかる。
空の悪魔は建物の反対側へ回っていた。
「左の前脚だけだ」
「倒せます」
「倒すな。一度だけだ」
テオは小石を拾い、金属板の反対側へ投げた。
石が古い道を打つ。
「今だ」
リツが飛び出した。
四本脚の悪魔の側面へ回り、左の前脚へ槍を突き入れる。身体ごと柄を押すと、継ぎ目が曲がり、低い胴体が傾いた。
前方の筒がリツへ向く。
「戻れ!」
リツは槍を離した。
白い光が走り、砂が背へ降りかかる。
リツが金属板の陰へ飛び込んだ。
「槍が」
「捨てろ。次の五人、出ろ」
人々が動けずにいる。
「今しかない!」
リツが先頭の男を立たせた。
五人が走る。
悪魔は三本の脚で身体を起こそうとしていた。
その上空へ、細長い影が戻ってくる。
「止まるな!」
人々は五人ずつではなく、続けて入口へ走った。
エナが一人ずつ中へ入れていく。
空の悪魔の下部で、白い光がともる。
テオは地上の悪魔へ石を投げた。
音に反応し、壊れた機体の板が動く。
空の悪魔も、そちらへ向いた。
「今のうちだ」
残っていた者たちが走る。
リツは途中で振り返った。
「観測するところも壊せば」
「触るな。来るのは、あれだけじゃない」
遠くから、重く途切れない音がした。
崩れた建物の向こうから、低い車体が現れる。二本の腕を畳み、その後ろには小型機が二体続いていた。
リツの顔から、戦おうとする色が消えた。
「戻らないから、来た……」
「ああ」
低い回収機は、動けなくなった四本脚の悪魔へ向かっていく。
「中へ入れ」
リツは今度は何も言わなかった。
残っていた者たちを入口へ送り、自分もそのあとに続いた。
*
最後に残ったのは、テオとエナだった。
エナは入口へ膝をつき、中の人数を確かめている。
「三十九」
穴の奥から声が届く。
「私で四十です」
「入れ」
空の悪魔は、損傷した機体の上を旋回していた。
今なら入れる。
エナが入口へ身体を向ける。
空の悪魔の下部に、白い光がともった。
「伏せろ!」
光が走る。
入口の上に残っていた建物の一部が弾けた。
大きな金属板が傾き、入口へ落ちる。
エナは衝撃に押され、右の壁際へ転がった。
テオは反対側の瓦礫へ身を伏せる。
金属板が地面を打った。
入口が完全に塞がれる。
「エナ!」
板の向こうから、リツの声がした。
「無事です」
エナは浅い窪みへ身体を押し込んでいた。こめかみから血が流れているが、自分で動けている。
「テオは」
「外にいる」
テオは低く答えた。
エナはそれ以上声を出さなかった。
自分の声が悪魔を引き寄せると分かっている。
空の悪魔が、入口の上を旋回する。
回収機の後ろにいた小型機の一体が、こちらへ向きを変えた。
細い四本の脚が瓦礫を越えてくる。
その先には、エナがいる。
エナからは見えていない。
壁の窪みに身を寄せ、テオの指示を待っている。
このまま進めば、見つかる。
神の言葉が、胸の内に戻った。
『エナを、塔の共同体へ到達させてはならない』
今なら、自分は何もしなくていい。
悪魔が、エナを排除する。
七日目に自分の手で終わらせる。それが、外へ置き去りにするよりはましだと考えていた。
だが、ここで黙って待つことは、その決意と同じには思えなかった。
エナはまだ、テオを見ている。
小型機が壁の手前で止まった。
前方の黒い板が、窪みへ向く。
テオは口を閉じたまま、その中央に白い光がともるのを見た。
板の向こうで、リツがテオの名を呼んでいた。




