DAY 3-1 音を消す
朝日は、石壁の欠けたところから細く差し込んでいた。
昨夜、火を囲んだ地面を横切り、眠っている者たちの顔を一人ずつ照らしていく。
テオは人々を暗いうちには起こさなかった。
この先では、足元が見えなければ歩けない。悪魔の姿だけでなく、土に残された跡も、光がなければ読めなかった。
人々が起き始める。
火はほとんど消えていた。残った炭へ土がかけられ、敷かれていた布が畳まれていく。
「金属が外へ出ている荷は、布で包め」
テオが言うと、作業の手が止まった。
「器も刃物もだ。歩いたときに触れ合うものは、全部固定しろ」
自分の荷から細く裂いた布を取り出し、腰の留め金へ巻く。
リツも近くの荷を持ち上げた。
袋の外へ結ばれた小さな鍋が、金具へ触れて音を立てる。
「これは中へ入れてください」
「すぐ使うのに?」
「使える場所まで運べなければ、持っている意味がありません」
リツは鍋を外し、荷の中へ押し込んだ。
周囲でも袋が開かれた。金属の留め具へ布を巻く者。刃物を外套の内側へ入れる者。食器の間へ乾いた草を挟む者。
昨日傷ついたダンは、石壁へ背を預け、残った水袋を見ていた。指には新しい布が巻かれている。
「水はどうする」
「三つに分ける。列の前と中央と後ろで持て」
「俺が見る」
「今日は持つな」
「歩ける」
「手が使えない者に、水は持たせない」
ダンが口を開くより先に、隣にいた男が水袋を持ち上げた。
「中央は俺が持つ。お前は量を見ろ」
ダンは袋の膨らみを目で確かめる。
「それは少ない。前へ回せ」
「分かった」
持てなくなっても、水を見ることはできる。
テオはそれ以上口を挟まなかった。
昨夜、歌の言葉を間違えていた子どもが、布を細く裂きながら尋ねた。
「今日は、話しても駄目なの?」
「必要なことだけだ」
「小さい声なら?」
「悪魔は声だけを聞くわけじゃない」
「何を聞くの?」
「金属が触れる音。足音。石が落ちる音」
「匂いも?」
「それは分からない」
「テオにも分からないことがあるの?」
「ああ」
子どもは少し考えてから、布を結び直した。
「歌は?」
周囲の者たちの手が、わずかに遅くなる。
「今日は歌うな」
テオが言うと、子どもは黙って頷いた。
*
石壁を離れてから、しばらくは乾いた斜面が続いた。
昨日より足取りは重い。
それでも、水袋を分けて持ったことで、荷の偏りは少なくなっている。ダンも列の中ほどを、誰にも身体を支えられずに歩いていた。
日差しが地面へ届き始めた頃、岩の間に細い水が見えた。
昨日、着くはずだった水場だった。
人々の歩みが少し速くなる。
テオは先に水の流れと周囲の跡を確かめた。獣の新しい足跡はあるが、悪魔が通った形跡はない。
「満たせ」
人々が水袋を開く。
荷を下ろして休む者はいなかった。口を湿らせ、布を濡らし、水袋が満ちるのを待つ。
ダンは流れのそばへ座り、運ばれてくる袋を一つずつ見た。
「それは口が緩い」
「昨日、結び直したものです」
「歩けばまた緩む。もう一度だ」
男が紐を締め直す。
朝に手伝っていた子どもも、袋の底を両手で支えていた。
失った二つの水袋は戻らない。
それでも、残った袋は再び膨らんでいった。
最後の袋が閉じられる。
「出るぞ」
水場にいたのは、長い時間ではなかった。
*
水場を離れて一刻ほど進むと、地面から二本の金属が現れた。
土へ半ば沈み、まっすぐ先へ延びている。
その両脇には、四角い柱が等間隔に並んでいた。倒れているものもあれば、上半分を失い、切断面を空へ向けているものもある。
何かを載せて運ぶための道だったと、テオは聞いている。人が歩くより速く、谷の一つを満たすほどの石や金属を、かつてはここから運び出していたという。
今は、風が砂を運んでいるだけだった。
「塔まで続いているんですか」
リツが声を抑えて尋ねた。
「途中までだ」
「この先には何が?」
「掘った跡と、古い建物がある」
「供物が採れる場所ですか」
「昔はな」
今も何かが残っているかは分からない。確かめて戻った者は少なかった。
テオは手を上げた。
一行が止まる。
地面に、硬い脚が繰り返し通った跡が残っていた。
「ここからは四組に分かれる」
前方には、柱が数本ずつ固まって残っている。その陰なら、十人ほどが身体と荷を隠せた。
「俺が先へ行き、向こうから合図する。リツはここに残り、十人ずつ送り出せ」
「最初は誰が」
「エナだ。向こうで後を受け入れろ」
「分かりました」
「最後の組は、リツが最後尾につけ」
リツが前方の柱までの距離を見た。
「あなたは戻らないのですか」
「向こうで巡回を見る。変化があれば、ここからでは分からない」
テオが危険を見る。
リツが人々を送り出す。
二人が同じことをしようとすれば、どちらかを見落とす。
テオは一人で列を離れた。
*
足の裏を土へ置き、重さを移してから次の足を出す。
突き出した金属を踏まない。乾いた枝を避ける。柱の陰へ入る前に、その先を見る。
七本目の柱で、低い音が聞こえた。
短く、硬い。
少し間を置いて、また鳴る。
テオは柱の裂け目から先を見た。
四本脚の悪魔が、古い道を横切っている。
低い胴体。前方へ伸びた細い筒。背には、大きさの違う板が幾重にも重なっていた。
一昨日に見たものより小さい。
だが、近い。
悪魔は崩れた建物の周囲を回り、途中で一度止まった。上半分だけが別の方向へ動く。
テオは地面へ小石を置いた。
悪魔が建物の裏へ消え、再び姿を現すたびに一つずつ増やす。
巡回の間隔は変わっていない。
悪魔が遠ざかる。
テオは後方へ片手を上げた。
最初の十人が柱の陰から出た。
エナが先頭を歩く。テオの足跡を外れないよう進み、その後ろに子どもと足の遅い者が続いた。
最後の者の荷が柱へ触れかけ、エナが手を添えて止める。
音は鳴らなかった。
十人が柱の陰へ入る。
悪魔の足音が戻ってきた。
人々が身を固くする。子どもの口を、そばにいた大人が覆った。
悪魔が柱の前を通る。
身体の上に並んだ板の一枚が、一行の方角を向いた。
誰も動かない。
板はしばらく止まり、やがて別の方向へ戻った。
悪魔が遠ざかる。
「ここで後を受け入れろ」
テオが言うと、エナは頷いた。
二組目も、三組目も、悪魔が建物の裏へ消えるたびに渡った。
残るのは、リツを含む最後の十人だけだった。
テオが合図を送る。
リツは最後尾につき、先頭には荷を持たないダンを置いた。
あと半分。
ダンの足元から、小石が外れた。
乾いた地面を転がる。
リツが手を上げ、列が止まった。
石は金属の道の手前で止まる。
音は鳴らなかった。
テオは四本脚の悪魔の方角を見る。
巡回に変化はない。
リツへ進めと合図する。
誰も急がなかった。
先頭のダンが柱の陰へ入る。後ろの者たちも一人ずつ続いた。
最後にリツが身体を滑り込ませる。
四十人全員が、最初の巡回路を越えた。
誰も声を出さなかったが、いくつもの肩から同時に力が抜けた。
「あれなら、脚を止められます」
リツが小声で言った。
「止める必要はない」
「動けなくすれば、待たずに通れます」
「戻らなければ、探しに来る」
「来る前に抜ければいい」
「四十人が走れるならな」
リツは人々を見た。
「谷の近くでは、止めている間に戻れました」
「ここには戻る谷がない」
悪魔の足音が近づき、会話はそこで途切れた。
リツは刃物へ手を伸ばさなかった。
*
悪魔が遠ざかったあと、テオは一行を次の遮蔽物へ移した。
崩れた建物を越えれば、地面が低くなる。そこから先は、倒れた金属板の間を進める。
予定より時間はかかったが、全員が抜けられる。
そう考えたとき、足元の土がかすかに震えた。
四本脚のものとは違う。
切れ目のない低い振動だった。
テオは顔を上げた。
空に、細長い影がある。
翼は動いていない。金属の身体の下で、小さな板が何枚も向きを変えていた。
空を飛ぶ悪魔だった。
この場所でテオが確認していた巡回には、含まれていない。
「動くな」
空の悪魔は、一行が進むはずだった道の上を横切り、その先で向きを変えた。
大きな円を描きながら戻ってくる。
地上の悪魔が戻るまで、長くはない。
空の悪魔が通り過ぎるのを待てば、二つの巡回が重なる。
一昨日まで使えた道は、もう使えなかった。




