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神の外  作者: 古江 門


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7/10

DAY 3-1 音を消す

 朝日は、石壁の欠けたところから細く差し込んでいた。


 昨夜、火を囲んだ地面を横切り、眠っている者たちの顔を一人ずつ照らしていく。


 テオは人々を暗いうちには起こさなかった。


 この先では、足元が見えなければ歩けない。悪魔の姿だけでなく、土に残された跡も、光がなければ読めなかった。


 人々が起き始める。


 火はほとんど消えていた。残った炭へ土がかけられ、敷かれていた布が畳まれていく。


「金属が外へ出ている荷は、布で包め」


 テオが言うと、作業の手が止まった。


「器も刃物もだ。歩いたときに触れ合うものは、全部固定しろ」


 自分の荷から細く裂いた布を取り出し、腰の留め金へ巻く。


 リツも近くの荷を持ち上げた。


 袋の外へ結ばれた小さな鍋が、金具へ触れて音を立てる。


「これは中へ入れてください」


「すぐ使うのに?」


「使える場所まで運べなければ、持っている意味がありません」


 リツは鍋を外し、荷の中へ押し込んだ。


 周囲でも袋が開かれた。金属の留め具へ布を巻く者。刃物を外套の内側へ入れる者。食器の間へ乾いた草を挟む者。


 昨日傷ついたダンは、石壁へ背を預け、残った水袋を見ていた。指には新しい布が巻かれている。


「水はどうする」


「三つに分ける。列の前と中央と後ろで持て」


「俺が見る」


「今日は持つな」


「歩ける」


「手が使えない者に、水は持たせない」


 ダンが口を開くより先に、隣にいた男が水袋を持ち上げた。


「中央は俺が持つ。お前は量を見ろ」


 ダンは袋の膨らみを目で確かめる。


「それは少ない。前へ回せ」


「分かった」


 持てなくなっても、水を見ることはできる。


 テオはそれ以上口を挟まなかった。


 昨夜、歌の言葉を間違えていた子どもが、布を細く裂きながら尋ねた。


「今日は、話しても駄目なの?」


「必要なことだけだ」


「小さい声なら?」


「悪魔は声だけを聞くわけじゃない」


「何を聞くの?」


「金属が触れる音。足音。石が落ちる音」


「匂いも?」


「それは分からない」


「テオにも分からないことがあるの?」


「ああ」


 子どもは少し考えてから、布を結び直した。


「歌は?」


 周囲の者たちの手が、わずかに遅くなる。


「今日は歌うな」


 テオが言うと、子どもは黙って頷いた。


     *


 石壁を離れてから、しばらくは乾いた斜面が続いた。


 昨日より足取りは重い。


 それでも、水袋を分けて持ったことで、荷の偏りは少なくなっている。ダンも列の中ほどを、誰にも身体を支えられずに歩いていた。


 日差しが地面へ届き始めた頃、岩の間に細い水が見えた。


 昨日、着くはずだった水場だった。


 人々の歩みが少し速くなる。


 テオは先に水の流れと周囲の跡を確かめた。獣の新しい足跡はあるが、悪魔が通った形跡はない。


「満たせ」


 人々が水袋を開く。


 荷を下ろして休む者はいなかった。口を湿らせ、布を濡らし、水袋が満ちるのを待つ。


 ダンは流れのそばへ座り、運ばれてくる袋を一つずつ見た。


「それは口が緩い」


「昨日、結び直したものです」


「歩けばまた緩む。もう一度だ」


 男が紐を締め直す。


 朝に手伝っていた子どもも、袋の底を両手で支えていた。


 失った二つの水袋は戻らない。


 それでも、残った袋は再び膨らんでいった。


 最後の袋が閉じられる。


「出るぞ」


 水場にいたのは、長い時間ではなかった。


     *


 水場を離れて一刻ほど進むと、地面から二本の金属が現れた。


 土へ半ば沈み、まっすぐ先へ延びている。


 その両脇には、四角い柱が等間隔に並んでいた。倒れているものもあれば、上半分を失い、切断面を空へ向けているものもある。


 何かを載せて運ぶための道だったと、テオは聞いている。人が歩くより速く、谷の一つを満たすほどの石や金属を、かつてはここから運び出していたという。


 今は、風が砂を運んでいるだけだった。


「塔まで続いているんですか」


 リツが声を抑えて尋ねた。


「途中までだ」


「この先には何が?」


「掘った跡と、古い建物がある」


「供物が採れる場所ですか」


「昔はな」


 今も何かが残っているかは分からない。確かめて戻った者は少なかった。


 テオは手を上げた。


 一行が止まる。


 地面に、硬い脚が繰り返し通った跡が残っていた。


「ここからは四組に分かれる」


 前方には、柱が数本ずつ固まって残っている。その陰なら、十人ほどが身体と荷を隠せた。


「俺が先へ行き、向こうから合図する。リツはここに残り、十人ずつ送り出せ」


「最初は誰が」


「エナだ。向こうで後を受け入れろ」


「分かりました」


「最後の組は、リツが最後尾につけ」


 リツが前方の柱までの距離を見た。


「あなたは戻らないのですか」


「向こうで巡回を見る。変化があれば、ここからでは分からない」


 テオが危険を見る。


 リツが人々を送り出す。


 二人が同じことをしようとすれば、どちらかを見落とす。


 テオは一人で列を離れた。


     *


 足の裏を土へ置き、重さを移してから次の足を出す。


 突き出した金属を踏まない。乾いた枝を避ける。柱の陰へ入る前に、その先を見る。


 七本目の柱で、低い音が聞こえた。


 短く、硬い。


 少し間を置いて、また鳴る。


 テオは柱の裂け目から先を見た。


 四本脚の悪魔が、古い道を横切っている。


 低い胴体。前方へ伸びた細い筒。背には、大きさの違う板が幾重にも重なっていた。


 一昨日に見たものより小さい。


 だが、近い。


 悪魔は崩れた建物の周囲を回り、途中で一度止まった。上半分だけが別の方向へ動く。


 テオは地面へ小石を置いた。


 悪魔が建物の裏へ消え、再び姿を現すたびに一つずつ増やす。


 巡回の間隔は変わっていない。


 悪魔が遠ざかる。


 テオは後方へ片手を上げた。


 最初の十人が柱の陰から出た。


 エナが先頭を歩く。テオの足跡を外れないよう進み、その後ろに子どもと足の遅い者が続いた。


 最後の者の荷が柱へ触れかけ、エナが手を添えて止める。


 音は鳴らなかった。


 十人が柱の陰へ入る。


 悪魔の足音が戻ってきた。


 人々が身を固くする。子どもの口を、そばにいた大人が覆った。


 悪魔が柱の前を通る。


 身体の上に並んだ板の一枚が、一行の方角を向いた。


 誰も動かない。


 板はしばらく止まり、やがて別の方向へ戻った。


 悪魔が遠ざかる。


「ここで後を受け入れろ」


 テオが言うと、エナは頷いた。


 二組目も、三組目も、悪魔が建物の裏へ消えるたびに渡った。


 残るのは、リツを含む最後の十人だけだった。


 テオが合図を送る。


 リツは最後尾につき、先頭には荷を持たないダンを置いた。


 あと半分。


 ダンの足元から、小石が外れた。


 乾いた地面を転がる。


 リツが手を上げ、列が止まった。


 石は金属の道の手前で止まる。


 音は鳴らなかった。


 テオは四本脚の悪魔の方角を見る。


 巡回に変化はない。


 リツへ進めと合図する。


 誰も急がなかった。


 先頭のダンが柱の陰へ入る。後ろの者たちも一人ずつ続いた。


 最後にリツが身体を滑り込ませる。


 四十人全員が、最初の巡回路を越えた。


 誰も声を出さなかったが、いくつもの肩から同時に力が抜けた。


「あれなら、脚を止められます」


 リツが小声で言った。


「止める必要はない」


「動けなくすれば、待たずに通れます」


「戻らなければ、探しに来る」


「来る前に抜ければいい」


「四十人が走れるならな」


 リツは人々を見た。


「谷の近くでは、止めている間に戻れました」


「ここには戻る谷がない」


 悪魔の足音が近づき、会話はそこで途切れた。


 リツは刃物へ手を伸ばさなかった。


     *


 悪魔が遠ざかったあと、テオは一行を次の遮蔽物へ移した。


 崩れた建物を越えれば、地面が低くなる。そこから先は、倒れた金属板の間を進める。


 予定より時間はかかったが、全員が抜けられる。


 そう考えたとき、足元の土がかすかに震えた。


 四本脚のものとは違う。


 切れ目のない低い振動だった。


 テオは顔を上げた。


 空に、細長い影がある。


 翼は動いていない。金属の身体の下で、小さな板が何枚も向きを変えていた。


 空を飛ぶ悪魔だった。


 この場所でテオが確認していた巡回には、含まれていない。


「動くな」


 空の悪魔は、一行が進むはずだった道の上を横切り、その先で向きを変えた。


 大きな円を描きながら戻ってくる。


 地上の悪魔が戻るまで、長くはない。


 空の悪魔が通り過ぎるのを待てば、二つの巡回が重なる。


 一昨日まで使えた道は、もう使えなかった。


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