DAY 2-3 分けた水
ダンの荷は、すでにいくつかに分けられていた。
彼だけが何も持たず、列の中ほどへ入る。リツも近くを歩いたが、肩は貸さなかった。
日差しが強くなっている。
次の水場には届かない。それでも、夜を越せる場所までは進まなければならない。
テオは歩く速さを落とした。
曲がり角の先を確かめる。空を見る。列の足音を聞く。
悪魔の気配はない。
だが、水を失った今、何も起きないことだけが一行を守る。
誰も話さなくなった。
足音と、荷の紐が擦れる音だけが続く。
日が傾き始めた頃、崩れかけた石壁が見えてきた。
かつては道に沿って長く延びていたのだろう。いま残っているのは数十歩ほどだが、背丈より高く、片側に身を寄せれば風を避けられる。
夜を越すには十分だった。
一行が壁の内側へ入った。
布が敷かれ、風の入る隙間へ石が積まれる。乾いた枝を拾う者もいた。
テオは残った水袋を並べた。
失った量が、形になって見えた。
「まず、全員の分を取る」
器へ最低限の水を分けていく。
「朝の分は別に残す。残りは、子どもと疲れの強い者へ回す」
エナは並んだ器を確かめた。
「それなら、今夜だけで使い切らずに済みます」
「ああ」
器へ注がれた水は、昨日より少ない。
それでも、誰の前にも水が置かれた。
ダンだけが、自分の器を受け取らずにいた。
「俺の分はいらない」
「なぜですか」
エナが尋ねる。
「俺が失った」
「皆の水です」
「だからだ」
「あなたが飲まなければ、ほかの人も飲みにくくなります」
ダンは周囲を見た。
朝に水袋を押さえていた子どもが、自分の器を両手で持ったまま、口をつけずにいる。
「ダンが飲んでから飲む」
ダンは顔をしかめた。
「先に飲め」
「ダンが先」
しばらく見つめ合ったあと、ダンが器を取った。
一口飲む。
それを見て、子どもも水へ口をつけた。
*
野兎は石壁から少し離れた風下へ運ばれた。
刃物を持った者が腹を開き、別の者が皮を押さえる。
肉は細く切り分けられた。皮と腱は補修に使うため残し、食べられないものは石壁から離れた場所へ埋めた。
火のそばでは、平たい石が熱せられている。
「煮た方が、みんなに分けられるのに」
火を見ていた子どもが言った。
「煮るための水はないよ」
肉を運んできた者が答えた。
薄く切られた肉が、熱した石の上へ並べられる。
脂が弾けた。
小さな音とともに、香ばしい匂いが広がる。
それまで荷を整えていた者が顔を上げた。横になっていた者も、火の方を見た。
全員で分ければ、一人の口へ入る量はわずかだった。
それでも、乾いた保存食とは違う匂いだった。
エナは、今夜開く予定だった保存食の包みを一つ戻した。
「これで、失った分に近づきますか」
「近づくだけだ」
テオは焼かれている肉を見た。
「明日も獲れるとは考えるな」
「この辺りには獣がいます」
「いることと、捕まえられることは別だ。悪魔が近ければ、狩りにも出られない」
エナは包みを閉じた。
食料の損失は、少し埋まった。
水は減ったままだった。
*
水を配り終えても、ダンは横になろうとしなかった。
空になった器を集め、残った水袋のそばへ座る。
「手を使わないでください」
リツが言った。
「口が緩んでいたら、朝までに減る」
「さっき確かめました」
「運んだあとだ。もう一度見る」
ダンが水袋へ手を伸ばす。
布を巻かれた指に痛みが走ったのか、眉を寄せた。
朝に手伝っていた子どもが隣へ座る。
「私が持つ」
「重いぞ」
「朝も手伝った」
子どもは両手で水袋を抱えた。持ち上げることはできず、底が地面を擦る。
「これは、まだたくさん入ってる」
「ああ」
「こっちは?」
「半分より少し多い」
二人で一つずつ確かめ、残った袋を石壁の内側へ並べ直した。
近くにいた者が小さな石を運び、水袋の左右へ置く。別の者が袋の下へ布を敷いた。
失った水は戻らない。
残った水を守る手は、いくつもあった。
*
薄く切られた肉が、小さな器へ一切れずつ置かれていく。
「焦げてる」
子どもが言った。
「端だけだ」
肉を返していた者が慌てて石から下ろし、周囲に小さな笑いが起きた。
朝から張りつめていた顔が、少しだけ緩む。
ダンの前にも、一切れが置かれた。
「俺は後でいい」
「冷めますよ」
リツが言った。
ダンは器を見渡した。
子どもが自分の肉を持ち上げる。
「ちゃんとある」
ダンはようやく、小さな一切れを口へ入れた。
焼けた肉が、人の手から人の手へ渡っていく。
誰かが、鼻歌を口ずさんだ。
谷で水を分けるときに歌われていた歌だった。
初めは、肉を焼いていた者の手元から聞こえるだけだった。
隣にいた者が続きを重ねる。
子どもが、覚えているところだけを歌った。途中で言葉を間違え、近くの大人が笑いながら歌い直す。
別の者は、自分の家では違う言葉だったと、そのまま別の歌詞を重ねた。
二つの歌はしばらく並び、やがて同じところへ戻った。
リツも声を加えた。
ダンは火の近くに座り、布を巻かれた指で膝を叩いている。
谷を離れてから初めて、人々の声が風よりも大きくなった。
乾いた金属音が響いた。
歌が止まる。
テオは石壁の外へ出た。
リツも立ち上がり、刃物へ手を添えて隣に並ぶ。
風が吹いた。
もう一度、音がした。
崩れた壁の上で、古い金属片が揺れている。
「悪魔ではない」
リツが手を下ろした。
すぐに歌が戻ることはなかった。
しばらくして、先ほど言葉を間違えた子どもが、途切れたところから小さく歌い始めた。
肉を焼いていた者が、その続きを引き取る。
一つずつ、声が戻ってきた。
今度の歌は、先ほどより静かだった。
それでも、最後まで途切れなかった。
*
テオは石壁の外へ戻った。
火の明かりは背中にある。
来た道も、これから進む道も見えない。
「食べていませんね」
後ろからエナの声がした。
振り返ると、エナが水と薄く切った食料を持っていた。野兎の肉も一切れ載っている。
「見張りが先だ」
「それは、食べない理由にはなりません」
エナは手の届く場所へ器を置いた。
「疲れましたか」
「少しはな。だが、予定より遅れた。今は休めない」
「休めるかどうかは聞いていません」
テオはエナを見た。
「では、何を聞いている」
「あなたが疲れたかです」
「答えただろう」
「はい。初めの一言だけは」
石壁の向こうから、低い歌声が聞こえていた。
エナは答えを急かさなかった。
テオも何も言わない。
しばらくして、エナは立ち上がった。
「冷える前に食べてください」
それだけ言って、火の方へ戻っていく。
リツが少し場所を空け、エナはその隣へ座った。
歌が続いている。
テオは置かれた器を見た。
水を失った。
時間も失った。
それでも、谷を出た四十人は一人も欠けていない。
テオは冷めかけた肉を口へ入れた。
七日目まで、あと五日あった。




