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神の外  作者: 古江 門


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DAY 2-2 伸ばした手

 縄がテオの腕へ食い込んだ。


 金属の柱は動いていない。


 だが、二人分の重さに縄が軋んでいる。


「リツ。右に足場がある」


「見えています」


「そこへ身体を振れ」


 テオは縄をわずかに緩めた。


 リツが岩壁を蹴る。


 一度では届かない。


 戻った勢いでもう一度蹴り、右足を岩へかけた。


「つきました」


 テオが縄を張り直す。


 リツの身体が岩壁へ押しつけられた。


「ダン。右手を私の肩へ」


 ダンがリツの肩をつかむ。


 リツは身体を寄せ、ダンを岩壁との間へ押さえた。腰につけていた短い補助縄を外す。


 ダンの胸から脇の下へ回し、自分の救助縄へ結びつけた。


「締まります」


「構わない」


 リツが結び目を引いた。


「テオ。つなぎました」


「来た道へ戻る」


 テオが縄を引く。


 リツは足場を選びながら、ダンを右へ押し上げた。


 途中で二度、足が滑った。


 そのたびに縄が二人を支えた。


 崩れた石が背後へ落ちていく。


 道の縁まで、あとわずかだった。


「リツ。先に上がれ」


 リツは一度、ダンの補助縄を確かめた。


 それから岩壁へ手をかける。


 テオが腕をつかみ、道の上へ引き上げた。


 リツはすぐに身を伏せ、ダンにつながった縄をつかむ。


「ダン。壁を蹴ってください」


 テオとリツが引く。


 ダンも岩へ足を当てる。


 身体が少しずつ上がった。


 縁へ手が届く。


 リツが腕をつかんだ。


 二人でダンを岩壁の側へ引き込む。


 ダンは道の上へ転がり、そのまま仰向けになった。


 一息ぶん、誰も動けなかった。


 斜面では、崩れた砂がまだ細く流れている。


 リツは荒い息を繰り返しながら、ダンのそばへ膝をついた。


「怪我は」


 腕を動かし、脚を曲げさせる。衣は破れていたが、血は指先と膝に滲む程度だった。強く岩をつかみ続けた指は、まだうまく開かなかった。


「大きな傷はありません。ただ、指はしばらく使わないでください」


「そう言っただろう」


「落ちた人の言葉は、すぐには信じません」


 ダンは息を吐き、岩壁へ背を預けた。


「水を失った」


「お前は戻った」


 テオは柱から縄を外しながら答えた。


「同じではない」


「同じでなくていい」


 強く握り続けたせいで、掌の感覚が薄い。


 ダンは自分の指先を見た。


「子どもは」


「先へ行きました。怪我はありません」


 リツが答える。


 ダンはうなずき、ようやく肩の力を抜いた。


 しばらく休んでから、ダンは岩壁へ手をついた。


 一度立ち上がり、すぐに身体を戻す。


「急がなくていいです」


「歩ける」


「確かめてからです」


 もう一度立つ。


 一歩。


 次の一歩。


 身体は強張っていたが、足に異常はなさそうだった。


「肩を貸します」


「必要ない」


「崖から落ちた直後に言われても、聞きません」


 ダンは少し迷い、リツの肩へ軽く手を置いた。


 テオは救助縄を肩へ掛け、先に歩き始めた。


     *


 先の岩陰では、一行が道を見ていた。


 三人の姿に気づくと、何人もの身体が立ち上がる。


 助けられた子どもが、人々の間から抜け出した。


 走り出そうとした身体を、大人が一度押さえる。道が広くなったところで、その手が離された。


 子どもはダンへ駆け寄り、正面から抱きついた。


 ダンがよろめく。


 リツがすぐに支えた。


「私のせいで、ダンが落ちたの」


「違う」


 ダンはすぐに答えた。


「お前を道へ戻したあと、俺が足を取られた。お前のせいじゃない」


「でも」


「お前が無事なら、それでいい」


 子どもはダンの衣を握ったまま、顔を上げた。


 その目がリツへ移り、次にテオを見る。


 何を言えばよいのか分からないまま、二人へ深く頭を下げた。


 人々がダンを囲む。


 破れた衣へ布を当てる者。座る場所を空ける者。わずかな水で湿らせた布を傷へ当てる者。


 テオは岩陰の外へ出た。


 日が高い。


 次の水場まで進めば、着く前に暗くなる。


 背後で足音がした。


 リツが隣へ立つ。


「待っていたら、間に合いませんでした」


「あそこから下りても、間に合わなかった」


「だから、あなたが示した方から行きました」


 テオは道を見たまま答えた。


「お前が手を伸ばさなければ、落ちていた」


「あなたが縄を張らなければ、二人で落ちていました」


 それ以上の言葉はなかった。


「予定より遅れた」


 テオが言った。


「次の水場には届かない」


 リツの表情が変わった。


 救助は終わった。


 旅は続いていた。


     *


 一行はすぐには動けなかった。


 ダンの傷を手当てし、失った荷を分け直すには、わずかでも時間がいる。


 テオはダンのそばへ戻った。


「水袋が二つ。食料は?」


「俺の分と、予備の包みが一つ」


「中身は」


「乾いた肉と穀物だ。一人なら一日分ほど」


 全員で分ければ、わずかな量になる。


 だが、この先も予定どおり進める保証はなかった。悪魔を避けて道を変えれば、移動は延びる。地図にある水場が、まだ残っているとも限らない。


 テオは岩陰の外へ目を向けた。


 低い草の間に、小さな跡が続いている。丸い糞。根元近くを噛み切られた草。岩の隙間へ消える、浅い足跡。


 まだ乾いていない。


「リツ」


 ダンの指へ布を巻いていたリツが顔を上げた。


「ここを頼む」


「どこへ行くのですか」


「獣の跡がある。列が動けるようになるまでに戻る」


 テオは荷から小弓を外した。


「遠くへは行かないでください」


「ああ」


 テオは岩陰を離れた。


 足跡を真っすぐ追わず、岩場の風下へ回る。


 草が途切れる場所で膝をつき、矢をつがえた。


 岩の奥で草が揺れた。


 野兎が一度だけ顔を出し、すぐに引っ込む。


 テオは動かなかった。


 しばらくして、右手の草が震えた。


 野兎が岩の隙間から飛び出す。


 弦が鳴った。


 獣は数歩走り、草の中へ倒れた。


     *


 テオが野兎を下げて戻ると、人々の視線が集まった。


「全員分には少ないですね」


 リツが言った。


「今夜使う保存食を減らせる。それで十分だ」


 獲物を受け取った者たちが、石壁へ着いたあと処理できるよう布へ包む。


 テオは人々を見渡した。


「出るぞ」


 ダンも立ち上がった。


 今度は一度で立てた。


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