DAY 7-3 求められていない死
テオはリツの傷口を押さえた。
「治せ」
『リツの生命反応を確認できない』
「まだ温かい」
『回復可能な状態ではない』
「戻せ」
『要求を実行できない』
「俺は、神託を守った」
『リツの殺害は要求されていない』
「リツが外へ出れば、エナは生きられた」
『リツとの合流は、神託の達成条件に影響しない』
「生きてもよかったのか」
『エナの死亡は、達成条件に含まれていない』
テオの手が止まった。
「では、なぜ排除した」
『谷の共同体から入力された記録に基づき、塔の共同体の短期的安定を優先した判断である』
「短期的?」
『確認する』
「では、長期的にはどうなんだ」
『判断には追加情報が必要である』
「何を言えばいい」
『エナが共同体へ与えた影響を入力せよ』
テオはリツを抱えたまま、白い光を見上げた。
「エナがいなければ、誰も谷を出なかった」
『継続せよ』
「ダンが落ちたとき、人々を先へ進ませた。セラを置いていかず、皆で荷と役割を組み替えた」
声がうまく出なかった。
「河床では、自分の札まで置き、皆に包みを置くよう命じた。自分が入れなくても、皆を塔へ入れた」
リツの血が、膝の下へ広がっていく。
「それでも、エナが害なのか」
『追加情報を確認した』
沈黙が落ちた。
『谷の機能低下には、設備の劣化、資源不足、役割の欠員が影響している』
『エナを主因とする記録の確度は低い』
『エナは、短期的には固定された役割制度を不安定化させる可能性がある』
『長期的には、人類の適応性を維持する可能性がある』
『エナの生存を推奨する』
テオはリツの顔を見た。
「では、リツは何のために死んだ」
『リツの死亡は、テオの行動の結果である』
「お前が、排除しろと言った」
『確認する』
「俺は、それに従った」
『殺害は要求されていない』
「では、俺が殺したのか」
『確認する』
テオは俯いた。
神は責めなかった。
赦しもしなかった。
テオがしたことを、ただそのまま返した。
「リツを、どうすればいい」
『遺体を火葬区画へ搬送せよ』
『外部活動者としての活動終了を記録する』
「それだけか」
『質問を特定せよ』
「リツは一人しかいない」
『個体の同一性は代替されない』
『外部活動者の欠員は補充可能である』
「代わりではない」
『質問を特定せよ』
壁の奥で音が鳴った。
『神の前で死亡者を確認した』
『医療担当者および神託者へ通知した』
「来させるな」
『要求を受け入れない』
扉の留め具が外れた。
テオはリツを抱えたまま、動かなかった。
扉が開く。
先ほどの男と女、その後ろから二人の外部活動者が入ってきた。
女がリツの首へ指を当てた。
すぐに手を下ろす。
男が白い光へ向き直った。
「何が起きたのですか」
『テオが、リツを刃物で刺した』
『リツの死亡を確認した』
「神託による行動ですか」
『殺害は要求されていない』
男が二人の外部活動者を見た。
「テオを拘束してください」
二人が近づく。
テオはリツを抱く腕に力を入れた。
「離せ」
「リツさんを運びます」
「触るな」
二人がテオの腕をつかむ。
力を込めても、血に濡れた身体は腕の間から離れていった。
「リツを置いていくな」
「置いてはいきません」
女が答えた。
「火葬区画へ運びます」
テオの腕が背中へ回され、手首を縛られた。
リツの身体が、白い布へ載せられる。
テオは立たされた。
扉へ連れていかれる。
振り返ると、白い光がリツの身体を照らしていた。
*
手首を縛られたまま、テオは小さな石室へ入れられた。
床にも壁にも、何もなかった。
手と衣服には、リツの血が残っている。
指を曲げると、乾き始めた血が皮膚を引いた。
扉が閉じた。
壁の向こうを、いくつもの足音が通り過ぎる。
何かを運ぶ音が遠ざかった。
やがて、留め具が外れた。
二人の外部活動者に挟まれ、再び神の前へ連れていかれた。
床は洗われていた。
リツの身体も、血も、短槍もない。
テオの衣服にだけ、赤黒い跡が残っている。
男と女が、正面に膝をついていた。
テオも、その後ろへ座らされた。
血に濡れた膝が、白い床へ触れる。
明かりが消える。
闇の奥に、白い光がともった。
『外部活動者テオ』
「ここにいる」
『リツを殺害したことを認めるか』
「ああ」
『テオは、示された判断に条件を加え、要求されていない殺害を実行した』
『外部活動者としての認証を停止する』
『塔の境界外へ置け』
「承りました」
二人の神託者が頭を下げた。
「殺さないのか」
『テオを死亡させる必要性は確認できない』
「俺は人を殺した」
『確認している』
「それでもか」
『殺害への応答として、殺害を行う必要性は確認できない』
リツを死者として数えた声と、何も変わらなかった。
「リツは」
喉が詰まった。
「どこにいる」
『遺体は火葬区画へ搬送された』
「俺も行く」
『許可しない』
テオは身体を前へ傾けた。
両側の外部活動者が肩を押さえる。
白い光が弱くなる。
『裁定を終了する』
部屋が暗くなった。
*
縄を解かれたのは、外側の門の前だった。
弓も、刃物も、荷も返されなかった。
外部活動者の印は、衣服から切り取られていた。
テオに残されたのは、リツの血が乾いた衣服だけだった。
内側の広場から、日暮れの歌が聞こえた。
朝とは違う言葉を、朝と同じ声で歌っていた。
リツの声は、その中にはなかった。
門の脇の戸が開く。
夕暮れの光が、細く差し込んだ。
「境界の外へ」
男が言った。
テオは何も持たずに戸をくぐった。
背後で扉が閉じる。
夕暮れの広場に、エナがいた。
朝と同じ、汚れた衣服のまま立っている。
足元には、旅の荷が置かれていた。
テオを見る。
その後ろを見る。
門は閉じていた。
エナの視線が、テオの胸と手に残った血へ落ちる。
唇が開いた。
テオは何も言えなかった。
エナの横には、リツがいなかった。




