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神の外  作者: 古江 門


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20/22

DAY 7-2 これで果たされたのか

 報告室の入口で、二人の装備が返された。


 テオは刃物を腰へ戻した。


 リツは短槍を受け取り、継ぎ直された穂先を確かめる。


「七日間に見たものを、神へ報告してください」


 塔の女はそう言い残し、扉を閉めた。


 部屋の明かりが消える。


 正面に白い光がともった。


『外部活動者、テオ』


「ここにいる」


『外部活動者、リツ』


「はい」


『谷の共同体から塔の共同体までの経路を報告せよ』


 テオは膝をついた。


「谷の東門から北へ進んだ。悪魔の領域と、増水した河床を通過した。失った供物の代わりに、北の回収場から炉材を補充した」


『死者は』


「いない」


『負傷者は』


「担架で運んだ者が一人。歩行に支えを要する者が二人です。軽傷者もいます」


 リツが答えた。


「塔で治療を受けています」


『移住者三十八名の受け入れを確認した』


『炉材の受け入れを確認した』


『移住経路と悪魔の活動を記録した』


 七日間が、わずかな言葉に変わった。


 斜面から落ちたダンも、セラを載せた担架も、河床でつないだ手も、その中にはなかった。


『外部活動の報告を終了する』


「待て」


 テオが言った。


 隣で、リツが顔を上げる。


『質問を許可する』


「谷で俺に与えた、エナについての神託を確認したい」


 リツがテオを見た。


『エナを、移住する共同体から排除せよ』


『エナを、塔の共同体へ到達させてはならない』


 リツの手が、膝の上で止まった。


「何ですか、それは」


 テオは白い光から目を離さなかった。


「エナは塔へ入らず、境界の外へ追放された」


『確認している』


「谷の者たちは、塔へ受け入れられた」


『確認している』


「これで、神の意志は果たされたのか」


『エナは、移住者として塔の共同体へ登録されていない』


『エナは、塔の共同体の境界外にいる』


『神託は達成されている』


 衣の擦れる音がした。


 リツが立ち上がっていた。


「最初からだったのですか」


 テオは振り返った。


「谷へ着いた日に、神託を受けた」


「では、七日間ずっと?」


「ああ」


「エナを助けたときも」


「ああ」


「一緒に炉材を取りに行ったときも」


「ああ」


 リツはしばらくテオを見ていた。


「では、エナはあなたにとって何だったのですか」


 テオは答えなかった。


 リツは白い光へ顔を向ける。


「エナが外で生きられないことは、知っているのですか」


『記録上、エナが単独で外部生活を継続する能力は確認されていない』


「死んでもいいのですか」


『エナの生存は、当該神託の条件に含まれていない』


 リツの顔が歪んだ。


「私は、あなたを許しません」


 白い光は変わらない。


 リツはテオを見た。


「あなたもです」


「もう、あなたたちの答えは聞きません」


 リツは白い光に背を向けた。


「エナのところへ戻ります」


「待て」


「神託は果たされたのでしょう」


 リツは扉へ歩き出した。


「私を止める理由は、もうありません」


「行かせない」


 リツはゆっくり振り返った。


「なぜですか」


「お前が戻れば、エナは生きる」


 リツの顔が強張る。


「生きてはいけないのですか」


 テオは答えなかった。


「神は、エナを殺せと言ったのですか」


「排除せよと言った」


「同じではありません」


「同じことだ」


 リツは息を呑んだ。


 目に浮かんだ怒りが、すぐに別のものへ変わった。


「七日間、一緒に歩いたのに」


 声が震えた。


「エナが誰かを置いていかなかったことも、あなたは見ていたでしょう」


 テオは黙っていた。


「あなたが助けたんです。ダンも、セラも、エナも」


「道を通すためだ」


「そんな言い方をしないで」


 リツは首を振った。


「私が見ていたあなたまで、なかったことにしないでください」


 テオの手が、刃物の柄へ掛かった。


 リツの目がそこへ落ちる。


「手を離して」


 テオは離さなかった。


「テオ」


 リツは短槍を持ち上げた。


 穂先を向けながら、涙を拭おうともしなかった。


「私は、あなたを殺したくありません」


「なら、槍を置け」


「置けるわけがないでしょう」


 リツの声が崩れた。


「あなたはエナを殺そうとしている」


「外へは行かせない」


「嫌です」


 リツは短槍を構え直した。


「もう、あなたをエナには近づけません」


 テオが一歩進む。


 リツは短槍を突き出した。


 穂先がテオの肩をかすめる。


 テオは柄を押し払い、さらに近づいた。


「来ないで!」


 石突きが脇腹へ入った。


 息が詰まる。


 リツはその横を抜け、扉へ手を伸ばした。


 テオが外套をつかむ。


「離して!」


 リツが振り返り、槍の柄を振った。


 テオの頬を打つ。


 手が緩む。


 リツは外套を脱ぎ捨て、扉へ向き直った。


 テオは刃物を抜いた。


 その音に、リツも振り返る。


 短槍の穂先が、テオの喉元へ伸びた。


 止まった。


 リツの腕が震えていた。


「やめてください」


 涙が頬を伝った。


「まだ、戻れます」


 テオは、ためらいを捨てた。


 槍を払い、懐へ入る。


 刃を、リツの胸へ入れた。


 リツの目が大きく開いた。


 短槍が床へ落ちる。


 テオは刃物から手を離した。


 傾いた身体を抱きとめる。


 リツの手が、テオの衣服をつかんだ。


「……エナ」


 指から力が抜けた。


 テオはリツを床へ下ろした。


「リツ」


 返事はなかった。


 傷口へ手を当てる。


 血が指の間からあふれた。


「リツ」


 白い光は、まだ消えていなかった。


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