DAY 7-2 これで果たされたのか
報告室の入口で、二人の装備が返された。
テオは刃物を腰へ戻した。
リツは短槍を受け取り、継ぎ直された穂先を確かめる。
「七日間に見たものを、神へ報告してください」
塔の女はそう言い残し、扉を閉めた。
部屋の明かりが消える。
正面に白い光がともった。
『外部活動者、テオ』
「ここにいる」
『外部活動者、リツ』
「はい」
『谷の共同体から塔の共同体までの経路を報告せよ』
テオは膝をついた。
「谷の東門から北へ進んだ。悪魔の領域と、増水した河床を通過した。失った供物の代わりに、北の回収場から炉材を補充した」
『死者は』
「いない」
『負傷者は』
「担架で運んだ者が一人。歩行に支えを要する者が二人です。軽傷者もいます」
リツが答えた。
「塔で治療を受けています」
『移住者三十八名の受け入れを確認した』
『炉材の受け入れを確認した』
『移住経路と悪魔の活動を記録した』
七日間が、わずかな言葉に変わった。
斜面から落ちたダンも、セラを載せた担架も、河床でつないだ手も、その中にはなかった。
『外部活動の報告を終了する』
「待て」
テオが言った。
隣で、リツが顔を上げる。
『質問を許可する』
「谷で俺に与えた、エナについての神託を確認したい」
リツがテオを見た。
『エナを、移住する共同体から排除せよ』
『エナを、塔の共同体へ到達させてはならない』
リツの手が、膝の上で止まった。
「何ですか、それは」
テオは白い光から目を離さなかった。
「エナは塔へ入らず、境界の外へ追放された」
『確認している』
「谷の者たちは、塔へ受け入れられた」
『確認している』
「これで、神の意志は果たされたのか」
『エナは、移住者として塔の共同体へ登録されていない』
『エナは、塔の共同体の境界外にいる』
『神託は達成されている』
衣の擦れる音がした。
リツが立ち上がっていた。
「最初からだったのですか」
テオは振り返った。
「谷へ着いた日に、神託を受けた」
「では、七日間ずっと?」
「ああ」
「エナを助けたときも」
「ああ」
「一緒に炉材を取りに行ったときも」
「ああ」
リツはしばらくテオを見ていた。
「では、エナはあなたにとって何だったのですか」
テオは答えなかった。
リツは白い光へ顔を向ける。
「エナが外で生きられないことは、知っているのですか」
『記録上、エナが単独で外部生活を継続する能力は確認されていない』
「死んでもいいのですか」
『エナの生存は、当該神託の条件に含まれていない』
リツの顔が歪んだ。
「私は、あなたを許しません」
白い光は変わらない。
リツはテオを見た。
「あなたもです」
「もう、あなたたちの答えは聞きません」
リツは白い光に背を向けた。
「エナのところへ戻ります」
「待て」
「神託は果たされたのでしょう」
リツは扉へ歩き出した。
「私を止める理由は、もうありません」
「行かせない」
リツはゆっくり振り返った。
「なぜですか」
「お前が戻れば、エナは生きる」
リツの顔が強張る。
「生きてはいけないのですか」
テオは答えなかった。
「神は、エナを殺せと言ったのですか」
「排除せよと言った」
「同じではありません」
「同じことだ」
リツは息を呑んだ。
目に浮かんだ怒りが、すぐに別のものへ変わった。
「七日間、一緒に歩いたのに」
声が震えた。
「エナが誰かを置いていかなかったことも、あなたは見ていたでしょう」
テオは黙っていた。
「あなたが助けたんです。ダンも、セラも、エナも」
「道を通すためだ」
「そんな言い方をしないで」
リツは首を振った。
「私が見ていたあなたまで、なかったことにしないでください」
テオの手が、刃物の柄へ掛かった。
リツの目がそこへ落ちる。
「手を離して」
テオは離さなかった。
「テオ」
リツは短槍を持ち上げた。
穂先を向けながら、涙を拭おうともしなかった。
「私は、あなたを殺したくありません」
「なら、槍を置け」
「置けるわけがないでしょう」
リツの声が崩れた。
「あなたはエナを殺そうとしている」
「外へは行かせない」
「嫌です」
リツは短槍を構え直した。
「もう、あなたをエナには近づけません」
テオが一歩進む。
リツは短槍を突き出した。
穂先がテオの肩をかすめる。
テオは柄を押し払い、さらに近づいた。
「来ないで!」
石突きが脇腹へ入った。
息が詰まる。
リツはその横を抜け、扉へ手を伸ばした。
テオが外套をつかむ。
「離して!」
リツが振り返り、槍の柄を振った。
テオの頬を打つ。
手が緩む。
リツは外套を脱ぎ捨て、扉へ向き直った。
テオは刃物を抜いた。
その音に、リツも振り返る。
短槍の穂先が、テオの喉元へ伸びた。
止まった。
リツの腕が震えていた。
「やめてください」
涙が頬を伝った。
「まだ、戻れます」
テオは、ためらいを捨てた。
槍を払い、懐へ入る。
刃を、リツの胸へ入れた。
リツの目が大きく開いた。
短槍が床へ落ちる。
テオは刃物から手を離した。
傾いた身体を抱きとめる。
リツの手が、テオの衣服をつかんだ。
「……エナ」
指から力が抜けた。
テオはリツを床へ下ろした。
「リツ」
返事はなかった。
傷口へ手を当てる。
血が指の間からあふれた。
「リツ」
白い光は、まだ消えていなかった。




