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神の外  作者: 古江 門


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DAY 1-2 谷を動かす者

『塔の共同体へ至る道を報告せよ』


 闇の中に、白い光だけが浮かんでいた。


 テオは膝をついたまま答えた。


「東の門から北へ進む。今日、日が高くなる前に出れば、四十人でも最初の水場へ着ける」


『悪魔の活動に変化はあるか』


「空を飛ぶものが一体。四本脚が一体。以前より西へ広がっている」


『移住者すべてが、あなたの指示に従えるか』


 テオは少し考えた。


「分からない。荷を減らし、列を崩さなければ進める」


『一人が歩けなくなり、救助を続ければ全員が水を失う場合は』


 答えは決まっていた。


 それでも、すぐには口にできなかった。


「できる限り運ぶ」


『それでも救えない場合は』


 テオは膝の上で指を握った。


「……置いていく」


『その者は死亡する可能性が高い』


「分かっている」


 白い光は、責めも慰めもしなかった。


『移住者四十名を、塔の共同体へ導け』


「承った」


『生存を優先せよ』


「承った」


 光がわずかに強くなる。


『追加の神託がある』


 テオは顔を上げた。


『エナを、移住する共同体から排除せよ』


 知らない名だった。


『エナを、塔の共同体へ到達させてはならない』


「エナは四十人に含まれるか」


『含まれる』


「単独で外を生きられる者か」


『記録上、その能力は確認されていない』


 排除すれば、死ぬ。


 その言葉を、テオは口にしなかった。


「理由を」


『子どもが生まれると、共同体は、その者が将来何を担うべきかを私に問う。私は、その者が将来担う役割を示す』


 人々はその言葉を、神が見抜いた本人の本質と運命だと受け取っていた。


 テオもまた、外より必要なものを持ち帰る者として育てられた。


『エナは、出生時に与えられた役割を、後から問い直してよいと人々へ伝えた』


 テオは白い光を見た。


 生まれたときに与えられた役割を、後から問い直す。


 それは、役割を果たせなくなった者が新たな神託を受けることとは違う。まだ果たせる者が、自ら問い直すということだった。


『その結果、多くの者が役割を離れた。代わる者は十分に定められず、谷の共同体は必要な働きを維持できなくなった』


 乾いた三本の水路が浮かんだ。


「塔でも同じことが起きるのか」


『塔の共同体の安定を損なう可能性がある』


「排除の方法は」


『あなたの判断に委ねる』


 神は殺せとは言わなかった。


 だが、一人で外へ残すことが何を意味するかは、テオにも分かっていた。


「いつまでに」


『塔の共同体へ到達する前に』


 白い光が消えた。


 暗闇の中に、テオだけが残された。


     *


 通路を戻ると、石室には先ほどの女が待っていた。


 洗われた装備が、乾いた布の上に並べられている。


「神とのお話は終わりましたか」


「ああ」


「新しいお言葉は」


 テオは外套を羽織り、腰へ刃物を戻した。


「移住を導けと」


 嘘ではなかった。


 女は胸の前で手を重ねた。


「どうか、皆を塔まで」


「そのために来た」


 テオは建物を出た。


 風はすでに谷の上を通り始めていた。半透明の板が低く鳴り、畑の葉が同じ方向へ傾いている。


 人々は荷を東の門へ運んでいたが、準備は進んでいなかった。


 道の中央には袋や籠が積まれ、持っていく物をめぐる声が重なっている。


 閉じた水路のそばでは、一人の男が木の板を外そうとしていた。


「それも持っていくのか」


「水を分ける板です。向こうでも必要になるかもしれない」


「使えなければ重いだけだ」


「これは、私が守ってきたものです」


 男は板から手を離さなかった。


 テオはそれ以上言わず、その場を離れた。


 一人ずつ説得していては、いつまでも出られない。


「出発の合図は誰が出す」


 近くの者へ尋ねると、男は人の輪を示した。


「まだです。エナが皆と話しています」


 その手前で、若い女が荷をまとめていた。


 厚い靴。擦れた外套。腰には刃物と、細く巻いた縄が下がっている。


「お前がリツか」


「そうです。あなたがテオですね」


「外部活動者だと聞いた」


「谷の近くへ出る人たちの護衛が主です。狩りや採取、水路の点検にも付き添います」


「悪魔に遭ったことは」


「何度かあります」


「どう切り抜けた」


「小型なら、脚を壊して動きを止めます。その間に、護衛している人を谷へ戻します」


「倒したわけではないな」


「皆を連れて帰れれば、それで十分です」


 テオはリツの装備を見た。


 外套にも縄にも、何度も補修した跡があった。


「この旅では、先に避ける」


「分かりました」


「見つかったときも、勝てるかではなく、全員が逃げられるかで決める」


 リツはわずかに眉を寄せたが、荷の紐を締め直した。


「この旅では、あなたの合図を待ちます」


 近くで、子どもが大きな袋を持ち上げようとしてよろめいた。


 リツはその肩を支え、袋を地面へ戻した。


「これは私が持つ」


「ぼくも何か持つよ」


「では、こっちをお願い」


 リツは小さな水袋を渡した。


 子どもは両手で抱え、門の方へ歩いていった。


「エナはどこだ」


 リツの表情がわずかに変わった。


「あそこです」


 人の輪の中央に、杖を持った老女が立っていた。


 その前に、一人の女がしゃがんでいる。


「私は先頭を歩きます」


 老女が言った。


「私は、人を教え導く役割を授かったのです。後ろへ下がるわけにはいきません」


「谷の外の道もご存じですか」


「それは……知りません」


「では、先頭に立つことと、人を導くことは同じでしょうか」


 老女は答えなかった。


 女は、列の近くに集まっていた子どもたちへ目を向けた。


「外へ出るのを怖がっている人がいます。その人たちと一緒に歩くことは、役割から外れますか」


 老女も子どもたちを見た。


「私が、話をしてもよいのでしょうか」


「それを決めるのは、私ではありません」


 老女は杖を握り直した。


 やがて子どもたちのところへ歩いていき、一人の前で足を止めた。


「外へ出たことはあるかい」


 子どもが首を横へ振る。


「私もないよ」


 老女はそう言って、その隣へ並んだ。


 人の輪がほどけ、止まっていた者たちが再び動き始める。


 テオは空を見上げた。


 考える時間を与えている場合ではない。


 だが、エナが話し終えた者は、確かに門へ向かっていた。


 エナがこちらへ歩いてくる。


 淡い色の衣の裾には土がつき、腕には荷札を結ぶための紐が巻かれている。


「テオさんですね」


「ああ」


「エナです」


 リツが自然に、その隣へ並んだ。


「出発が遅れている」


 テオが言った。


「分かっています」


「もう時間がない。話をまとめろ」


「急に切り上げれば、動けなくなる人がいます」


「命じれば歩く」


「門までは、それで歩くかもしれません」


 エナはテオを見た。


「外で怖くなったとき、誰かの命令だけでは進めません」


「長くても一刻で出る」


「分かりました」


 エナは近くの者へ声をかけた。


「決められない荷は、東の門へ運んでください。門で最後に選びます。人ではなく、物を待たせましょう」


 その言葉が周囲へ伝えられ、止まっていた荷が再び動き始めた。


 テオはエナを見た。


 神が排除を命じた女が、止まりかけた人々を動かしていた。


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