DAY 1-3 東の門
東の門の前に、四十人が集まっていた。
風はさらに強まり、谷を覆う板を何度も鳴らしている。門の外では砂が低く流れ、斜面の輪郭が薄れていた。
テオは列の端から端まで歩いた。
老人が六人。子どもが五人。長く歩くことが難しそうな者が二人。初日の水と食料は足りているが、荷が多すぎる。
「いったん、すべて下ろせ」
何人かが顔を上げた。
「全部ですか」
「全部だ。水、食料、防寒具、薬の順に持つ。残りは、そのあとで決める」
人々は戸惑いながら、足元へ荷を並べた。
穀物。乾燥肉。衣服。種。道具。その間には、石の皿や空の壺、壊れた椅子まで混じっている。
テオは水袋の数を確認し、持つ者を決めていった。
「一人に集めるな。転べば、まとめて失う」
水を分け、食料も数人へ分散させる。
リツが隣へ来た。
「北の斜面を通るのですか」
「ああ」
「尾根の手前は風が強いです。老人にはきつい」
「河床は使えない。南の雨が来れば水が出る」
「斜面の下を回って、二つ目の岩から上がる道があります」
「狭くないか」
「十人ずつなら通れます」
テオは門の外を見た。
リツの示す道は遠回りになるが、風は避けられる。谷の周辺を歩いてきた者の判断だった。
「そこを使う。先頭は俺が行く。お前は後ろを見ろ」
「前の方が危険です」
「後ろでは遅れる者が出る。戻ろうとする者もいる」
リツは列を見た。
「分かりました」
「悪魔を見ても、俺の合図まで動くな」
リツは一瞬黙ったあと、うなずいた。
「列を十人ずつに分けます」
「ああ」
二人は別れて動いた。
リツは谷の者の名を呼び、歩く速さを見ながら順番を入れ替えていく。外を歩いた経験のある者を各組へ置き、足の遅い者を一か所へ集めなかった。
四十人を率いた経験はなくても、谷の者を外へ連れ出すことには慣れているらしい。
*
荷の整理が終わっても、人々は門を越えなかった。
開いた門の向こうには、乾いた斜面が続いている。
ただそれだけの境目が、谷の者にとっては深かった。
子どもの一人が、母親の衣をつかんでいる。
「外に出たら、精霊は来てくれないの?」
母親は答えられなかった。
別の女は門柱へ手を置き、何度も家の方を振り返っていた。
「戻ってこられるのでしょうか」
テオは口を開かなかった。
戻れない可能性が高いとは言えた。
だが、それを聞いても前へ進める者ばかりではない。
エナが列の前へ出た。
「戻れるかどうかは、私にも分かりません」
人々の顔が上がる。
「神は、塔へ行くよう告げられました」
「なら、ここを捨てろということですか」
「そう受け取ることもできます」
エナは、すぐには否定しなかった。
「でも、ここで生きてきた時間まで、置いていけとは言われていません」
門柱に触れていた女が尋ねる。
「忘れなくてもいいのですか」
「忘れたいなら、忘れてもいい。覚えていたいなら、覚えていてもいい」
「どちらが正しいのでしょう」
「それを私が決めれば、あなたは楽になりますか」
女は少し考え、門柱から手を離した。
エナが先に門を越えた。
すぐ後ろへ、先ほどの老女が続く。子どもが母親の手を引き、二人も外へ出た。
列が少しずつ動き始める。
リツは門の外で、出てきた者を十人ごとの列へ送り直していた。
テオは最後まで谷の内側に残り、人数を数えた。
三十七。三十八。三十九。
水路の板を抱えていた男が、まだ門の前に立っていた。
「これを置いたら、私は何をしてきた人間になるのでしょう」
エナが戻ろうとしたが、テオは手で止めた。
「お前は、水を分けていた」
男が顔を上げる。
「その板が分けていたのではない。水の量を見て、畑へ流したのはお前だ」
「でも、これはそのための――」
「道具だ」
テオは板の端に触れた。
「役目を終えた道具を持つために、これから必要な水を減らすな」
男は板を抱いたまま、しばらく動かなかった。
やがて、それを門の内側へ立てかける。
テオは水袋を一つ渡した。
「向こうで必要になるのは、こちらだ」
男は袋を受け取り、門を越えた。
四十。
テオも外へ出た。
先に外へ出ていた門番たちが、門の両側の縄を引いた。
重い戸が下り、谷の緑が少しずつ隠れていく。最後に、一本だけ残った水路が見えた。
戸が閉じる。
水の音が消えた。
*
一行は、斜面の下を北へ進んだ。
道は狭かったが、風は弱い。十人ずつに分けた列が、間を空けずについてくる。
テオは先頭を歩きながら、背後の音を聞いていた。
荷の擦れる音。石を踏む音。荒い息。
ときどき、リツの声が届く。
「急がなくていい。前との間を詰めて」
「その荷は半分、隣へ」
「そこは足元が崩れます」
大声ではないが、谷の者はよく従った。
二つ目の岩へ着くと、テオは列を止めた。
「ここから上がる」
リツが最後尾からやってくる。
「全員います」
「歩けない者は」
「まだいません。靴擦れが二人」
「今のうちに布を巻け」
リツはうなずいた。
テオは斜面の上を見た。乾いた草が強く揺れている。
「先に見てきます」
リツが言った。
「俺が行く」
「この辺りは私の方が知っています」
「だから、列に残れ。何かあれば、谷の者はお前の言葉を聞く」
リツは一瞬黙り、うなずいた。
「気をつけて」
テオは一人で斜面を上がった。
風は強いが、悪魔の姿はない。
遠くの空に金属の影も見えなかった。
戻って手を上げると、列が斜面を上り始めた。
リツは後ろから人々を押し上げ、ときには荷を受け取った。誰かが足を止めるたびにすぐ近くへ向かったが、列から大きく離れることはなかった。
テオの指示を守っている。
ただ、足を滑らせた者が出るたび、リツの身体は考えるより先に動いていた。
谷の近くで人を守ってきたのは、ああいう動きなのだろう。
テオはそれ以上考えず、列の先へ視線を戻した。
*
日が傾き始めた頃、一行は谷を囲む最後の尾根を越えた。
振り返っても、精霊の土地は見えなかった。
人々の歩みが止まりかける。
「ここからは、前を見ましょう」
エナが、立ち止まらずに言った。
「塔は見えますか」
誰かが尋ねた。
「まだです」
「本当にあるのでしょうか」
エナは答えず、テオを見た。
「ある」
テオが言った。
「七日目までには着く」
列が再び動き出した。
少なくとも今は、エナを外すことはできない。
谷へ戻すことも、別の共同体へ送ることもできない。エナは一人で外を生きられる者でもなかった。
排除すれば、死ぬ。
神は殺せとは言わなかった。
だからといって、外へ置き去りにすることが、命を奪わないことになるわけではない。
今は、エナを生かす。
四十人を塔へ運ぶために、彼女の力を借りる。
そのあと、どうするのか。
悪魔や渇きに任せれば、長く苦しむことになる。
ならば、自分の手で終わらせる。
そう考えた瞬間、胸の奥によく知る痛みが戻った。
それでも、ほかの道は見つからなかった。
列の中央で、エナが子どもの水袋を持ち直している。
その少し後ろを、リツが歩いていた。
彼女は時折、テオへ目を向けていた。
警戒されているようにも見えた。
その理由は、テオにも分からなかった。
七日目。
塔の共同体へ受け入れられる前に、エナを殺す。
テオがその言葉を胸の内で形にしたとき、一行は谷の見えない土地へ入っていった。




