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神の外  作者: 古江 門


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18/22

DAY 6-3 門のこちら側

 回収場を出る頃には、岩山の影が道の半分を覆っていた。


 来たときより荷は重かったが、三人の足は速かった。


 帰りの細い縁を、エナは一度も足を止めずに渡った。


 向こう側へ着くと、テオが腰の縄を外す。


「下は見ませんでした」


 エナが言った。


「本当に?」


 リツが尋ねる。


「少しだけ」


「見たんじゃない」


 エナが笑った。


 テオは縄をまとめた。


 急な下りではエナが足を置く場所を示し、岩の割れ目では手を差し出した。


 リツの短槍が枝へ引っかかると、枝を折って道を空けた。


 三人で戻るための動きを、一つずつ選んでいた。


 エナは斜面の向こうに見える岩山や、折れた柱へ目を向けていた。


「そんなに珍しいですか」


 リツが尋ねる。


「はい」


「もう帰りですよ」


「そうですね」


 エナは振り返り、遠ざかる回収場を見た。


「もう一度通れて、よかったです」


「塔まで戻ったら、もう通らなくていいからね」


「はい」


 エナは素直に答えた。


     *


 丘の上へ出ると、外壁が見えた。


 日除けの下に集まっていた者たちが立ち上がる。


 子どもの一人が走りかけ、ダンに肩をつかまれた。


「門から離れるなと言われただろう」


「でも、帰ってきた」


「ああ。見えている」


 エナが手を上げる。


 子どもも、その場から両手を振った。


「全員いますね」


 リツが息を吐く。


「急ぐぞ」


 三人が門前へ着くと、小さな戸の内側に女が現れた。


「炉材は」


 テオは白い紐の包みを取り出した。


「浄化を行った者は」


「私です」


 エナが前へ出る。


 回収した場所と数、炉材の状態を答えた。


 女はテオを見る。


「間違いありませんか」


「ああ」


 受け渡し口が開いた。


 テオが包みを置くと、内側へ引き込まれた。


 しばらくして、壁の向こうから返事が届く。


「炉材の受け入れが確認されました」


 人々の肩から力が抜けた。


「これより、移住者の浄化を始めます」


 誰かが泣き出した。


 今度は、一人ではなかった。


 ダンは水袋を置き、顔を両手で覆った。


 セラは担架の上から門を見た。


「やっと、着いたね」


 門の中央で重い音がした。


 左右へ、少しずつ開いていく。


 向こうには、低い石壁に囲まれた広場があった。さらに奥へ、もう一つの門が見える。


 塔の者たちが、担架と水を用意して待っていた。


 開いた門から、温かいスープの匂いが流れてきた。


「外の広場へ入ってください」


 塔の女が言った。


「負傷者と子どもから、順に浄化室へ案内します」


 リツがセラの担架へ向かおうとした。


「待ってください」


 壁の上から、谷を出た者たちの名が読み上げられた。


 一人ずつ返事をする。


 最後の名が呼ばれたあと、短い沈黙があった。


「移住者三十九人の受け入れが確認されました」


「四十人です」


 ダンが言った。


「ここまで四十人で来ました」


「人数は確認しています」


 女はエナへ向き直った。


「エナさん。あなたの受け入れは許可されていません」


 リツが一歩前へ出る。


「なぜですか」


「役割を離れた神託者を、移住者として登録することはできないと示されています」


「エナには浄化の資格があります」


「外で浄化を補助する資格と、塔での役割は別です」


「役割を持たなければいい」


「塔で暮らす者には、役割が必要です」


「別の役割は」


「役割は選べません」


 女はエナを見た。


「あなたに示されているのは、神託者だけです」


 エナの顔に、驚きはなかった。


「以前の役割へ戻るなら、入れますか」


「神託者へ戻ると誓うのであれば、受け入れを改めて求めることができます」


 テオは、エナが頷くのを待った。


 ここで頷けば、回収場で選んだ道を進める。


「神託者へ戻る、とは」


「神から与えられた言葉を、そのまま共同体へ伝えることです」


「異なる意味があると感じても、ですか」


 女はエナを見た。


「何を言っているのですか」


 怒った声ではなかった。


 問いの意味を、本当に理解できていないようだった。


「神託の意味を、問い直すことはできないのですか」


「神託は神の言葉です。異なる意味などありません」


「受け取るのは、人です」


「神の言葉です」


「だから、確かめたいのです」


 女はしばらくエナを見た。


「誓えば、塔へ入れます」


「誓えません」


「いまだけでも、誓えばいいでしょう」


 父の刃物を失った女が言った。


 エナは首を振った。


 回収場でテオが選んだ道が、そこで途切れた。


「外では生きられません」


 塔の女が言った。


「分かっています」


「それでもですか」


「できないことを、できるとは誓えません」


 門前の者たちが、エナを見ていた。


 リツだけは驚いていなかった。


 テオはエナの顔を見た。


 ――もう一度通れて、よかったです。


 帰り道で聞いた言葉が戻った。


 塔の女は目を伏せた。


「受け入れについて、もう一度確認を求めます。今夜は門前に休める場所を用意します」


「答えが変わらなければ」


 リツが尋ねた。


 女は答えなかった。


 答えなくても、分かった。


 谷へ戻る道はない。


 塔へ入れなければ、エナはいずれ一人で外へ出る。


「私は入りません」


 リツが言った。


 エナが顔を向ける。


「リツ」


「エナを残して、中へは入れない」


「あなたは入ってください」


「嫌だ」


「これは命令ではありません」


「分かってる」


 リツはエナの隣へ立った。


「私が、ここにいたいからいる」


「私も残ります」


 父の刃物を失った女が言った。


 その隣にいた男も頷く。


 開いた門の前で、人々の列が止まった。


 エナは皆を見た。


「私のために、ここへ残らないでください」


「でも、あなたがいない」


「はい」


 エナは門を示した。


「ここまで来たのは、生きるためでしょう」


 長い沈黙のあと、セラが担架の上から言った。


「先に入らせてもらうよ」


 担架の端を握る。


「ここで意地を張っても、エナを助けられない」


 ダンが水袋を持ち上げた。


「俺も行く」


 父の刃物を失った女は、まだ動かなかった。


 エナが彼女を見る。


「お父さまの刃物のことは、忘れません」


 女の顔が歪んだ。


「そういう言い方は、ずるいです」


「はい」


 女はしばらくエナを見たあと、門へ向かった。


 一人が続いた。


 また一人が荷を持ち上げる。


 止まっていた列が、少しずつ動き始めた。


 子どもが母親に手を引かれながら、何度も振り返る。


「エナもあとで来る?」


「話をしてみます」


「来る?」


「来られるように、話します」


 子どもは頷き、門の内側へ入った。


 リツだけは動かなかった。


「私は残るよ」


 エナが何かを言おうとする。


「役割じゃない」


 リツが先に言った。


「私が選んだの」


 エナは目を伏せた。


「ありがとうございます」


「お礼もいらない」


 テオは少し離れた場所から、エナとリツを見ていた。


 自分が、そこに残るはずだった。


 二人を門の内側へ送り、自分だけが外へ出るはずだった。


 だが、門のこちら側にいるのはエナとリツだった。


 門をくぐる人々は、何度もエナを振り返る。


 中へ入っても、そのつながりは切れていない。


 塔の外へ置くだけでは、エナを共同体から排除したことにはならない。


 神に背こうとしたことまで、ここへ続く道の一部だったのだと、テオには思えた。


 自分の選択も、定めの外にはなかった。


 殺さなければならない。


 エナの横には、リツがいた。


 リツを止めなければならない。


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