DAY 6-3 門のこちら側
回収場を出る頃には、岩山の影が道の半分を覆っていた。
来たときより荷は重かったが、三人の足は速かった。
帰りの細い縁を、エナは一度も足を止めずに渡った。
向こう側へ着くと、テオが腰の縄を外す。
「下は見ませんでした」
エナが言った。
「本当に?」
リツが尋ねる。
「少しだけ」
「見たんじゃない」
エナが笑った。
テオは縄をまとめた。
急な下りではエナが足を置く場所を示し、岩の割れ目では手を差し出した。
リツの短槍が枝へ引っかかると、枝を折って道を空けた。
三人で戻るための動きを、一つずつ選んでいた。
エナは斜面の向こうに見える岩山や、折れた柱へ目を向けていた。
「そんなに珍しいですか」
リツが尋ねる。
「はい」
「もう帰りですよ」
「そうですね」
エナは振り返り、遠ざかる回収場を見た。
「もう一度通れて、よかったです」
「塔まで戻ったら、もう通らなくていいからね」
「はい」
エナは素直に答えた。
*
丘の上へ出ると、外壁が見えた。
日除けの下に集まっていた者たちが立ち上がる。
子どもの一人が走りかけ、ダンに肩をつかまれた。
「門から離れるなと言われただろう」
「でも、帰ってきた」
「ああ。見えている」
エナが手を上げる。
子どもも、その場から両手を振った。
「全員いますね」
リツが息を吐く。
「急ぐぞ」
三人が門前へ着くと、小さな戸の内側に女が現れた。
「炉材は」
テオは白い紐の包みを取り出した。
「浄化を行った者は」
「私です」
エナが前へ出る。
回収した場所と数、炉材の状態を答えた。
女はテオを見る。
「間違いありませんか」
「ああ」
受け渡し口が開いた。
テオが包みを置くと、内側へ引き込まれた。
しばらくして、壁の向こうから返事が届く。
「炉材の受け入れが確認されました」
人々の肩から力が抜けた。
「これより、移住者の浄化を始めます」
誰かが泣き出した。
今度は、一人ではなかった。
ダンは水袋を置き、顔を両手で覆った。
セラは担架の上から門を見た。
「やっと、着いたね」
門の中央で重い音がした。
左右へ、少しずつ開いていく。
向こうには、低い石壁に囲まれた広場があった。さらに奥へ、もう一つの門が見える。
塔の者たちが、担架と水を用意して待っていた。
開いた門から、温かいスープの匂いが流れてきた。
「外の広場へ入ってください」
塔の女が言った。
「負傷者と子どもから、順に浄化室へ案内します」
リツがセラの担架へ向かおうとした。
「待ってください」
壁の上から、谷を出た者たちの名が読み上げられた。
一人ずつ返事をする。
最後の名が呼ばれたあと、短い沈黙があった。
「移住者三十九人の受け入れが確認されました」
「四十人です」
ダンが言った。
「ここまで四十人で来ました」
「人数は確認しています」
女はエナへ向き直った。
「エナさん。あなたの受け入れは許可されていません」
リツが一歩前へ出る。
「なぜですか」
「役割を離れた神託者を、移住者として登録することはできないと示されています」
「エナには浄化の資格があります」
「外で浄化を補助する資格と、塔での役割は別です」
「役割を持たなければいい」
「塔で暮らす者には、役割が必要です」
「別の役割は」
「役割は選べません」
女はエナを見た。
「あなたに示されているのは、神託者だけです」
エナの顔に、驚きはなかった。
「以前の役割へ戻るなら、入れますか」
「神託者へ戻ると誓うのであれば、受け入れを改めて求めることができます」
テオは、エナが頷くのを待った。
ここで頷けば、回収場で選んだ道を進める。
「神託者へ戻る、とは」
「神から与えられた言葉を、そのまま共同体へ伝えることです」
「異なる意味があると感じても、ですか」
女はエナを見た。
「何を言っているのですか」
怒った声ではなかった。
問いの意味を、本当に理解できていないようだった。
「神託の意味を、問い直すことはできないのですか」
「神託は神の言葉です。異なる意味などありません」
「受け取るのは、人です」
「神の言葉です」
「だから、確かめたいのです」
女はしばらくエナを見た。
「誓えば、塔へ入れます」
「誓えません」
「いまだけでも、誓えばいいでしょう」
父の刃物を失った女が言った。
エナは首を振った。
回収場でテオが選んだ道が、そこで途切れた。
「外では生きられません」
塔の女が言った。
「分かっています」
「それでもですか」
「できないことを、できるとは誓えません」
門前の者たちが、エナを見ていた。
リツだけは驚いていなかった。
テオはエナの顔を見た。
――もう一度通れて、よかったです。
帰り道で聞いた言葉が戻った。
塔の女は目を伏せた。
「受け入れについて、もう一度確認を求めます。今夜は門前に休める場所を用意します」
「答えが変わらなければ」
リツが尋ねた。
女は答えなかった。
答えなくても、分かった。
谷へ戻る道はない。
塔へ入れなければ、エナはいずれ一人で外へ出る。
「私は入りません」
リツが言った。
エナが顔を向ける。
「リツ」
「エナを残して、中へは入れない」
「あなたは入ってください」
「嫌だ」
「これは命令ではありません」
「分かってる」
リツはエナの隣へ立った。
「私が、ここにいたいからいる」
「私も残ります」
父の刃物を失った女が言った。
その隣にいた男も頷く。
開いた門の前で、人々の列が止まった。
エナは皆を見た。
「私のために、ここへ残らないでください」
「でも、あなたがいない」
「はい」
エナは門を示した。
「ここまで来たのは、生きるためでしょう」
長い沈黙のあと、セラが担架の上から言った。
「先に入らせてもらうよ」
担架の端を握る。
「ここで意地を張っても、エナを助けられない」
ダンが水袋を持ち上げた。
「俺も行く」
父の刃物を失った女は、まだ動かなかった。
エナが彼女を見る。
「お父さまの刃物のことは、忘れません」
女の顔が歪んだ。
「そういう言い方は、ずるいです」
「はい」
女はしばらくエナを見たあと、門へ向かった。
一人が続いた。
また一人が荷を持ち上げる。
止まっていた列が、少しずつ動き始めた。
子どもが母親に手を引かれながら、何度も振り返る。
「エナもあとで来る?」
「話をしてみます」
「来る?」
「来られるように、話します」
子どもは頷き、門の内側へ入った。
リツだけは動かなかった。
「私は残るよ」
エナが何かを言おうとする。
「役割じゃない」
リツが先に言った。
「私が選んだの」
エナは目を伏せた。
「ありがとうございます」
「お礼もいらない」
テオは少し離れた場所から、エナとリツを見ていた。
自分が、そこに残るはずだった。
二人を門の内側へ送り、自分だけが外へ出るはずだった。
だが、門のこちら側にいるのはエナとリツだった。
門をくぐる人々は、何度もエナを振り返る。
中へ入っても、そのつながりは切れていない。
塔の外へ置くだけでは、エナを共同体から排除したことにはならない。
神に背こうとしたことまで、ここへ続く道の一部だったのだと、テオには思えた。
自分の選択も、定めの外にはなかった。
殺さなければならない。
エナの横には、リツがいた。
リツを止めなければならない。




