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神の外  作者: 古江 門


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17/22

DAY 6-2 三人の道

 三人が北へ向かう頃には、日が傾き始めていた。


 門前に残る人々の姿は、丘を越えるまで見えていた。


 日除けの下へセラの担架と子どもたちが集まっている。壁の上には、先ほどより多くの見張りが立っていた。


 エナは何度か振り返った。


「見えなくなるぞ」


 テオが言った。


「はい」


 それでも、もう一度だけ振り返った。


「見張りは増えていました」


 リツが言う。


「水も食料もある。悪魔が出れば、壁から撃てる」


「分かっています」


 リツは前を向いた。


「分かっていても、気にはなります」


 丘を越えると、外壁も人々の姿も消えた。


 北へ続く道は、使われなくなって久しかった。


 草の間から、ひび割れた石の列がのぞいている。道の脇には、古い警告板が残っていた。


 エナは通るたび、刻まれた文字を読んだ。


「違うことが書いてありますか」


 リツが尋ねる。


「どれも、先へ進むなと書いてあります」


「では、一枚読めば十分ですね」


「理由が違います。崩落、設備の停止、悪魔」


 エナは次の板にも目を向けた。


「面白いです」


「楽しそうだね」


「少しだけ」


 エナは素直に答えた。


「みんなは塔の前にいます。水も食事もあり、見張ってくださる方もいます」


 足元の割れ目をまたぐ。


「三人で歩くのも、初めてです」


 リツが笑った。


「帰りにも、三人で歩くよ」


「はい」


 テオは二人の少し前を歩いていた。


 夢の中では聞こえなかった声が、背後から続いている。


「回収場は遠いですか」


 エナが尋ねる。


「丘を二つ越える」


「炉材は重いですか」


「三本なら運べる」


「では、一つ持ちます」


「お前は儀礼の道具を持て」


 エナは少しだけ頬を膨らませたが、それ以上は言わなかった。


 道は岩山の間へ入っていった。


 両側の斜面には削られた跡が段になって残り、太い管がところどころで地面から露出している。


 やがて、道そのものが途切れた。


 斜面が崩れ、谷側へ落ちている。


 残っているのは、岩壁に沿った細い縁だけだった。


 テオは縄を下ろした。


「ここを通る」


 リツが谷底を見る。


「ほかの道は」


「南から回れば、明日の昼になる」


 エナは胸元の袋を押さえた。


「行きます」


 テオは岩壁から突き出した金具へ縄を通した。


 先に縁へ入り、途中に残った金属柱へ固定する。


「エナから来い」


 リツがエナの腰へ短い縄を結んだ。


「前だけ見て」


「分かりました」


「下は見ないで」


「それを言われると、見たくなります」


「見ないで」


 エナはわずかに笑い、岩壁へ手をついた。


 一歩ずつ縁を進む。


 中ほどで、足元の石が一つ落ちた。


 しばらくして、谷底から音が返ってくる。


 エナの足が止まった。


「次は右だ」


 テオが言う。


「見えません」


「膝の高さに割れ目がある」


 エナの指が、岩の割れ目へ掛かった。


「そのまま足を出せ」


 テオは縄の張りを保った。


「届きました」


「重さを移せ」


 エナが縁を渡りきる。


 テオは腰の縄を外した。


 リツは自分で縄を結び、短槍を背へ回す。


「私のときも、離さないでくださいね」


「お前は自分で歩ける」


「それでもです」


 テオは答えなかった。


     *


 回収場は、岩山を切り開いた窪地にあった。


 斜面に沿って金属の足場が組まれ、その下を太い管が通っている。多くは土砂に埋もれていた。


 奥には、低い保管庫が残っている。


 扉の片側は地面へ沈み、赤茶色の錆に覆われていた。


 近くには円形の水槽と、石で囲まれた火床がある。


 テオは水槽の栓を動かした。


 黒い水が少し流れ、やがて濁りが薄くなる。


「使える」


 リツは周囲を見回した。


「悪魔は」


「見えるところにはいない」


「見えないところには?」


「いると思って動け」


 テオは梃子を扉の隙間へ入れた。


 リツが隣へ立つ。


 二人で重さを掛ける。


 扉が低く軋んだ。


 テオは隙間へ楔を打ち込む。


 もう一度押すと、人一人が通れる幅まで開いた。


 テオが携帯灯をつけ、先に入った。


 壁際には金属の棚が並び、多くは倒れている。


 奥の棚だけが残っていた。


 厚い箱が四つ並んでいる。


 テオは一つ目の留め具を外した。


 中には、黒い金属の芯を灰色の焼き物で包んだ角柱が入っていた。掌二つほどの長さで、表面には細い溝が並んでいる。


「これが炉材ですか」


 エナが入口からのぞく。


「ああ」


「石ではないのですね」


「供物としか教えられていませんでしたか」


 リツが尋ねる。


「包みを開くことはありませんでした」


 エナは箱の中を見た。


「思っていたより、作られたものです」


「作られたものだ」


 テオは炉材を持ち上げ、表面を確かめた。


「三本必要だ」


 二つ目の箱にも、使える炉材が残っていた。


 三つ目は外側が割れ、灰色の欠片が箱の底へ落ちている。


「これは使えない」


「違いが分かりますか」


「割れている」


「それなら、私にも分かります」


「触るな」


 エナは伸ばしかけた手を引いた。


 目はまだ箱の中を見ている。


「楽しそうですね」


 リツが言った。


「初めて見るものなので」


「危険なものですよ」


「危険でないものだけを見て生きるのは、難しいでしょう」


 リツは少し考えた。


「今日は私の言うことを聞いて」


「はい」


 テオは四つ目の箱から三本目を取り出した。


 そのとき、保管庫の外で金属が擦れた。


 斜面の上で、赤い光が一つ点いた。


「伏せろ」


 土砂の中から、低い機体が動き出した。


 片側の履帯を引きずりながら斜面を下り、前面の細い筒をこちらへ向ける。


 赤い光がエナを捉えた。


 テオはエナの肩をつかみ、扉の陰へ引き倒した。


 破裂音がした。


 入口脇の石が砕ける。


「動くな」


 テオはエナを押さえたまま、機体を見る。


 手が、夢の中で刃を入れた場所に触れていた。


 指の下で、エナの脈が動いている。


 テオは手を離した。


「リツ、履帯を止めろ」


 リツが足場の陰へ走る。


 悪魔の筒が、その動きを追った。


 テオは槌を持って飛び出した。


 リツの短槍が、履帯と車体の隙間へ入る。


「いまです!」


 テオは赤い光を覆う板へ槌を振り下ろした。


 機体が傾く。


 もう一度打つと、赤い光が消えた。


 履帯がしばらく空転し、止まる。


 リツは短槍を引き抜いた。


「まだ使えます」


「聞いていない」


「言っておこうと思って」


 テオは機体が動かないことを確かめた。


 エナが扉の陰から立ち上がる。


「怪我は」


「ありません」


「肩を見せろ」


 つかんだ場所に、赤い跡が残っていた。


「少し痛みます」


 エナはそこへ触れた。


「ですが、撃たれるよりは」


 リツがテオの頬へ手を伸ばした。


 指先に血がつく。


「あなたも怪我をしています」


「これくらいは傷ではない」


「その決め方は、誰に習ったのですか」


「誰にも習っていない」


「でしょうね」


 リツは布で血を拭った。


 エナが小さく笑う。


「何だ」


「お二人らしいと思いました」


「危ない目に遭ったばかりですよ」


「はい」


 それでも、エナの口元にはわずかな笑みが残っていた。


「先に儀式を終える」


     *


 火床の一部は崩れていたが、火を置く場所は残っていた。


 テオが燃料を組み、火をつける。


 エナは水槽の前に立った。


 白い布を平らな石の上へ広げ、三本の炉材を手前に置く。


「始めます」


 テオが向かい側へ立つ。


 リツは少し離れ、斜面を見張っていた。


 エナが器へ水をくんだ。


「手を出してください」


 水が掌へ落ちる。


 一瞬だけ、赤い色が混じったように見えた。


 瞬きをすると、透明な水が指の間を流れていた。


「外で、何を見ましたか」


「崩れた道。止まった設備。動いている悪魔」


「何を得ましたか」


「炉材を三本」


「どこで得ましたか」


「北の回収場。奥の保管庫から」


「何のために持ち帰りますか」


 テオは少し間を置いた。


「門前にいる者たちを、塔へ入れるためだ」


 エナが炉材へ水を掛ける。


 テオは一本ずつ持ち上げ、火床の上を三度通した。


 火の光が黒い芯へ映り、表面の傷を浮かび上がらせる。


 異常はなかった。


 エナが広げた布へ、三本を並べる。


 二人で布の端を重ねた。


 エナが白い紐を回し、二重に結ぶ。


 川へ流されたものと、同じ形の包みができた。


「浄化を終えました」


 テオは包みを背負い袋へ収めた。


 これを持ち帰れば、門が開く。


 エナとリツは、塔の中で生きていける。


 自分は入らない。


 使命を知る者は、ほかにいなかった。


 だが、神は知っている。


 テオ自身も知っている。


 二人には告げず、門の内側へ送る。


 神の意志に背いた者として、自分は塔を追われるだろう。


 誰にも命じられなくても、外へ出るつもりだった。


「戻るぞ」


 リツが短槍を持ち直す。


 エナが白い紐の残りを袋へしまった。


 テオは二人を連れて、塔へ戻る道を歩き始めた。


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