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神の外  作者: 古江 門


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DAY 5-2 両手で縄を

第五話 五日目 自由の代償


第二パート 両手で縄を


 リツは短槍を河床へ突き直した。


 上流側の足を踏み出し、流れに押された身体を戻す。


「いま、足を抜いて」


 男が身体をひねった。


 靴だけを石の間に残し、足が抜けた。


「進んでください」


 四人は崩れた歩調のまま担架を運んだ。


 エナが立ち止まった子どもを縄へ戻し、リツが後ろから担架を支える。


 石壁側からテオたちが手を伸ばした。


 担架が水の外へ引き上げられ、セラの身体が斜面へ運ばれる。子どもたちも縄をたどって続いた。


 リツは岸へ上がらなかった。


「戻ります」


「渡った者は俺が上げる」


「建物側に人が残っています」


 リツは短槍を支えに、縄をたどって建物側へ戻った。


 エナが差し出した手を取り、浅い場所へ上がる。


「怪我は」


「あとで見る」


 リツは息を整え、残る人々へ向き直った。


「間を空けずに渡ります。縄から手を離さないでください」


「前が中央を越えたら、次を入れろ」


 テオが石壁側から声を送る。


 縄に沿って、人の列が河床へ入った。


 前で足を取られれば、後ろが背を支える。石壁側へ着いた者は振り返り、次の腕を取った。


 残る人影より、水の広がる方が速かった。


 流れてきた枝が縄へ触れた。


 縄が低く震える。


 中央へ入りかけた女が、腰の包みを押さえた。


 水に濡れた布が重くなり、脚へ当たっている。


 女は片手を縄から離し、包みを身体の前へ回そうとした。


 足が流れた。


 隣の男が肩を抱える。


 女は縄をつかみ直したが、包みが水へ引かれ、身体を下流へ向けていた。


「包みを外せ」


 テオが言った。


 女は結び目へ手を伸ばした。


 だが、外さない。


「置いてこい」


 女は包みを両手で抱えた。


「これは、残したものです」


 水音の中でも、その声だけはエナに聞こえた。


 昨日も荷を減らし、それでも残した一つだった。


 後ろの列が止まり始める。


 前の女を追い越すことはできない。


 水はその間にも増えている。


 リツが女のもとへ進もうとした。


 エナが先に河床の縁へ出た。


「腰の包みを置いてください」


 女がエナを見る。


「これもですか」


「はい」


 その後ろでも、包みを押さえる手が止まっている。


 供物を運んでいた女が、胸元の白い紐へ触れた。


 子どもの一人も、腰の包みを両手で押さえていた。


 エナは息を吸った。


「包みを置いてください! 両手で縄を持って、渡ってください」


 声が水音の向こうへ届いた。


 誰もすぐには動かなかった。


 最初の女が、濡れた結び目を外した。


 包みを後ろの者へ渡す。


 受け取った者はさらに後ろへ送り、河床の岸にいた者が地面へ置いた。


 女は両手で縄をつかみ直し、足を出した。


 後ろにいた者たちも、腰や肩の包みを外した。


 白い紐の供物。


 種を包んだ布。


 古い道具。


 包みは人の手を伝い、河床の岸へ集められていった。


 人々は両手で縄をつかみ、列が再び動き始めた。


 水袋と薬、火種、食料は、持つ者の身体へ固く結ばれている。手を使わずに運べるものだけが川へ入った。


 一つ目の水袋が石壁側へ渡る。


 二つ目も届いた。


 三つ目の水袋を持つ男へ、流木がぶつかった。


 身体が折れ、肩の紐が切れる。


 水袋が下流へ流された。


 男が振り返る。


「見るな。前へ進め」


 ダンが背を押した。


 男は足を戻し、そのまま石壁側へ進んだ。


「次」


 ダンは後方に残っていた水袋を持つ者を送り出した。


 その背を見届けてから、自分も縄へ手を掛ける。


 布を巻いた指は、濡れた縄を強く握れない。


 リツが短い縄をダンの腰へ結び、渡河用の縄へ通した。


「手が外れても、身体は残ります」


「俺じゃなく、水袋につなぐなよ」


「しません」


 ダンは河床へ入った。


 途中で手が外れたが、腰の縄に支えられ、そのまま石壁側へ渡った。


 建物側に残るのは、六人になっていた。


 水は河床の半分以上を覆っている。


 河床の岸へ集められた包みの一番下へ、流れが触れた。


「エナ、先に」


 リツが言った。


「私も置きます」


 エナは腰の結び目へ手を掛けた。


 昨夜、リツが二重に結んだ紐だった。


 濡れて固く締まっている。


 指が滑った。


 リツが手を伸ばす。


 エナは首を横に振った。


「自分で外します」


 結び目へ爪を入れる。


 一つが緩み、続いてもう一つがほどけた。


 布包みを両手に載せる。


 開かなかった。


 エナは包みを後ろへ差し出した。


 受け取った者の手から、さらに後ろへ渡される。


 二枚の札も人の手を伝い、河床の岸へ置かれた。


 エナは両手で縄をつかんだ。


「行きます」


 河床へ入る。


 最初の数歩は浅かった。


 中央へ近づくと、水が膝へぶつかった。


「正面を向くな。斜めに進め」


 石壁側でテオが縄を張る。


 エナは上流側の足を先に出した。


 次の足場へ重さを移す。


 石が動いた。


 エナの身体が沈み、流れが下流へ向ける。


 縄を握っていた右手が外れた。


「エナ!」


 名が、考えるより先に出た。


 エナは左手で縄をつかみ直し、空いた手を伸ばした。


 テオも腕を伸ばす。


 届かない。


 濡れた手が、縄の上を滑った。


 テオは河床へ踏み込んだ。後ろにいた男が、その腰をつかむ。


「もう一度だ」


 エナが腕を伸ばす。


 指先が触れた。


 テオは、その手首をつかんだ。


 冷たい皮膚の下で、脈が速く打っている。


「足を出せ。右に石がある」


「見えません」


「そのまま出せ」


 エナの靴が石へ触れた。


 テオは腰を落とし、手首を引いた。


 エナの膝が斜面へ乗る。


 もう一度引く。


 エナは濡れた地面へ崩れ込んだ。


 それでも、テオの腕をつかんだままだった。


 テオも手を離していなかった。


「もう大丈夫です」


 そう言われて、ようやく指を開いた。


 背後で、白い紐が水の上へ伸びた。


 二枚の札を包んだ布が、一度だけ石へ引っかかった。


 次の水が、それをさらった。


 エナは追わなかった。


 残る者たちが石壁側へ渡る。


 リツは水中の縄を刃物で切り、切った端を身体へ回した。


 石壁側から縄が引かれる。


 テオとエナが手を伸ばし、リツを岸へ引き上げた。


 三人は濡れた地面へ倒れた。


 誰かが人数を数え始めた。


 名が呼ばれる。


 一人ずつ返事が続く。


 最後の名まで、声が返った。


 ダンは四つあった水袋を見た。


 三つが残っている。


 建物側の岸では、小さな包みが次々と水の下へ消えていった。


 置いてきた包みは、すべて失われた。


 人は、一人も欠けずに石壁の下へ渡った。


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