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神の外  作者: 古江 門


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13/22

DAY 5-1 まだ乾いた河床

 音が変わった。


 テオは目を開けた。


 夜のあいだ低く続いていた響きに、硬いものがぶつかる音が混じっている。


 一度。


 少し間を置いて、また鳴った。


 テオは外套を払い、建物の入口へ出た。


 空は白み始めていた。雨は止み、東へ流れる雲の隙間から薄い光が差している。


 斜面の下には、旧い河床が横たわっていた。


 昨夜まで何もなかった底を、細い水が走っている。中央の溝に沿い、黒い線のように曲がっていた。


 まだ川と呼べるほどではない。


 だが、その水が立てる音より、上流から届く響きの方が大きかった。


 テオは建物へ戻った。


「起きろ」


 壁際で眠っていた者たちが顔を上げた。


「昨夜分けた荷だけ持て。残りはここへ置く」


 リツはすでに短槍を手にしていた。


「水が来たのですか」


「見え始めた」


 リツはすぐに奥へ向かった。


「皆さん、起きてください」


 眠る者の肩へ手が触れ、残った火へ土がかけられる。


 水袋。食料。薬。縄。火種。


 昨夜決めた者が、それぞれの荷を受け取った。


 大きな袋を開く者はいない。人々は傍らに置いていた小さな包みを取り、腰や肩へ結んでいった。


 供物を運んでいた女は、小さな布へ移した金属片を確かめ、白い紐を結び直した。それを胸元へ入れ、残していく荷へ一度だけ手を置いた。


 エナも布包みを腰へ結んでいた。


 中には、二枚の薄い札が重ねてある。


 紐を引くと、包みが少し下がった。


 リツが近づき、結び目へ手を伸ばす。


「緩んでる」


「自分で直せます」


「河床の途中では直せないよ」


 エナは手を離した。


 リツが紐を腰へ回し、二重に結ぶ。


「きつくない?」


「大丈夫です」


「なら、触らないで」


 エナは包みを見下ろし、頷いた。


「食事は石壁の側へ渡ってからだ」


 テオが言った。


「水だけ飲め。止まるな」


 ダンは四つの水袋を並べていた。布を巻いた手で袋の口を押し、持つ者へ渡していく。


「一つは先頭。二つは中央。最後は担架の後ろだ」


「転んだらどうする」


「袋を抱え込むな。身体を立て直せ」


 ダンは少し間を置いた。


「流されるなら、離せ」


 水袋を受け取った者が頷いた。


 セラの担架も持ち上げられた。


 左足は昨夜と変わらず、力が入らない。


 それでも、セラは自分で外套を胸元へ寄せ、担架の端を握った。


「揺れるぞ」


 前を持つ男が言う。


「昨日よりは慣れたよ」


「軽くなったわけではありません」


「それは残念だね」


 担架を持つ者たちが、わずかに口元を緩めた。


 外へ出ると、冷えた空気が濡れた衣服の隙間へ入った。


 建物から河床へ下りる斜面には、夜の雨がいくつもの溝を作っている。足を置くたびに、柔らかい土が靴の周りで沈んだ。


「前の足跡を使ってください。担架の前を空けて」


 リツの声が列を下りていく。


 人々は一列になった。滑った者へ後ろの手が伸び、子どもの包みが岩へ当たりそうになると、隣の大人が肩を引いた。


 テオは先に河床へ入った。


 まだ大半は乾いている。


 白い石の間を雨水が細く走り、中央の溝へ集まっていた。地面から突き出した金属や、土に埋もれた板も見えている。


 テオは長い枝を拾い、溝へ差し入れた。


 深さは足首にも届かない。


 だが、枝を持つ手が下流へ引かれた。


「どのくらいある」


 後ろからダンの声がした。


「まだ浅い」


「まだ、か」


 ダンは河床へ下り、流れの縁を見た。


 水と乾いた砂の境で、細かな粒が浮き上がっている。


「押されている」


「上から流れてきただけではないのか」


「それなら、端の砂は戻る。これは前へ吸われ続けている」


 上流で石が転がった。


 先ほどより近い。


「増えるか」


「ああ。止まる水ではない」


 リツが担架とともに追いついた。


「渡れますか」


「いまなら」


「水が引くまで待ちますか」


「いつ引くか分からない。上で降り続けていれば、一日では済まない」


 テオは建物の方を見た。


「ここに残れば、水と食料を使う。その間、セラを塔へ運ぶこともできない」


 リツも上流へ目を向けた。


「夜のうちに動かす方が危険でした」


「分かっている」


「では、間に合わせましょう」


 慰める声ではなかった。


 河床の幅は百歩ほどある。石壁側の斜面には古い金属の柱が突き出していた。


 縄を固定できる。


 テオは救助縄を肩から外した。


「俺が石壁側へ渡る。四人ずつ出せ。最初は縄を支えられる者。そのあとにセラと子どもだ」


「担架の横には私がつきます」


「ああ。エナは担架の後ろから渡れ。石壁側へ着いたら、上がってくる者を手伝え」


 エナが頷いた。


 テオは縄の一端を腰へ巻き、残りをリツへ渡した。


「手を上げたら送れ。張りすぎるな」


 リツは建物側の河床から突き出していた金属へ縄を一度回し、余りを腰へ取った。


「あなたが転んだら」


「余分を出せ。止めるな」


 テオは河床を渡り始めた。


 乾いた石を選び、中央へ進む。


 溝へ片足を入れると、冷たさが靴を抜けた。水は浅い。だが、石の間を流れる砂が足裏をずらす。


 一歩ずつ重さを移す。


 縄が腰を引いた。


 片手を上げる。


 リツが送り出す。


 張りが緩み、テオは溝を越えた。


 その先は、まだ乾いていた。


 石壁側へ着くと、金属の柱へ縄を二度巻いた。根元を蹴り、身体を預ける。


 動かない。


「送れ」


 最初の者たちが河床へ入った。


 中央の流れで一人が膝をついたが、前後の者に支えられ、立ち直った。


 二組が渡った。


 そのあいだにも水は幅を増し、白い石を一つずつ消していた。


「担架を送れ」


 セラの担架が河床へ入った。


 前後を二人ずつで持ち、リツが脇につく。その後ろに子どもたちが続き、エナは最後の一人のそばにいた。


 乾いた場所では、四人の足がそろっていた。


 中央の流れへ近づいたところで、後ろの男の歩幅が乱れた。


「右へ寄りすぎています」


 リツが言った。


 男が足を戻そうとする。


 動かなかった。


「待ってくれ」


 担架が止まる。


「止まるな」


 テオの声が石壁側から届いた。


「足が挟まった」


 その声の終わりを、石の転がる音が消した。


 上流から流れてきた石が河床を跳ね、中央の水へ落ちた。


 水が高く弾ける。


「担架を下ろす」


 前の男が腰を落としかけた。


「待って。そのまま支えて!」


 リツは短槍の柄を担架の下へ入れ、肩で押し上げた。


 担架が傾く。


 セラの身体が横へずれ、外套の端が水へ触れた。


 エナが前へ出る。


「来ないで」


 リツは振り向かなかった。


 後ろの男は、片足を石の間に残したまま担架を持ち上げている。腕が震えていた。


「足は抜けるか」


 テオが尋ねる。


「分からない」


 短槍が軋んだ。


 上流で、長い音がした。


 石が一つ転がる音ではない。


 テオは河床の曲がり目を見た。


 茶色い水が低い場所を埋め、横へ広がってくる。枝を押し、白い石を一つずつ消していた。


「リツ、急がせろ」


「担架があります」


「持ち上げたまま進め」


「この足場では走れません」


 次の水が、リツの脚へぶつかった。


 短槍の先が河床を離れる。


 リツの身体が傾く。


「リツ!」


 エナが手を伸ばした。


 石壁の下では、先に渡った者たちが担架を待っている。


 建物側には、まだ三十人近くが残っていた。


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