表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神の外  作者: 古江 門


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/22

DAY 4-2 軽くする

 最初に残されたのは、衣服だった。


 替えの外套。寝るときに敷く厚い布。塔へ着いてから使うつもりだった新しい衣。


「持つのは、着ているものと、夜に使う一枚だ」


 テオが言う。


「濡れたときの替えは」


「濡れない場所まで行くために置いていく」


 男は手にしていた衣を地面へ下ろした。


 椀は四人で一つに減らした。鍋も減らした。


 縫い針や刃物、火を起こす道具は残す。食料と水、傷を洗う布も必要だった。


 何を置くかが決まるたび、残った荷は別の者の背へ移された。


 担架を運ぶ者の荷も、歩ける者が分けて持つことになる。


 置いていけるものは、すぐに少なくなった。


     *


 三人が、背負っていた包みを地面へ並べた。


 油を染み込ませた布で幾重にも覆われ、外側には白い紐が結ばれている。


 塔へ着いたとき、最初に精霊へ捧げるための供物だった。


 いくつあれば四十人を受け入れてもらえるのかは、誰にも分からない。谷の神託者は、念のため三つを持たせていた。


「これは置けません」


 包みを運んでいた女が言った。


「これを持たずに塔へ着けば、精霊が私たちを受け入れないかもしれません」


「三つすべてが必要だと、神託にあったのか」


「いいえ」


「一つで足りないとも言われていない」


「だから、決められないのです」


 女は包みを抱き寄せた。


 中のものが塔で必要とされるかは、人には分からない。


 それでも、何も捧げずに新しい土地へ入ることを、谷の者たちは恐れていた。


「一つだけ持っていきます」


 エナが言った。


「足りなかったら、どうするのですか」


「一つで足りるとは、誰にも言えません」


 エナは三つの包みを見た。


「三つあれば受け入れられるとも、確かめられません」


 女は白い紐を握った。


「では、何を頼りに選ぶのですか」


「塔へ着いたあとのために持ってきたものを、塔へ着くために置いていきます」


 女はしばらく動かなかった。


 やがて中央の一つを選ぶ。


「これを持っていきます」


 残る二つを岩の下へ寄せた。


 外側の布が地面へ直接触れないよう、その下へ脱いだ衣を敷く。


 捨てるのではなく、供えるような手つきだった。


 周囲の者たちも、自分の荷へ手を伸ばした。


 大切でないものから置くのではない。


 大切なものの中から、持っていくものを選んでいた。


     *


 荷を分ける者たちから少し離れ、テオとリツは担架を作った。


 二本の細い木を並べる。


 長さは足りるが、一本は中央がわずかに曲がっていた。


「これでは折れます」


「曲がった側を上へ向けろ。重さを下から受けなければ、しばらくはもつ」


 外套を二枚、木の間へ通す。


 地面へ置いていくことになった厚い敷き布も重ねた。


 エナが布を押さえ、リツが縄を巻く。


「そこは、もう一度返した方が緩みにくいよ」


 セラが岩にもたれたまま言った。


 リツは手元を見る。


「こうですか」


「反対だよ」


 セラが指先で縄の通し方を示す。


 エナは少し考えてから、結び目を作り直した。


「こうでしたね」


「覚えていたのかい」


「手が先に思い出しました」


 セラは結び目を見て、わずかに笑った。


「なら、大丈夫だね」


 エナも笑い、縄を強く引いた。


 反対側も同じ形に結ぶ。


 リツが上から体重をかけると、布も縄も動かなかった。


「これなら運べます」


     *


 セラを担架へ移すとき、子どもたちはすぐそばに立っていた。


「痛くない?」


「痛くはないよ」


「本当に?」


「本当だよ」


 セラは答えたが、身体を横たえたとき、短く息を詰めた。


 左足が思うように動かず、リツが膝と足首を支える。


 エナはセラの背へ畳んだ布を入れた。


「少し高いよ」


「このくらいの方が、息がしやすいです」


 セラは首を動かし、位置を確かめた。


「昔から、私の言うことをそのまま聞かないね」


「そのまま聞くようには、教わりませんでしたから」


「そんな教え方をした覚えはないよ」


 セラの声には、かすかな笑いが混じっていた。


 エナは布の端を整える。


「では、私が勝手に覚えたことにします」


「そうしておくれ」


 セラは目を閉じた。


 エナは外套を胸元まで掛け、その肩を一度だけ軽く押さえた。


 最初に担架を持ったのは、リツと一人の男だった。


 ゆっくりと木を持ち上げる。


 セラの身体がわずかに揺れた。


 子どもたちが担架へ手を伸ばす。


「いまは、横を歩いてください」


 リツが言った。


「手伝いたい」


「では、足元を見てもらえますか。大きな石があれば、先に教えてください」


 二人は担架の前へ回った。


「ここにある」


「こっちにも」


 小さな石を拾い、道の外へ置いていく。


 テオは列の先頭へ立った。


「百歩より前に交代しろ。疲れてからでは遅い」


 担架を持つ者たちが頷く。


 列が動き始めた。


 それまでより遅い。


 だが、止まってはいなかった。


     *


 担架を交代で運ぶため、何人かは自分の荷を持てなくなった。


 ダンは、そのうち二人の荷を背負った。


 指で紐を締めることはできない。周囲の者が二つの袋を重ね、幅の広い布で肩と胸へ固定した。


「重すぎないか」


 一人が尋ねる。


「手で持つよりはましだ」


 指は動かなくても、脚と背中は使える。


 ダンは身体を前へ傾け、荷の重さを確かめた。


「もう一つ載る」


「無理をするな」


「持てなくなったら言う」


 背負う荷が増えたことで、歩みは少し遅くなった。


 それでも、担架を持つ者の両手は空いた。


 ダンは列の中央を歩きながら、水袋の位置も確かめた。


「その袋は前へ回せ」


「自分では運べないでしょう」


「だから、持てる者へ渡せと言っている」


 荷を背負い、水を見る。


 できなくなったことの代わりに、できることを増やしていた。


     *


 交代を重ねながら、一行は斜面を下った。


 リツも担架から離れ、列の外側へ回る。


 腰の刃物へ手を添え、前方と後方を確かめた。


 槍があれば、距離を保ったまま地面や岩陰を探ることができた。


 いまの刃物では、近づかなければ何もできない。


 テオは道の脇に突き出していた細長い金属を見つけた。


 土を払い、両手で引き抜く。


 古い設備の一部らしく、長さはリツが失った槍の半分ほどだった。


 石へ打ちつける。


 表面の錆が剝がれたが、曲がらない。


「何ですか」


 リツが尋ねた。


「使えるかもしれない」


「何に」


 テオは答えず、金属を自分の荷へ差した。


 リツも、それ以上は尋ねなかった。


 西から風が来た。


 今度は一度では終わらなかった。


 草が地面へ伏せたまま戻らず、細かな砂が足元を流れ始める。


 人々は身体を低くした。


 担架の上で、セラが外套の端を握る。


「急げるか」


 テオが振り返る。


「このままなら、少しは」


 リツが答えた。


 水が来る前に河床を越えることは、もうできなかった。


 そのことは、誰も口にしなかった。


「河床の手前に、古い建物がある」


 テオが言う。


「壁は残っている」


「雨は避けられますか」


「風は防げる。水は、河床まで下りなければ来ない」


 雨はまだ見えない。


 だが、西の空は、もう空の色ではなくなっていた。


 遠くから、低い音が届いている。


 雷か、風か。


 それとも、まだ見えない水の音なのか。


 テオにも判別できなかった。


「止まるな」


 一行は荷を減らし、一人を増やして進んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ