第22話『神の啓示と、最後の麺棒』中編
「う、うわぁ……なんか、だいぶ狭い道に入ってきましたね。それにお寺がいっぱい……ここが目的地なんですか?」
「いや、まだまだ上に行くで」
護さんは慣れたハンドルさばきで、車一台がやっと通れるほどの険しい山道をグングン登っていく。
辿り着いたのは、山の中腹にある小さな駐車場だった。
「ここ……ですか? 石灯籠以外、本当に何もなさそうですけど……」
軽トラを降りて辺りを見回してみる。うっそうとした緑の中に、古びた石灯籠が静かに並んでいるだけだ。
「ここから先は、車を置いて歩いて行かないかんのや」
護さんが不敵にニヤリと微笑んだ。嫌な予感がする。
「ちょっと……護さん……っ! 歩くの早すぎますぅ……!」
「こむぎちゃん、ほんまに体力ないなぁ」
スーツ姿のまま涼しい顔で坂道を大股で歩く護さんの背中を、私は必死で追いかける。
「これ、高屋神社の『天空の鳥居』並みにキツくないですか……!?」
「四国にはな、お遍路っていう八十八箇所の札所を巡る文化があってな。弘法大師様の足跡を辿りながらお寺を回って、自分を見つめ直すんや。昔の人はなぁ、これを全部歩いて回ったんやで?」
「昔の人……っ、最強すぎます……!」
ゼーゼーと息を切らす私をあざ笑うかのように、辺りの木々はさらに密度を増し、空を覆い尽くして薄暗くなっていく。
オカルト好きとしてはゾクゾクするほどのシチュエーションだけれど、今はそれ以上に足が限界だ。
その時、道端に古びた石碑が見えた。
『御神木ひのき』
――あッ!
思わず足を止めた。そこにそびえ立っていたのは、周囲の木々とは一線を画す、圧倒的な太さの幹を持つ巨木。四方に堂々と伸ばされた枝葉は、まるでこの山の太陽の光を独り占めしているかのような、凄まじい存在感を放っていた。
「す、すごい……綺麗……」
「あぁ、枝をよく見てみ。天に向かって、空へ空へと力強く伸びていきよる」
「本当ですね……。なんという生命エネルギー……」
これが、式年祭に必要な最後の御神木『ヒノキ』。
このどこかに、清めの麺棒の素、自然に折れた枝があるはず――。
「まぁ、見惚れるのは後にして、上まで行こうか」
「えっ!? ここが目的地じゃないんですか?」
「そうやけど、ここまで来たんなら『禅定』まで行かんとな。さ、歩くぞ」
「えぇーーー……っ!?」
非情な護さんのセリフに絶望しながら、さらに険しい坂道を歩き続ける。
一応は舗装されているものの、生い茂る木々が青空を完全に遮り、まるで深い緑のトンネルのようだ。
心臓が破裂しそうになりながら、護さんの背中だけを必死に追いかけていく。
すると、やがてまた、厳かな石灯籠が道の両脇に等間隔で並び始めた。
視界が一気に開けた瞬間、目の前に現れたのが――出釈迦寺奥之院だ。
「こ、こんな厳しい山道の先に……こんな立派な境内があるなんて……」
「ほら、こむぎちゃん、あれ見てみ。鐘があるやろ。あれが『天空の鐘』言うてな、天空の鳥居に並ぶ、この山の絶景スポットなんや」
護さんに促され、私は吸い寄せられるように鐘突き堂の舞台に立った。
「……わぁ……っ!」
思わず、ハッと息を呑む。
眼下には、遮るもののない広大な讃岐平野。その向こうには青く輝く瀬戸内海がどこまでも広がっていた。山肌を駆け上がってきた爽やかな風が、汗だくの身体を優しく、心地よく包み込んでいく。
私は、お遍路さんたちがそうするように、静かに紐を引いて鐘を鳴らした。
『ゴォォォォォンンンンン……』
重厚で、どこまでも澄んだ鐘の音が、讃岐の青空へと吸い込まれるように響き渡っていった。
眼下に広がる大パノラマに身の引き締まる思いを抱きながら、私はそっと胸の前で手を合わせた。この美しい景色を守りたい。心からそう思った、その時だった。
「さぁ、本番はここからや。ここからは本当の『修行の道のり』になるで」
「は? え? どういう……って、ちょっと護さん!?」
護さんは何やら重大な決意を秘めた顔をして、境内の裏手へとスタスタ歩いていってしまう。
慌てて追いかけた私の目に飛び込んできたのは――生易しいハイキングコースなどでは断じてない、垂直に近い角度で切り立つ荒々しい岩場だった。
「ま、護さん……? まさか、これ、登ったりしないですよね……?」
「そのまさかや。俺もここに来るのは久しぶりやからな。ちょっと気合いを入れんといかん」
「えええーーーっ!?」
護さんの言葉に嘘はなかった。そこから先は、まさに命がけの「修行」そのものだった。 ゴツゴツとした岩肌に打ち込まれた、太い鉄のチェーンやロープ。それだけを命綱にして、垂直に近い崖をよじ登っていく。
時に足を大きく上げながら険しい岩を跨ぎ、チェーンを握る手に爪を立てるようにして、必死に頂上を目指す。スーツ姿の護さんはともかく、ミニスカの私はもう、足も腰も膝も、岩を掴む腕の力すらクタクタで感覚がなくなっていた。
――そして、最後の岩壁を死に物狂いで登り切った先。
そこは、文字通り遮るものが何もない、天空の断崖絶壁の頂上だった。




