第19話『三十六.五式の弾丸と、孤高の麺陽師』前編
「ま、護さん! なんですかその、物騒なものは……!?」
高松市多賀町にある、いつもの『麺場探偵事務所』。
デスクの上で、護さんは大真面目な顔をして、鈍い光沢を放つリボルバー式のピストルを器用に手入れしていた。
「あぁ、これか? これは我が麺場家で明治の頃から長く愛用されとる『三十六.五式拳銃』や。この六連式リボルバーに、小さく刻んだ『冷凍うどん弾』を装填してぶっ放す、麺場家の必殺の除霊アイテムやで」
「除霊するのに『必殺』って……」
「今度の相手は、これまでとは比べもんにならんほど手強そうやからな。備えあれば憂いなしや」
カチャリ、と小気味いい金属音を立ててシリンダーを戻す護さんに、私はずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「そういえば、天狗が言っていた『そうめん皇女』って一体誰なんですか? うどん皇子やそば皇子と、何か深い関係が?」
「そうやったな。これから起こる大戦争の規模を考えるなら、まずはそこから説明せないかんか」
護さんはデスクの上のフェドラハットを手に取り、それを深く被り直して、いつになく静かに歴史を語り始めた。
「時は江戸時代、うどん天皇家にはうどん皇子、そば皇子の二人の息子の他に、もう一人、歳の離れた『そうめん皇女』がおられたんや」
「そうめん皇女……」
「そうめん皇女はうどん皇子たちの年の離れたお姉さんで、それはそれは大層美しく、聡明な方やったそうや。しかし……当時の天皇家の因習として、皇族の正統な地位を継げるのは男子のみ。そこでそうめん皇女は、瀬戸内海に浮かぶ小豆島の地を与えられ、静かに生涯を終えたはずなんやが、なんで今になって怨念となって讃岐に攻めてくることになったんやろうな……」
「何か、うどん皇子に対しての深い因縁でもあるんですか?」
「いや、うどん皇子が幽閉先で遺した古い書物にも、そうめん皇女に関しての恨みつらみの記述は一切なかった。むしろ、姉弟の仲はかなり良かったと書かれとる。小豆島って言うたら同じ香川県やし、昔からそうめんはうどんの良き隣人やったはずなんやが……なんとかして止めんと、本当に瀬戸内海が血のツユで染まる」
「そんな……じゃあ、一刻も早く誤解を解かないと」
「あぁ。そのためには、アイツに会って真実を確かめないかんのやが……」
「アイツ? 一体誰のことですか?」
「うどん皇子を代々祀ってきた我が『麺場家』と同じようにな、小豆島でそうめん皇女の御霊を代々祀り、鎮めてきた『麺陽師』の家系がおるんや……」
そう言った瞬間、護さんは猛烈に嫌そうな顔をして天を見上げた。
「……なんですかその顔。どうしたんですか?」
「ちょっと自分の実力を鼻にかけた奴でな。俺としては、あんまり会いとうないんや」
そう言って、護さんは拳銃のシリンダーを「カラカラカラッ!」と回した。
「よし、準備オッケーや。次は二本目の素材、栗林公園にある『樫の木』や。……行こうか、こむぎちゃん!」
「はいっ!」
私は保冷バッグを肩にかけ、護さんの背中を追って事務所を飛び出し軽トラの助手席に乗り込んだ。
◇◇◇
私たちは、高松市の中央に位置する『栗林公園』へとやってきた。
ここは国の特別名勝に指定された広大な大名庭園だ。一歩足を踏み入れた瞬間、誰もが圧倒されるのは、その驚くべき広さと、まるで盆栽のように隅々まで完璧に手入れされた何千本もの美しい松の木々。江戸時代から続く庭職人たちの伝統の技は、歩みを進めるごとにまったく異なる絶景が目の前に現れることから『一歩一景』と称され、日本一の美しさを誇っている。
庭園の大きな池では、色鮮やかな鯉たちが優雅に泳いでおり、観光客が楽しそうに餌をやる姿も見られた。
すぐ後ろにそびえ立つ紫雲山にちょうど見下ろされるようにして、護さんが池のほとりで静かに立ち尽くした。
「どうしたんですか? もしかして、この綺麗な庭園の中にも何か怪異でも潜んでいるんですか?」
私が小声で訊ねると、護さんはいつになく穏やかで、どこか遠い目をした笑みを浮かべていた。
「いや、違うんよ。……ここはな、亡くなった親父の、昔の『鍛錬の場』でな。俺がまだこんまい(小さい)ころ、よくここに連れてきてくれたんや」
「お父様との思い出の場所なんですね」
「そうや。ここはな、四国の中でも屈指の強力なエネルギースポット『龍脈』と呼ばれる場所なんや」
「龍脈? そういえば、城山の時は『霊脈』と言っていましたよね。護さん、龍脈と霊脈の違いって何なんですか?」
「龍脈っちゅうのはな、まぁ風水で言うところの大自然の気が大地の底から噴き出して通るルートのことや。対して、霊的なエネルギーが川のように通る場所を霊脈って呼ぶ。……まぁ、どっちの霊力が上とか、そういう強さの違いはないんやけどな」
「霊感ゼロの私には、あまりよく分からないかも……」
私が広大な庭園を見渡して呟くと、護さんはフッと小さく吹き出した。
「まぁ、偉そうな説明をしたところでな、ここに修行に来ても、うちの親父はあそこの池に浮かぶ掬月亭で、のんびりとお茶を飲みながらキセルをぷかぷか吸うとるだけやったんやがな」
「……もしかして、お父様も護さんみたいに、全く掴みどころのない人だったんじゃ……」
「いやいや! うちの親父はな、麺陽師の中でも群を抜いて『麺陽道』を極めた天才と言われただけあってな、戦えば無茶苦茶に強い、とんでもない怪異祓いやったんや。やけど、いつ見ても修行なんか一切せんかったから、俺も昔、おやじに直接聞いたことがあったんよ。『なんでおやじは、いつも修行も鍛錬もせんの?』ってな」
護さんは自分の懐をトントンと叩き、お父様の口調を真似て見せた。
「そしたら親父はな、持っとったキセルをコンコンと二回鳴らして、横凪に静かに払ってこう言ったんや。『護よ。龍なにゆえ強いと思う? もともと強いからよ! 龍や虎が日々鍛錬などするかね』とか言うて、うまくはぐらかされてな」
「……それ、私がツッコミを入れていいのか本気で悩みますね……」
「……やけど、ホンマに強かったんや。親父とおかんのコンビはな」
護さんが再び、紫雲山の深い緑へとゆっくりと視線を戻した。その横顔は、やはりどこか寂しげだった。
「一・挽、二・捏、三・伸!」
栗林公園の瑞々しい緑の空気の中、護さんが全身にぐっと力を込めた。
「一・水、二・練、三・熟!」
大地の底から噴き出す『龍脈』の気を体内に引き込みながら、護さんは足を踏み鳴らす。
「一・延、二・切、三・茹!」
そして深く、大きく息を吐き出すと、集まったすべての霊力を手のひらに集中させて身体の前へと力強くかざした。
「きええええええいっ!!!」
空間を切り裂く烈しい気合。しかし、一連の鍛錬がすべて終わっても、護さんの顔は晴れないままで、どこか浮かない表情を浮かべていた。
「護さん……どうかしましたか?」
私が心配になって、覗き込むように彼の顔を見つめる。しかし、護さんは私と目を合わせてはくれなかった。
「いや、なんでもない。……じゃあ、気を取り直して、目的の『樫の木』を探しにいこうか」




