第14話『御神木の三岐路と、滝宮の朱色社殿』前編
「あの、護さん! 私、気づいちゃったんですけど」
「なんや? こむぎちゃん。何を気づいたん?」
「白峰寺から盗まれたっていう『清めの麺棒』、何者かに奪われて行方が分からないなら、護さんが新しい麺棒を自分で作って、もう一度祭壇に奉納すれば、皇子の呪いも怪異もすべて丸く収まるんじゃないですか?」
助手席の私のシンプルな提案に、護さんはハンドルを叩いて苦笑した。
「ハハハ、簡単に言うてくれるなぁ、こむぎちゃん。あのな、清めの麺棒はそこらのホームセンターで売っとる木を削ったもんやない。神域にある特別な『御神木』から作られとるもんなんや。しかもな、御神木の中で麺棒になり得る資格を持つ木は、この世に三種類しかないんや」
「おお、なんか一気にそれっぽい話になってきましたね!」
「まずは、強靭な硬度を持つ『樫の木』。そして、神聖な香りを宿す『檜』。そんで、しなやかな粘りを持つ『桜の木』や」
「なり得る資格、ですか? どういうことですか?」
「よう気づいたな。つまりやな、その三種類の御神木の候補からそれぞれ麺棒を作って同時に祭壇へ奉納するんや。そして一週間待ってから祭壇を確認すると、必ず一本以外の二本は、ピキピキとひびが入って真っ二つに折れるんや」
「なるほど……うどん皇子の厳しい審査があって、気に入らない麺棒はへし折られるってことですね」
「そうや。そして、ここからが一番の難題や。相手は『御神木』やから、俺たちの都合で勝手に枝を切ったり、幹を折ったりして持ち帰ることは、神罰が下るから絶対にできんのや」
「えぇっ!? それじゃあ、素材の段階で手に入れようがないじゃないですか!」
「うむ。たまたま激しい台風の風や、落雷に打たれて、自然の力で折れて地面に落ちたものしか、持ち帰って麺棒に加工することは許されん。しかも、そうやって自然に折れた木は、元々内側に強度の弱い欠陥を抱えとることも多い。つまり、完璧な麺棒になり得る折れ木を見つけるのは、それほどまでに奇跡的な『偶然の産物』ということなんや」
「そんな……じゃあ、完全に運任せなんですね……って、あれ? 護さん、これどこに向かってるんですか? 高松を思い切り通り過ぎてますよ?」
「あぁ。今向かっとるんはな、滝宮天満宮言うてな。俺の亡くなった母親が、若かりし頃に巫女の修行をしとった因縁の場所でもあるんや」
「なるほど、お母様の……」
護さんは軽トラのブレーキを優しく踏み、滝宮天満宮の駐車場に静かに車を停めた。
綾川町に位置する滝宮天満宮は、美しい緑の木々と、穏やかに流れる綾川に囲まれた厳かな聖域だ。自然の鮮やかな彩りに照らされて、四季折々にまったく異なる美しい表情を見せることで知られている。
平安時代には、あの有名な菅原道真公が讃岐守として実際にこの地で暮らした歴史もあり、現在では学問や受験の神様としても深く崇められている場所だ。
車を降り、一歩足を踏み入れた私は、思わず小さく感嘆の声を漏らした。
「……すごく、綺麗な社殿ですね」
「そうやろ。ここはな、春は可憐な梅が咲き誇り、夏は深い緑が生い茂り、秋は燃えるような紅葉に照らされ、冬は美しい雪化粧をする。この格調高い、息を呑むような朱色の社殿がな、いつ来てもめちゃくちゃ綺麗なんや……」
護さんはそう言って、お母様がかつて歩いたであろう拝殿の朱色の柱を、愛おしそうに見つめた。
「護さん、お母様はここ、滝宮天満宮で巫女をされていたんですか?」
「あぁ、最初はな」
護さんは社殿の彫刻を見上げながら、懐かしそうに目を細めた。
「最初はって……巫女さんってその神社専属のイメージがありましたけど、違うんですね」
「専属の巫女の方が少ないんや。おかんはな、ここでの巫女としての実力と御勤めが国に認められてな、神聖なる『湯切りの詔』が出たんや。それで『かけ出汁の巫女』として階級が上がり、その後は琴平にある金刀比羅宮へ御勤めになったんや」
「……ちょっと待ってください。今めちゃくちゃいい話をしてたのに、なんですかその『湯切りの詔』とか『かけ出汁の巫女』って! 完全にうどん基準じゃないですか!」
「香川県ならではの勅使や。それからお袋は金比羅山で、怪異祓いの補佐を務めるための厳しい霊力修行に励んだということやな」
「じゃあ、そこでお父様と出会ったんですか?」
「そういうことや。我が麺場家の家系はな、血筋を遡ればあの伝説の陰陽師・安倍晴明まで遡るんや。安倍晴明の親戚の、いとこの、はとこの、またいとこに『安倍製麺』っていう偉い職人がおってな……」
「それ、もうほぼほぼ赤の他人じゃないですか! もう、護さんたらどこまでが本当の話なんですか、調子いいんだから……」
私が盛大に呆れる中、私たちは拝殿の前で静かに手を合わせ、お母様の面影が残るその場を後にした。




