第8話 眠り姫の聞いた声
「だから婚約式なんて嫌だと言ったんだ」
レオンハルトの声で目が覚めた。
やっぱり――僕との婚約は、彼にとって重荷だったのだ。
どうやら僕は、レオンハルトの腕の中にいるらしい。
婚約式の舞踏会場にある控室で、菓子を食べたまま眠ってしまったようだ。
しっかりと、砂糖細工のコマドリを握りしめている。
は、恥ずかしい……。
このまま寝たふりをしていよう。
「レオンハルト、仕方ないだろ。両家の立場がある」
「そうよ。アルヴィオン家はうちより古い家系よ。リオネルちゃんの産みの母にいたっては“最古の王族”と呼ばれている種族よ。自分がしでかしたことでしょ。我慢しなさい」
「卒業式も好奇の目にさらされ……リオネルがどうしてもというから、二人で出席したけど」
「リオネルは学問の総代で、レオンハルトはルクス神学院の総代なんだぞ。欠席なんてありえないだろう……まったく、なんてことをしてくれたんだ。アルヴィオンの当主は気難しくて有名なんだぞ。リオネルに虐待の事実がなければ、私は失職していた」
レオンハルトと両親の会話が父上の話題になった。
久しぶりに見た父上は、あいかわらず僕によそよそしかった。
継母たちと顔を合わせないようにしていたのか、それとも――愛する妻を弱らせ、その末に生まれた僕が憎かったのか。母上が亡くなって以来、父上は家にほとんど寄りつかなくなった。
立派な顎髭に、すらりと伸びた背丈。
いかめしい顔つきの、僕の父親にしては少し年を取りすぎた初老の男――それが父上だ。
僕は彼に会うと、いつも他人以上に緊張してしまう。
本当に、赤の他人のような関係なのだ。
父上は、僕に対する継母の虐待を「知らなかった」と答えたらしい。
――そんなはずはない。
ただ、見て見ぬふりをしていただけだ。
身内がこれでは、僕が他人に期待しなくなるのも当然だ。
人間は信用できない。
彼らは、いつも裏切る。
人生はがっかりの連続だ。
僕が死に物狂いで勉学に励み、ルクス神学院のトップに立ったのは、そんな経緯があったからだ。
誰も助けてくれないのなら――自分を助けるのは、自分しかいない。
「大げさだな。結婚ぐらいで」
「手順が問題なんだ。監査官になるまで待てなかったのか? ただでさえ、おまえの将来を国中が見守っているというのに……これ以上、目立ってどうする」
「だから婚約式はやめようと言ったのに。こうなったら、結婚式を取りやめて――」
「バカおっしゃい。皆にもっと見せつけてやらないと。私たち一族に一生逆らえないくらいにね。それにしても……かわいい寝顔ね。天使だわ。いえ、妖精ね。リオネルちゃんの母方は妖精の末裔らしいわよ」
「ぅ……」
寝たふりをしていたのに、恥ずかしさのあまり声が漏れてしまった。
「おや? 父上たちが騒ぐから、リオネルが唸っている。悪夢でも見ているのか?」
「いちばん声が大きいのはレオンハルト、おまえだろう」
「しーっ、二人とも静かに。リオネルちゃんが寝ている間に、さっさと運んであげなさい」
レオンハルトの両親は、僕にとても優しい。
僕は由緒正しい家の出身ではあるけれど、男のオメガで、しかもこんな性格だ。
背中の傷に同情してくれているのかもしれない。僕が育ってきた劣悪な環境にも。
だってレオンハルトは――本来なら、オメガの女性ともっと良い縁談が組めたはずだ。
それに、彼には愛する人が――。
その人との関係はどうなったのだろう。
家柄だけは良い僕がしゃしゃり出たせいで、幸せになるはずだったカップルが不幸のどん底に落ちてしまったのではないか。
継母のように、「結婚してしまえばこっちのもの」と好き勝手に残虐行為をする貴族も多いと聞く。
もし僕がそんな人間になれたなら、レオンハルトとその恋人に対する罪悪感も少しは晴れるのに。
だけど、あいにく僕はそんな性格じゃない。
ウジウジと根暗で、人を恨みはしないが、誰かの幸せを願えるほど健気でもない。
それでも――レオンハルトの未来だけは、明るく輝く光の道にしてあげたい。
そのために僕ができることは……なんだろう。




