第7話 黄金の婚約式と甘い夢
「ほう……あれが?」
「ヴァルター家のレオンハルトさまと……アルヴィオン家の――」
淡いピンク色のドレスの下で、僕の足はガタガタと震えていた。
華奢な首元には、ドレスと同じ布で作られたネックガードが巻かれている。同色のレースで編まれた縁飾りと、僕の瞳に似た宝石が鮮やかに光っていた。
細い上半身を包むピンクのレース編みも上質だ。今日のために、レオンハルトが遠い異国へ発注してくれた豪華なドレス。胸元にはとも布のチーフを挿し、僕をエスコートする彼は、美しく凛々しい。
僕らを取り囲む要人たちは、ルミナリア王国の重鎮ばかり。まるで王家の婚約式のように立派な集まりだ。
「手が冷たい……震えているね。大丈夫かい」
レオンハルトが優しく問いかける。
真っ白で上質なレースの手袋の上から、さらにしっかりと握りこまれる。
「はい……緊張して。このような場所は初めてで」
「私が手を握っている。なんの心配もない」
「……はい」
気の利いたセリフひとつ言えない僕。
レオンハルトも、この数週間で僕のポンコツぶりに気づき、あきれているだろう。立派な婚約式を開いたことを後悔しているに違いない。
「ファーストダンスだ。私についてきて」
「はい……」
静かなバイオリンの調べ――ファーストダンスが始まる。
僕は目の前の温かな手を握り返し、しっかりとステップを踏んだ。
ダンスは得意だ。
子供の頃、ありとあらゆる英才教育を受けた。高位貴族として恥じないよう、マナーもすべて叩き込まれた。
由緒正しい家柄の母上の指導のもと、特に楽しみだったのがダンスの時間だ。病弱な母上が、そのときだけは僕の相手になってくれた。母上は女性オメガだったが、僕のために男性パートを踊ってくれた。それがとてもうれしくて、将来のパートナーを空想しながら、夢中で踊り続けた。
「ほう……さすが公爵家だ」
「美しい……」
あちらこちらから羨望のため息が漏れる。
当然だろう。レオンハルトはルミナリア王国の将来を担う若者だ。そんな有望な青年の将来を台無しにしたオメガ――さきほどまで僕に向けられていた嫉妬混じりの鋭い視線が、今は歓喜のものへと変わっている。
ハシバミ色の瞳と同色の髪を持つ美しい青年。
一緒に踊る僕でさえ見とれるほど、彼はかっこいい。
踊る姿は、まさに神話の担い手そのものだ。
キラキラと美しい黄金の時がめぐる。
「ふぅ……」
「ほぉ……」
やがて音楽が静かに終わる。
羨望と歓喜のため息とともに、拍手が湧き起こった。
よかった。
体が勝手に動いた。幼い日の練習が、ダンスの後のお辞儀を忘れさせなかった。婚約式までの数週間でさまざまな番教育を受けたが、どれも筋が良いと褒められた。特にダンスは先生のお墨付きだ。
「よかった。手が温かくなった。私の後ろにいろ。あいさつは私が一手に引き受ける。リオネル?」
「は、はい」
レオンハルトの顔に釘付けだった。近くで見ると、さらにかっこいい。見惚れていたことに気づかれないよう、すぐに下を向き、彼の後ろに隠れた。
飲み物が配られ、レオンハルトが僕にハーブウォーターを渡してくれる。
「これ……」
僕の好きなコリアンダーのハーブだ。はちみつが多めに入っている。
「どうも……ありがとう」
「ざくろジュースがよければ、取ってくる」
「い、いえ、これで十分です」
レオンハルトはとても面倒見がいい。
本当に愛するオメガにしてあげたいことを、僕にしてくれているのだろう。もっと微笑んで、喜びを体全体で表現できる性格だったらよかったのに。せめて言葉だけでも、相手を楽しませる話術があれば――。
「やあ、レオンハルト君! 婚約、おめでとう!」
さまざまな人物が、レオンハルトと僕にお祝いの言葉をかけにくる。その中には、僕の父上に関係する人々も大勢いた。
父上は現在、財務のトップ。レオンハルトの父上は宰相。二人が縁を結んだことで、ルミナリア王国の首都セラフィオンはお祭りムードに包まれているらしい。
詳しいことはわからない。僕はレオンハルトの屋敷に軟禁状態だから。
十二歳のときから六年間、ルクス神学院を出ていない僕は、世間の事情にまったく疎い。その前の幼少期も実家の屋敷に監禁されていたようなものだから、このような華やかな世界は――苦手を通り越して恐怖でしかない。
しかし、そのすべてをレオンハルトが引き受けてくれている。
僕にはたいへん、もったいない人だ。
僕の発情が、彼を最愛の人から引きはがした。心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「控室で休むといい。一人になれるよ」
「はい……」
僕の腰に軽く手を添え、控室までエスコートしてくれる紳士のレオンハルト。
この手が――。
ときどき思い出す、甘い夜の記憶。
そのたびに涙目になって赤面してしまう僕。
「甘い菓子と茶が用意されている。今夜はここでのんびりするといい。あとで迎えにくる。寝ていてもかまわないよ」
「は、はい。どうもありがとうございます」
軽くハグして、控室を出ていくレオンハルト。
こういう行為には、まだ慣れない。
真っ赤になってうつむいたまま、用意された椅子に腰かけ、茶をすする。
「甘い……」
茶にもはちみつが混ぜてある。
僕が甘党だって、どうして知っているんだろう。
「わあ……」
クリームとフルーツたっぷりの、タルトやフラン、パイやケーキ。
目の前に広がる菓子の大群――。
マジパンで作られた、動物や花と森。
スパイス菓子パンで再現された首都セラフィオンの街並み。
その真ん中に、砂糖菓子で作られた白いお城にとまる白い鳥。
「コマドリだ……」
母上が生きていた頃、甘いお菓子が大好きだった。母上が手作りしてくれたからだ。
でも、継母が来てからは――お菓子どころか、必要な栄養すら取らせてもらえなかった。
「レオンハルトの家のお茶会で、お菓子を食べすぎたのがバレたのかなぁ?」
目の前のコマドリを手に取り、舐めてみる。
「甘い……」
夢のような時間。
「僕……お姫さまになっちゃった?」
夢なら覚めないで――。
誰もいないのをいいことに、僕は夢中になって、豪華な菓子を頬張った。




