第61話 揺らぐ真実と消える境界
国境沿いにある軍部施設の近くへ到着するころ、日はすっかり傾きかけていた。
「リオン……」
レオンハルトに馬から抱き下ろしてもらいながら、僕の頭の中は息子のことでいっぱいだった。彼に何かあったら――僕は生きていけない。
「リオネル、大丈夫だ。リオンを傷つけるような真似は誰もしない。さあ、こちらから、中のようすを窺おう」
「うん……」
レオンハルトに手を引かれ、兵士たちが潜む木陰へと近づいていく。
手前の茂みに隠れていた兵士がレオンハルトに気がつき、後方を指差した。
その方角に目を向けると、人影が近づいてくる。
ノルディア領主アーヴィン・ロウだと思って見ていると、なんとそれはカーヴェル副院長だった。
「えっ……?」
「カーヴェル副院長! ご無事だったのですか!」
レオンハルトが声をかける。
「レオンハルトがどうしてここに? リオネルも一緒なの? なぜこんなところに? 何かあったの?」
「え? カーヴェル副院長、あなたとフェルナー法務官、アーロンが行方不明に……リオンも。それで我々が救出に来たのです。ノルディア領主はまだのようです。彼もこちらに向かっています」
「何の話? 私とフェルナー法務官は、隣国との交渉のためにここに来ているのよ。隣国の官僚たちもいるわ。ノルディア領主も私たちと一緒に到着しているわよ。でもアーロンはいないわ。彼は交渉とは関係ないもの」
カーヴェル副院長が不思議そうな顔で僕たちを見ている。
「レオンハルト……どういうこと?」
「わからない。私は隣国との会議の事を何も聞かされていないぞ……君! カーヴェル副院長はいつからこちらに……おや?」
振り向くと、兵士たちの姿が消えていた。
「レオンハルト、おかしいよ。魔術じゃないかな」
「リオネル……しかし、目の前のカーヴェル副院長は本物だ。彼女が嘘をつくとは思えない」
「でも……!」
レオンハルトは僕の忠告を聞かず、カーヴェル副院長に近づいていく。
「リオネル、大丈夫。本物の彼女だよ。カーヴェル副院長! 私たちはノルディア領主アーヴィン・ロウと、王国監査別院にいままで一緒にいました」
「さっきから、何を言っているのかしら? ヴォルン院長もノルディア領主も、私とフェルナー法務官と一緒に昨夜からここに泊まり込んでいるのよ。隣国の官僚たちとの交渉の場に、ずっとついているわ」
カーヴェル副院長の様子はいたって普通だ。
でも、僕もレオンハルトも今日、別院でノルディア領主に会っている。
それに、ヴォルン院長とも――。
「カーヴェル副院長、それはおかしいです。
地下牢に閉じ込められていた私は今朝、そのことに気づいたノルディア領主に助けられました。
領主がヴォルン院長を問い詰めたところ、彼は“自分は何も知らない。カーヴェル副院長かフェルナー法務官の仕業ではないか”と言ったのです。
そこで領主がカーヴェル副院長とフェルナー法務官の家を調べたところ、行方不明であることが発覚しました。アーロンもです。メアリーの話によると、私が連行された日から三人は帰宅していないそうです。
そして今日、リオネルが、ヴォルン院長に王国監査別院に連れてこられました。リオネルもそのとき、ノルディア領主に会っています」
「だったら、今すぐノルディア領主に会うといいわ。こちらよ。いらっしゃい」
カーヴェル副院長が、もときた方向へ歩き出す。
「カーヴェル副院長! リオンは? リオンはどこです!」
耐え切れず、僕はリオンの名を叫んだ。
彼女はしらばっくれるつもりらしいが、リオンは絶対、ここにいるはずだ。
「リオン? あの子がどうかしたの? ここにはいないわよ」
「いいえ! いるはずです! 魔法で誤魔化そうとしても無駄です。僕はだまされない。レオンハルトと一緒になりたいならどうぞご自由に。でも、リオンは……リオンだけは!」
僕はカーヴェル副院長にツカツカと歩みより、食って掛かった。
「リオネル……? カーヴェル副院長は無関係だ。まずは領主に会おう。そのあとで、ヴォルン院長と交渉するんだ」
レオンハルトが僕とカーヴェル副院長の間に入り、仲裁してきた。
僕の怒りは頂点に達する。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだ。僕らの子供が誘拐されたんだよ。一刻を争う事態だ!」
こんなときまで愛人を庇うのか――。
僕はレオンハルトにあきれていた。
「やっぱり、レオンハルトの子供だったのね。あなたの子供時代にそっくりだったから……リオンが誘拐? 私は見ていないわ」
「ヴォルン院長が連れてきたはずです」
僕は反論した。
「ヴォルン院長は昨夜、私たちと同じ馬車でここまで来たのよ。領主も一緒に。だとしたら……ヴォルン院長と領主に化けた何者かの仕業じゃないかしら。かなり高度な魔法が使える人物ね」
「えっ……まさか」
「リオネル、アーロンのわけないよ。彼はそんな男じゃない。ルクス神学院の頃からの親友だった私は、彼のことをよく知っている」
僕の推理を察したレオンハルトがすかさず弁明した。
「でも、レオンハルトは領主の部屋で、アーロンに関する過去の出来事を僕に懺悔したじゃないか」
「そ、それは……!」
めずらしく反論する僕。レオンハルトの顔が真っ青になる。
やはりアーロンは、悪事に手を染める魔法使いなのか?
「リオネル、実は……アーロンと私は偽装の婚約をしている。彼はあくまで親友だ。それ以上の関係はまったくない。アーロンはメアリーと恋仲で……しかし彼の一家が許すはずもなく。だから私と結託した。私もリオネルのそばにどうしても来たかったから……断罪された父親を持つ元妻が住む場所でも、婚約者がいれば良いという条件で赴任できた」
「今さら、そんな告白をされても……」
結局、ヴォルン院長の話は真実だった。
僕は絶望的な瞳でレオンハルトを見た。
「だからリオンを? リオンはレオンハルト・ヴァルターの跡取りだ……リオンはどこに? リオンを返して! 僕の……命そのものなんだ!」
僕は今度はレオンハルトに食って掛かった。
たくましい彼の胸をドンドンと叩く。
「リオネル? 君にいくつもの秘密を持っていたことは……心から謝るよ。でも、私もカーヴェル副院長もリオンの行方はわからない。僕にとっても大切な息子だ。彼のことが自分よりも心配だ。まずはノルディア領主とヴォルン院長に会ってみないことには」
興奮状態の僕を抱きかかえるようにしてなだめるレオンハルト。
だけど、僕の気はまったくおさまらない。
皆で何か企んでいるのではないかと、疑心暗鬼になる。
「そういえば……レオンハルト! ここに着いたら教えてくれるという情報は? 過去と関係した、僕がひどく驚く内容なのだろう?」
「それは……!」
レオンハルトの顔がさらに蒼白に変わっていく。
そんなに衝撃的な情報なのだろうか――。
僕は黙り込み、彼の言葉を待った。




