第51話 仮初めの家族、束の間の安らぎ
「わーい!」
馬車が宿屋に到着した。
貴族用の宮殿ではなく、庶民が泊まるような、一階に食堂がある簡素な宿だ。
それでも、生まれて初めてのお泊まりに、リオンは興奮しっぱなしだった。
「リオネル、すまない。君をこんな場所に……。だが、こういう宿泊所の方が正体を隠しやすい」
「気にしないで。僕は十二歳まで地下室で暮らしていたんだよ。その後も寮生活で、この二年間は教会の住み込みだ。とても素敵な宿屋じゃないか。リオンも大喜びだよ」
「リオネル……ありがとう。君の気遣いが、私はいつも嬉しい」
「レオンハルト……」
レオンハルトが僕の手を取り、宿屋へ入っていく。
僕らの前を、キョロキョロしながら歩くリオン。
三人は庶民の格好をしていた。馬車も一般用の型を借りた。
僕は女装だ。茶色地のワンピースに黒いレースの刺繍が施された地味な服装。同じ生地のボンネット帽を被り、極力、人に顔を見られないように気をつけている。
「すいませーん」
一般家庭の家族を装い、宿屋に泊まった僕たち三人。
レオンハルトは念のため余分に金を払い、最上階の角部屋を選んでいた。そこには外階段があり、いつでも避難できるからだ。
僕らは一階の食堂で田舎料理の夕飯をとり、三階の角部屋で眠った。
ごく普通の家族のように、驚くほど自然にふるまうことができた。
まるで本当の家族みたいだった。
しかしその夜、宣告どおりにレオンハルトは、夜中過ぎに外階段から森の中へ出掛けていった。
僕はドキドキしながらその後ろ姿を見送り、明け方、彼が帰ってくるまで、まんじりともせずに夜を明かした。
***
「わーい! お馬さーん!」
「リオン、私と一緒に乗ろう」
「きゃっきゃっ!」
翌日も一日、祭りを楽しんだ。
昼過ぎには郊外の牧場へ行き、リオンはレオンハルトと一緒に馬に乗せてもらった。
羊やヤギなどの動物と触れ合い、草原を思いきり駆け回ってはしゃぎ続けるリオン。
「子供は純粋でいいな。リオンといると、汚い陰謀やずるい連中のことを一瞬、忘れられる。残酷な大人たちの所業を……」
「レオンハルト……」
「リオネル、今夜も出掛けてくる。寝れなかったんだね。心配せず、ぐっすり眠っていてほしい……昼寝をするかい? 私が二人を見守っている」
「……っ!」
レオンハルトの長い指が、寝不足で腫れぼったい僕の目尻に触れる。
その瞬間、僕はこの前の発情期の夜を思い出し、頬を赤くしてうつむいた。
あの日も、この指が――僕にやさしく触れてくれた。
チュリー、チュルチュル、チュリリリ、チュリチュリ――。
「コマドリーっ!」
森の奥で鳴く鳥に反応して、リオンが走ってくる。
三人でコマドリを見にいった。
そんなふうに、その日も楽しく過ごした。
***
夜になり、レオンハルトはまたもや夜中、外階段から宿屋の角部屋を出ていった。
“心配するな”と僕に言い残して。
「レオンハルト……危険なことに巻き込まれないといいのだけれど」
僕の心配は尽きない。
リオンを抱きしめ、浅い眠りを繰り返した。
翌朝、無事に帰ってきたレオンハルトとともに、僕たちは早めに宿屋を出発した。
そして、不穏うごめく北方領ノルディアの中央都市へ帰った。




