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北の監査官は別れたオメガ妻に未練があるらしい  作者: 茉莉 あまね
第9章 揺らぐ真実と疑惑

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第51話 仮初めの家族、束の間の安らぎ

「わーい!」


馬車が宿屋に到着した。

貴族用の宮殿ではなく、庶民が泊まるような、一階に食堂がある簡素な宿だ。

それでも、生まれて初めてのお泊まりに、リオンは興奮しっぱなしだった。


「リオネル、すまない。君をこんな場所に……。だが、こういう宿泊所の方が正体を隠しやすい」


「気にしないで。僕は十二歳まで地下室で暮らしていたんだよ。その後も寮生活で、この二年間は教会の住み込みだ。とても素敵な宿屋じゃないか。リオンも大喜びだよ」


「リオネル……ありがとう。君の気遣いが、私はいつも嬉しい」


「レオンハルト……」


レオンハルトが僕の手を取り、宿屋へ入っていく。

僕らの前を、キョロキョロしながら歩くリオン。


三人は庶民の格好をしていた。馬車も一般用の型を借りた。

僕は女装だ。茶色地のワンピースに黒いレースの刺繍が施された地味な服装。同じ生地のボンネット帽を被り、極力、人に顔を見られないように気をつけている。


「すいませーん」


一般家庭の家族を装い、宿屋に泊まった僕たち三人。

レオンハルトは念のため余分に金を払い、最上階の角部屋を選んでいた。そこには外階段があり、いつでも避難できるからだ。


僕らは一階の食堂で田舎料理の夕飯をとり、三階の角部屋で眠った。

ごく普通の家族のように、驚くほど自然にふるまうことができた。

まるで本当の家族みたいだった。


しかしその夜、宣告どおりにレオンハルトは、夜中過ぎに外階段から森の中へ出掛けていった。

僕はドキドキしながらその後ろ姿を見送り、明け方、彼が帰ってくるまで、まんじりともせずに夜を明かした。


***


「わーい! お馬さーん!」


「リオン、私と一緒に乗ろう」


「きゃっきゃっ!」


翌日も一日、祭りを楽しんだ。

昼過ぎには郊外の牧場へ行き、リオンはレオンハルトと一緒に馬に乗せてもらった。

羊やヤギなどの動物と触れ合い、草原を思いきり駆け回ってはしゃぎ続けるリオン。


「子供は純粋でいいな。リオンといると、汚い陰謀やずるい連中のことを一瞬、忘れられる。残酷な大人たちの所業を……」


「レオンハルト……」


「リオネル、今夜も出掛けてくる。寝れなかったんだね。心配せず、ぐっすり眠っていてほしい……昼寝をするかい? 私が二人を見守っている」


「……っ!」


レオンハルトの長い指が、寝不足で腫れぼったい僕の目尻に触れる。

その瞬間、僕はこの前の発情期の夜を思い出し、頬を赤くしてうつむいた。

あの日も、この指が――僕にやさしく触れてくれた。


チュリー、チュルチュル、チュリリリ、チュリチュリ――。


「コマドリーっ!」


森の奥で鳴く鳥に反応して、リオンが走ってくる。

三人でコマドリを見にいった。


そんなふうに、その日も楽しく過ごした。


***


夜になり、レオンハルトはまたもや夜中、外階段から宿屋の角部屋を出ていった。

“心配するな”と僕に言い残して。


「レオンハルト……危険なことに巻き込まれないといいのだけれど」


僕の心配は尽きない。

リオンを抱きしめ、浅い眠りを繰り返した。


翌朝、無事に帰ってきたレオンハルトとともに、僕たちは早めに宿屋を出発した。

そして、不穏うごめく北方領ノルディアの中央都市へ帰った。

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