第45話 月下の救済、朝のぬくもり
レオンハルトの家に着くころには、夜気がすっかり肌に馴染んでいた。
馬を降りると、彼は僕を再び横抱きにして玄関から中へ入っていった。
そして、目の前の階段を静かに上がりはじめた。
「レオンハルト……だめ。アーロンが……」
僕は正気に返り、レオンハルトをいさめる。
「心配ない。私の部屋は二階で、アーロンは一階が寝室だ。それに、メアリーに伝言を頼んだから、今夜は帰らない」
「そ、そういう意味じゃなくて」
僕はもう、レオンハルトの番じゃない。彼の番はアーロンだ。
なのに、二人の家で行為に及ぶなど――。
「今は私のことだけ考えて。君の発情をおさめないと、リオンに会えなくなる」
「リオン……」
リオンは本当は、あなたの子供なんだ。
あの子は僕たちの、結婚生活の結晶で――。
発情で頭が浮かれている僕は、言ってはいけないことを口走りそうになる。
「私を信じて。リオネルを絶対に、見捨てたりしない」
「レオンハルト……!」
レオンハルトは僕を抱いたまま二階にある彼の部屋へ連れていった。
奥にある一人用の寝台に僕をそっと寝かせる。
「ハアハアッ……レオンハルト、でも……」
「リオネル……」
「……っ!」
抗議の言葉を、キスで塞がれる。
「…………」
愛するアルファの吐息を直接、感じて、僕はもう息ができない。
言葉など紡げるわけもない。
「レオン……ハルト!」
「リオネル……!」
たがいの名を呼ぶことしかできない、僕ら。
レオンハルトの熱い手が、生まれたままの姿になった僕の体中を行き来する。
その手が、背中でピタリと止まる。
「傷……薄くなったね。よかった」
「はあっ……レオンハルトのおかげだよ」
「この傷を初めて見たとき、私がどんなに心を痛めたか……代わってあげたかった」
熱を帯びたハシバミ色の瞳が僕をとらえる。
彼から、目が離せない。
「ぁぁっ……レオンハルト!」
四年ぶりに発動したオメガの本能で、彼に抱きつき、与えられるよろこびをすべて享受する僕――六年前に逆戻りしていく。
「レオンハルト……僕は……」
「リオネル……私のすべて。私の人生そのものだ」
「……っ!」
これは、とても間違った行動だ。
レオンハルトには婚約者アーロンが。
それに、レオンハルトはもしかしたらカーヴェル副院長とも関係が。
「レオンハルト……!」
それでも、僕は彼を求めてしまう。
この行為に意味はない。
ただの――僕の欲望。
レオンハルトはそれに付き合わされているだけだ。
何年も虐待され、我慢し続けた僕が怒りと抑圧を発散できたのは、レオンハルトとの触れ合いのおかげだったのかもしれない。
だから今回のこの行為も、僕はそのように定義付けた。
そのように考えないと――自分を許せないから。
四年ぶりに迎えた、熱い吐息と燃え立つ心情。
二人を支配する興奮と熱が、元夫婦の僕らの理性を奪いつくしていく。
***
――そして、朝。
チュリー、チュルチュル、チュリリリ、チュリチュリ――。
コマドリの声が遠くで聞こえる。
まぶたを開けると、柔らかな光がカーテン越しに射し込んでいた。
「……起きたか」
低く優しい声が耳に届く。
振り向くと、レオンハルトが椅子に腰かけ、僕を見守っていた。
「熱は下がっている。よかった」
彼の表情は、安堵と少しの疲れが混じっていた。
僕の体はすでに清められている。
四年前まで行われたあたりまえの行為に、あらためて赤面する。
「レオンハルト……ありがとう。本当に」
「君が無事なら、それでいい」
朝の光の中で、ハシバミ色の瞳が穏やかに揺れていた。
その光景が、胸の奥に静かに沁みていく。
外では、夜の名残を溶かすように鳥たちがさえずっている。
新しい朝が、ゆっくりと始まっていた。




