第44話 月光に抱かれた救い
レオンハルトは僕を抱えたまま、馬の背へそっと乗り上げた。
その動作は驚くほど丁寧で、乱暴なところがひとつもない。
「つかまっていなくていい。私が支える」
背後から腕が回され、落ちないように体を支えられる。
その腕は強く、けれど優しい。
僕の呼吸が乱れているのを感じ取ったレオンハルトは馬を急がせず、ゆっくりと歩かせた。
「大丈夫だ。もう危険はない。深く息を吸って……そうだ」
彼の声は低く落ち着いていて、胸の奥のざわつきを少しずつ静めてくれる。
発情促進魔法の影響で体はまだ熱く、頭もぼんやりとしている。
けれど、レオンハルトの声だけははっきりと届いた。
「苦しいときは、無理に話さなくていい。呼吸を整えることだけ考えて」
馬の揺れに合わせて、背中を軽くさすられる。
その手つきは、幼い頃に熱を出したとき、亡き母上がしてくれたのと似ていた。
優しく、安心させるためだけの触れ方。
「……レオン……ハルト……」
かすれた声で名前を呼ぶと、彼はすぐに応えた。
「ここにいる。離れない」
短い言葉なのに、胸の奥にすとんと落ちていく。
その言葉だけで、張りつめていたものが少し緩んだ。
離宮の裏門を抜け、人気のない林道へ入る。
夜風が頬を撫で、熱を帯びた体に心地よい冷たさを与えてくれる。
「すぐに安全な場所に着く。安心して」
レオンハルトは僕の額に手を当て、熱の具合を確かめる。
その手はひんやりとしていて、触れられたところから落ち着きが広がっていく。
「……怖かったな」
その一言に、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
涙が出そうになるのをこらえ、小さくうなずく。
「もう大丈夫だ。君を一人にはしない」
レオンハルトの声は、夜の静けさの中でやさしく響いた。
その声に包まれながら、僕の意識はゆっくりと安定していく。
木々の間から月光が差し込み、揺れる影が馬の足元を照らす。
その光の中で、僕はようやく――
「助かったんだ」と実感しはじめていた。




