第42話 危険な匂い
コツ、コツ――。
「……っ!」
近づいてくる足音。
それは、明らかに高貴な者の靴音だった。
「ぅぅっ……」
棚の横に座り込んだまま、フードの奥で顔を伏せる。
恐怖が強すぎて、体は震えることすらできないほど硬直していた。
心の奥まで冷え切り、寒気だけが僕を支配していく。
「フフ……隠れても無駄だ。私にはわかる。この……高貴なオメガの匂い」
男は静かに、しかし確実に僕へと歩み寄ってくる。
自分の心音が部屋中に鳴り響いているかのごとく感じられる。
もう、だめだ。
体から力が抜けていく。
高位のアルファに、オメガは抗えない。
まして発情中なら、なおさらだ。
――そうなる前に死のう。
僕は、自分の舌を噛み切る覚悟を固めはじめた。
レオンハルト、リオン――ごめんなさい。
「そこだな……匂いが強くなった」
男が長い腕を伸ばしてくる。
その手が、僕のフードに触れた。
「……っ!」
もはやこれまでか――。
胸の鼓動が最高潮に達する。
そのとき。
バタバタバタッ!
舞踏会場の方角から、複数の足音が駆け寄ってきた。
「……っ!」
「大変です! なにかあったようです、誰か走ってきます!」
「まずい! 早く逃げるぞ!」
「はっ!」
王太子らしき男は、お付きとともに慌てて逃げ去った。
「はああっ……よかった……」
助かった――。
そう思い、必死にその場から這い出そうとするが、手足にまったく力が入らない。
「ぅぅっ……」
また、アルファに見つかったらたいへんだ。
一生懸命に体を動かしてみるが、ピクリとも進まない。
「ぁぁぅ……」
パニックに陥り、息が詰まりそうになる。
「回廊の一番奥にある部屋です!」
「ここだな! 鍵が壊されている……私が行く!」
ツカツカと力強い足音が近づいてくる。
強烈な匂いが鼻を刺す。
アルファだ――!
しかし、もう抵抗する力も、死を実行する力も残っていない。
「リオネル! 大丈夫か!」
「……っ!」
やって来たのは――レオンハルトだった。




