第38話 回廊で交わされた3人だけの秘密
華やかな音楽と色とりどりのドレスの群れ。
王家の宮殿のように立派な別荘で、北方領ノルディアとは思えないほど豪華な舞踏会が催されている。
「僻地のほうが、首都セラフィオンより贅沢なんだね」
「政府の財政状態は厳しい。なのに、このように不正な散財が行われている。過去の汚職事件の影響で、首都セラフィオンは特に敏感になっている。遠く離れたこの北の地は、収賄を行うには打ってつけの場所だ」
僕はレオンハルトとともに、末の王太子主催の舞踏会に出席していた。
ただし、レオンハルトはアーロンをパートナーとして伴い、僕は神父さまの助手として、メアリーはメイドとして裏方の仕事に従事している。
リオンは孤児院のみんなと留守番だ。
レオンハルトと偶然、暗い回廊で出会った僕は、予想以上の豪華な舞踏会にあきれ、くだんの会話を交わしていた。
「リオネルはどこへ向かっているんだ?」
「ヴォルン院長に、控室から書類を持ってくるよう頼まれたんだ」
「書類? ああ、そうか。四年前の財務監査報告書に書かれていた、首都セラフィオンの王国監査院院長エルンスト・グレイヴの筆跡を、あらためて鑑定する予定だからな。
彼は今日の舞踏会に、末の王太子の付き添いとして出席している。招待客名簿のサインを、彼が昔ノルディアで勤務していたころの出納帳と照らし合わせる予定だ」
「エルンスト・グレイヴの筆跡は特徴があるの? それを見て、王はレオンハルトに密命を?」
「グレイヴ院長の字には独特の癖があることで有名だ。しかし王は……四年前の財務監査報告書は見ていない。
しかし、四年前の汚職事件当時から、怪しい動きを見せていた末の王太子一派を陰から見張っていたそうだ。最近、大量に金銭の動きがあったので、王国監査院長グレイヴ直属の部下である私に命を下したまでだ。もちろん、グレイヴ院長には内密でだ」
「えっ……レオンハルトってそんなに偉いの?」
「がんばって功績を上げた。私とリオネル一族の汚名を、なんとしてでも回復したいんだ」
ハシバミ色の瞳が、夜闇に鋭く光る。
彼の大いなる熱意と強い決意が感じられ、僕は一瞬、恐怖に震える。
レオンハルトの身に何かあったら、僕とリオンは――。
「レオンハルト……僕の一族はこのままでいいんだ。だから、無理だけはしないでほしい」
「リオネル……」
心配のあまり、僕の水色の瞳に切ない雫が浮かぶ。
キラキラと夜目に光る僕の涙を、ハシバミ色の瞳が見つめている。
「……こんなところで見つめ合っていたら、噂の的になるぞ。今日は首都セラフィオンからの客人が大勢いる」
「……っ!」
いそいで振り返ると、アーロンが立っていた。
魔法使いの黒いマントを着ている。
フードを深く被っているので、青い髪色や美しい顔立ちは封印されている。
「なんだ……びっくりさせるなよ」
レオンハルトが声を上げた。
「おれ、一応レオンハルトの婚約者なんだけど。アルファがいくら自由恋愛とはいえ、放置はないんじゃない?」
「舞踏会にあからさまな魔法使いの格好で出席するような婚約者と一緒にいると、私がおかしく思われる」
「こういう僻地の舞踏会は困るんだよ。誘いが多くてさ。ドレスアップしなければ目立たなくて済む。メアリーに会いに行ってきたんだ」
「メアリー? 回廊の先の控室にいるのか」
「この先は控室じゃないぞ。メイドたちの詰所になってる」
「それは本当か? リオネル、場所を間違えていないか」
レオンハルトが僕に尋ねる。
「えっ……だけどヴォルン院長は、回廊の奥にある控室から書類を取ってきてくれと」
「回廊はここだけだ。ヴォルン院長が間違えたのだろう。アーロン、上役たちの控室はどこだ?」
「お偉いさんたちの控室なら、たいていが舞踏会場の上の階だろ」
「リオネル、戻ったほうがいい。私が送っていくよ。ところでアーロンは、メアリーになんの用だ?」
「メイドの詰所の上は末の王太子の寝室だ。あいつは手が早いことで有名だってことを思い出してな。注意喚起に行ってきた」
「アーロンのほうこそ、噂になるような行為は控えろよ。フェルステッド家から、これ以上は二人を庇いきれないぞ」
「レオンハルトこそ……こんな寂しい回廊に何しに来たんだ? おおかた、リオネルが歩いているのを見て危ないと思って、追ってきたんだろう?」
「アーロン、そ、そんなことは……」
あわてるレオンハルトを、不思議な気持ちで見つめる。
二人は本当に仲がいいんだな。
「そういえば、レオンハルト! 四年前の財務監査報告書にかかっている魔法だが」
アーロンが声を上げた。
「解けたのか?」
「いや、ぜんぜん。時間がかかると言っただろ。遠隔魔法が使われていると考えていたが、よくよく観察してみると……直接、魔法をかけられた可能性が高い」
「でも、あの資料庫は迷路だから、私とヴォルン院長以外はたどりつけないぞ。院長の前任者やその関係者たちは行けるだろうけど」
「それと、簡単な魔法が使われていることがわかった。膨大な時間を使って毎日かけられた魔法だから、すぐに解除できないだけだ」
「そうなのか? だとしたら犯人は……地下の資料庫に続く迷路の道を熟知していて、毎日入っても怪しまれない人間だ。私でなければ、ヴォルン院長が犯人になるじゃないか」
「それは絶対にないだろ。だから不思議なんだよ。あの報告書に一日一回以上、魔術をかけていた人物が必ずいる」
「やはり……前の王国監査院分院長や関係者か? ヴォルン院長やカーヴェル副院長が言っていたように、“互いを疑うことも時には大事”ということか?」
「いちばん疑わしいのは……ノルディア領主アーヴィン・ロウだよな」
アーロンの見解に、僕たちは黙り込んだ。
「リオネル、そろそろ戻ったほうがいい。ヴォルン院長がお待ちかねだろう」
「あ、そうだね。僕は行くね」
アーロンの助言はもっともだ。
僕は急いで回れ右をし、もと来た方向へ歩き出した。
「私も一緒に行くよ。暗くて危険だし、今のアーロンの話をヴォルン院長の耳に入れておきたい」
レオンハルトが僕と連れ立って歩き出す。
「レオンハルト! 婚約者のおれを差し置いて、どこへ行く気だよ? おまえが目立つってこと、忘れるなよ!」
アーロンが急いで僕たちを追いかけてきた。
そしてレオンハルトの腕に手を通し、一緒に歩き出す。
「実は……四年前の財務監査報告書で気になることがある。この事はヴォルン院長たちには言わないでくれ。おれがクレームをつける形になっちまうからな」
アーロンが小声で話し始める。
「ヴォルン院長が気づかなかったことがあるんだな」
レオンハルトも声を潜めて返事をする。
「ああ……あの報告書は、ヴォルン院長の手に渡る前から、すでに高度な魔法がかけられていたように感じる。これはあくまで、おれの勘だ。二人にだけ言っておく」
「高度な魔法が? わかった。三人だけの秘密だ。リオネルもいいね」
「はい……」
レオンハルトに念を押され、おずおずと返答する。
北方領ノルディアには謎が多すぎる。
そして、やっかいごとも。
僕はレオンハルトと腕を組むアーロンの美しい指先を横目で見ながら、心の痛みと闘っていた。
そして二人に気づかれないよう――小さくため息をついた。
その姿を回廊の太い柱の陰から、ある人物が見ていたことを
――僕たちはまだ知らない。




