第36話 揺れる手の温度
「リオネル! リオンー!」
レオンハルトが戻ってきた。
「あー! パパだー!」
うたた寝していたはずなのに、リオンはすぐに反応して飛び起き、レオンハルトのもとへ走っていく。
僕も立ち上がり、リオンを追いかけた。
リオンを肩車したレオンハルトの近くに寄り、不安げに彼を見上げる。
「わーい! たかーい!」
レオンハルトの肩の上でリオンはご機嫌だ。
コマドリの砂糖細工を、ブンブンとしきりに振り回している。
「……大丈夫だった?」
レオンハルトは微笑んだ。
「もちろんだ。さあ、ピクニックを楽しもう」
「……っ!」
大きな手が僕の手をつかむ。
しかしその手は、わずかに冷たかった。
怖いことがあったのだろうか。
僕はレオンハルトの手をそっと握り返した。
三人で草原を歩き出す。
「レオンハルト・ヴァルター監査官ではないですか。そちらは婚約者の方……ではないですな」
突然声をかけられ、びっくりする。
あわてて手を離そうとするが、レオンハルトに阻止された。
さらに深く握り込まれる。
「婚約者のアーロンは池の向こうを散歩していますよ。こちらの彼女は、いわゆる……アルファの特性です」
「おおっ、そうでしたか。私も若い頃は……失礼。ピクニックをお楽しみください」
初老の男は帽子を軽く下げ、スタスタと去っていった。
「あの男、失言を……彼の奥方が一緒でなくてよかったな。リオネル、心配する必要はない。彼はセラフィオンでほんの一時期、一緒に仕事をしていた相手だ。首都にいたから、アルファにはよくあることだと理解している。婚約者や奥方以外の……」
レオンハルトと男の会話の意味をすぐに察した。
アルファは何人、番を持とうと自由だ。こういう公の場にも平気で連れてくる。婚約者や妻がいようとおかまいなしだ。
貴族のたしなみだとも言われている。
「そうだね。この社会はアルファに、とても都合よくできている」
「私の目標は、差別のない世の中だ。だから役人になった」
「レオンハルト……」
ハシバミ色の瞳が僕をじっと見据える。
ドキドキしながら、僕はレオンハルトの瞳に釘付けになった。
カーヴェル副院長とはどういう関係なの?
アーロンとは、僕と事故番になる前から……?
訊きたいことがいっぱいある。
チュリー、チュルチュル、チュリリリ、チュリチュリ――。
「コマドリーっ!」
青空に響くコマドリの声。
ハシバミ色の髪の上で笑うリオン。
僕はどうして、ここにいるんだろう。
愛するレオンハルトのそばに、いつまでも。
苦しいだけなのに――。




