第34話 北方領ノルディアの空虚
レオンハルトは無言のまま、軍司令部の奥にある倉庫へ向かった。
散歩の途中で道を間違えた、ピクニックに参加している酔っ払いを装いながら。
しかし、警戒は怠らない。
鎧の継ぎ目、武器の数と手入れの具合、馬小屋の飼料――横目で密かに視界に入るものを観察する。
そのどれもが、四年前の財務監査報告書の数字と一致していなかった。
レオンハルトは小さく息を吐く。
「……やはり、おかしい」
倉庫に到着すると、鍵は腐食して壊れていた。
「不用心だな……あっ!」
扉を開けると、中はもぬけの殻だった。
「どういうことだ? 毎年の監査はどうやってすり抜けた?」
何度も首をひねる。
今日はピクニックで警備が手薄なのだろうと思っていたが、そもそも守るべき物品が倉庫の中にひとつもないため、見張りがいないだけのようだ。
「北方領ノルディアは戦闘能力ゼロ……いつからだ? まさか四年前から?
しかし……四年前にヴォルン院長が赴任した。首都セラフィオンの元軍務省監査官院長だった彼が、このような不正を見逃すだろうか」
レオンハルトの背筋を、冷たいものが滑り落ちていった。
***
「おや、裏のピクニックに参加されている方ですか? 帰り道にお困りですか」
倉庫から戻る途中、兵士が声をかけてきた。
レオンハルトは微笑み、自然に話を合わせる。
「ああ。家族と一緒に来ている。ピクニック会場へ案内してもらえると助かるのだが」
「もちろんです。ご案内いたします」
「実は……迷い込んで奥の様子を見てしまったのだが……最近、補給は足りていますか?」
兵士は一瞬だけ目を泳がせた。
「え、ええ……まあ、その……あなたは政府関係者ですか」
「監査官です。鎧の修繕が追いついていないようですね」
「そ、それは……」
兵士の声が震える。
「おかしいな。四年前までは大がかりな予算が組まれていたはずなのに……私は聖騎士候補生だったのでわかる。あの装備では訓練も大変だろう。無理をしないように」
それ以上は追及せず、レオンハルトはただ静かに微笑んだ。
「は、はい」
兵士は安堵の息を漏らした。
だが、その態度こそが“答え”だった。
兵士たちは皆、軍備が整っていないことを口止めされている。
それはすなわち、上層部が関与しているという証拠にほかならない。
「…………」
不正は不正を呼ぶ。
いや、悪事を働くのは常にトップにいる人間だ。
レオンハルトの胸中が、不穏な推理に支配されていった。




