第31話 甘い記憶と揺れる心
「ひさびさに食べたが、ここのベリースープは実にうまい。蜂蜜酒も最高だ。メアリーにリンゴの焼き菓子を買っていってやろう」
結局、僕とレオンハルトの食事にアーロンも加わった。
彼は終始ごきげんで、やたらとメアリーの話をしていた。
だけど僕はメアリーとあまり親しくない。メアリーは下働きだったし、ベータだからだ。
僕のそばには、いつもオメガの従業員しかいなかった。
それにしてもアーロンは、婚約者の元妻が同席していても、まったく気にならないようだ。
レオンハルトも同じだ。アーロンに悪いと思わないのだろうか。
「リオネル、リオンたちにもリンゴのケーキを持ち帰ろう」
「レオンハルト、でも……子どもたちに甘い物ばかりあげては」
「では、ドライフルーツがたっぷり入ったデザートパンを焼いてもらおう」
「そんな贅沢……リオンが毎回、期待しちゃうよ」
「そうか……しかし私は、リオネルたちに甘い食べ物を口にしてほしいんだ。大好きだったろ?」
「うん。だけど、今は立場が違うから」
「だったら……リオンに内緒でいっぱい食べよう! ほら、私の分もホイップクリームをお食べ」
「んんっ……うぅ、むぎゅっ」
レオンハルトが、自分のスプーンに真っ白なクリームをたっぷり盛って、僕の口に突っ込んだ。
食堂で、こんなはしたないことをするなんて。抗議しようと思ったけれど――。
「……おいしい」
「だろ? リオネルにまた……コマドリや城の砂糖細工を見せてあげたい。今度はコマドリの大群を作ってもらおう。リオンには、マジパン細工でいろいろな動物を再現してあげたい。大喜びだろうなぁ」
「コマドリ……」
僕はふいに、婚約式を思い出した。
ピンク色のドレスで踊ったファーストダンス。
レオンハルトから差し出されたコリアンダーのハーブウォーターには、はちみつがたっぷり入っていた。
そして――色とりどりの豪華なデザート。
たっぷりのフルーツとクリームで彩られたタルトやフラン、パイやケーキ。
マジパンと高価なスパイス菓子パンで再現された首都セラフィオンの全景。
その中央に君臨する、砂糖菓子で作られた白い城とコマドリ。
お姫さまになった気分だった。
だけど、そのどれもが、幻のように消えてしまった――。
「いいよなぁ……そうだ! おれもメアリーに洋ナシのタルトやフランを焼いてもらおう」
僕たちを見ていたアーロンが口を開いた。
「えっ? 洋ナシ? メアリーは洋ナシの菓子が得意なのか? 僕は洋ナシのカスタードタルトが大好きなんだ。じゃあ、あれは……メアリーが作ったタルトだったんだ」
「おっ、リオネルの好物はメアリーのデザートだったのか? 帰ったら、さっそく教えてやらなくちゃ。憧れのリオネルの好物を自分が作っていたと知ったら……大喜びだろうな。おっといけない。メアリーはカーヴェル副院長のところにいるんだっけ。じゃあ、帰りに寄っていくか」
アーロンはいそいそと帰り支度を始めた。
「では、僕たちも」
僕も一緒に立ち上がろうとした。
「私たちはもう少し、ここにいよう。まだリンゴのケーキが残っているぞ」
レオンハルトにとめられた。
「そんなにたくさんは……」
「食べられるだろう? 四年前のリオネルなら、全部たいらげた」
「レオンハルト……」
レオンハルトの真剣なまなざしに、僕はもういちど席に着き、リンゴのコンポートがたっぷり入った甘いケーキにぱくついた。
アーロンが帰ったあとも僕たちはデザートを食べ続けたけれど、やっぱり多すぎて残してしまった。
レオンハルトが孤児院に持って帰ることになった。
「明日のピクニックに持っていくために、食事とデザートを頼んでおいた。それも一緒に持ち帰ろう」
「ピクニック……に行くの?」
六年前、義父母と一緒に参加したピクニックを思い出した。
レオンハルトがやけに僕の前に立ちたがり、散策させてもらえなかった。家にいるより自由がきかなくて、やきもきした。
僕の手をしっかり握ってくれた、あたたかい大きな手――。
とても楽しい思い出だ。
僕の人生の中で、今もキラキラと輝いている。
明るい自然の風景とともに――。
レオンハルトのとなりにいると、いつも胸がドキドキした。
今もそれは変わらないけれど、悪いことだと感じている。
ピクニックは婚約者のアーロンと参加するのだろうか。
僕はそのお供?
「今夜は教会に泊まる。ピクニック会場はそっちのほうが近いからな。少し早く出発しよう。リオンは早起きできるかな」
「リオン? リオンも連れていくの? なんで?」
「リオネルも一緒だ。ピクニックは家族連れで参加するのが普通だからな」
「僕らは……家族じゃないでしょ」
レオンハルトの思いがけない発言に、僕は焦ってしまう。
「リオネル……これは仕事だ。明日開かれるピクニック会場が、軍の本部のそばなんだ。ピクニックに紛れて軍の装備を点検にいく」
急に真顔になるレオンハルト。
ハシバミ色の瞳が真剣味を帯びる。
「ぇっ……仕事?」
「ああ。リオネルは私の助手だろ。明日のピクニックで家族のフリをする。その合間に、例の四年前の財務監査報告書に記載されていた軍備費用の増額について調査する」
「ど、どうやって? リオンを危ない目に遭わせるわけには」
「大丈夫だ。私が一人で行く。君たちはピクニックをたのしんでくれ」
「だけど、知らない場所でピクニックだなんて……本物の家族じゃないって、バレるに決まってます」
「アーロンやカーヴェル副院長がいるから、ごまかしてもらえる。それに、知らない人たちばかりのほうが、気を使わずに遊べるぞ。明日は一日、晴れのようだ。リオネルとリオンは、ピクニックを満喫してくれ」
「このような調査をくり返すのですか」
「教会への献金の額を見ただろ? ほとんどが北方領ノルディアの教会名だ。しかも匿名の人物や団体からだ。そちらも同じように調査に出掛ける」
「……っ!」
なんということだ。
断れなかったとはいえ、安易に引き受けてしまったレオンハルト監査官の助手の仕事――。
それがのちに、僕とリオンの運命を大きく変えることになるなんて。




