第28話 記憶された真実
足が震える。手もだ。唇まで震えて、言葉が出てこない。
ショックのせいなのか、怒りなのか、それとも――悲しみ?
「リオネル……彼が、私の婚約者アーロン・フェルステッドだ。本当は、あとでゆっくり紹介するつもりだったのに」
レオンハルトは僕をしっかり抱きしめ、申し訳なさそうに謝った。
婚約者の前でこんなこと……。
だけど僕には、彼の腕を振り払う気力すら残っていなかった。胸の奥が一瞬で疲弊してしまったのだ。
「レオンハルト、すまない。緊急事態だったので私が呼んだ。彼は今、ノルディアで一番の魔法使いだ。君と一緒に赴任してもらってよかった。アーロン、魔法をかけた人物はわかったか?」
「隣の部屋で集中してみましたが、まったくわかりません。とても長い時間を要して魔術をほどこしたからだと推察されます。それよりも、報告書にかけられた魔法自体を解いてしまう方が早いです。しかし……かなり時間がかかります。おそらく1年は必要です」
「そんなにかかるのか……誰にも見つからないよう、わざと重要ではない資料の中に紛れ込ませておいたのに」
「高度な魔法は、かけた本人を特定できないと解けない仕組みです」
「昨日、リオネルと見たときは改ざんされていませんでした」
レオンハルトが会話に加わる。
「レオンハルト、資料庫に入ったのか? 何か気づかなかったのか」
ヴォルン院長が焦った声で尋ねる。
「いいえ。怪しい気配はまったくありませんでした。あの部屋に重要な書類はありませんし、鍵もない。誰でも入れますが、資料庫に行くには複雑な迷路があります。今のところ、入れるのはヴォルン院長と私だけです」
「しかし……代々の院長は知っている。もし彼らが、誰かに教えていたとしたら……魔法をかけた人物の特定はたいへん困難だ」
「ヴォルン院長、迷路がそんなに巧妙なら、遠隔魔法が使われたのではないですか」
アーロンが発言した。
「そうかもしれない……だったらなおさら、魔法をかけた人物の特定は難しくなるな」
「困りましたね。あの資料をもとに、ノルディア各地へ調査に向かう予定だったのに」
レオンハルトが絶望的な顔で言った。
「あとは……首都セラフィオンに保管されている、代筆人に作成させた四年前の財務の監査報告書の偽物を見ないことには……しかし、持ち出しは困難だ。グレイヴ院長の管理下にあるからな」
ヴォルン院長が眉間に深いシワを寄せながらつぶやく。
レオンハルトの顔色は真っ青だ。
アーロンは両手を広げ、天を仰いだまま動かない。
「あの……僕の父上が書き込んだ数値と、あとから書き加えられた数字を知りたいのですか?」
おずおずと口を開く。
「えっ? リオネル……なにか良いアイデアが?」
「光の君はルクス神学院で、この天才魔法使いのおれが、筆記試験の魔法問題だけは勝てなかった秀才だよな。秘策があるのか?」
「光の君?」
「リオネルのルクス神学院でのあだ名だ」
レオンハルトが小さく補足する。
僕にそんな陰の名前が?
「リオネル、教えてくれ。このままでは皆の努力が水の泡だ。私たちの父上の仇をどうしても討ちたい!」
レオンハルトが懇願してくる。
僕の発言に、皆の視線が集中している。
「あの……僕は魔法使いではないので魔法を解くことはできませんが……数値なら全部、記憶しています。それでよければ……」
「ええーっ!」
アーロンが奇声を発する。
「リオネル、それは本当か!」
ハシバミ色の瞳を輝かせ、僕の手をにぎりしめるレオンハルト。
「そんなことが……?」
ヴォルン院長が信じられないという顔で僕を見る。
「はい……」
驚く男たち。
場の空気が一瞬で明るくなった。
気がつくと、僕の体の震えも緊張もすっかり消えていた。
彼らの役に立ちたい。父上たちの汚名を晴らしたい。
その想いが、胸の奥で強く燃え上がっていた。




