第21話 資料庫に眠る真実
ノルディア領主アーヴィン・ロウとの挨拶を終え、部屋を出た瞬間、僕は深く息を吐いた。
冷たい空気が肺に入り、胸の奥がじんと痛む。
レオンハルトはリオンを抱いたまま、無言で歩き出した。
その背中はいつも通りまっすぐなのに、どこか張りつめている。
「……レオンハルト」
声をかけると、彼は足を止めずに答えた。
「大丈夫だ。気にするな」
その声は穏やかだが、どこか遠い。
僕はその横顔を見つめながら、胸のざわつきを抑えられなかった。
階段を降りる途中、レオンハルトがふと立ち止まった。
「リオネル。少し寄りたい場所がある」
「寄りたい場所……?」
「監査院の資料庫だ。
四年前の事件に関する記録が、そこにある」
首都セラフィオンの事件の資料が、なぜ北方領ノルディアに――?
疑問とともに胸が跳ねた。
「……見てもいいのですか」
「君にも知る権利がある」
その言葉に、僕は息を呑んだ。
***
レオンハルトはリオンを抱いたまま、僕を建物の地下にある資料庫へと導いた。地下の通路はなぜか迷路のようになっていた。レオンハルトがいないと、帰り路がまったくわからない。それぐらい複雑だった。
重い扉を開けると、冷気と古い紙の匂いが押し寄せる。
薄暗い部屋の中、棚には古い帳簿や報告書がぎっしりと並んでいた。
レオンハルトはリオンを椅子に座らせ、棚から冊子を取り出すと、僕に手招きした。
「これを見てくれ」
差し出されたのは、四年前の財務の監査報告書。
指先が震える。
「ヴォルン院長が首都セラフィオンから持ち出してくれた証拠品だ。複製品を作り、この本物の冊子と交換してきたそうだ。
だが――おかしい」
レオンハルトはページを開き、ある箇所を指さした。
「ここを見ろ。
“北方領ノルディアへの軍備費の増額”とある。
だが、当時ノルディアは戦備の必要がなかったはずだ」
「……確かに」
「さらに――」
レオンハルトは別のページを開いた。
「同じ時期に、教会への献金が異常に増えている。
しかも、献金の出所が“匿名”になっている」
僕は息を呑んだ。
「匿名? そんなこと、許されるのですか」
「本来は許されない。
これは……リオネルの父上が断罪される直前に承認されたものだ」
「ぇ……っ!」
レオンハルトは静かに言った。
僕の心臓が跳ね上がった。
「リオネル。
君の父上は――“金を動かした側”ではなく、“金の流れに気づいた側”だった可能性が高い」
頭が真っ白になった。
「……そんな……」
「まだ断定はできない。だが――」
レオンハルトは帳簿の端を指でなぞった。
「この帳簿はところどころ“書き換えられている”。
インクの色が微妙に違う。
しかも、書き換えた人物の筆跡は……」
彼は言葉を切った。
次々とページをめくり、おかしな箇所を指し示す。
「……誰の筆跡なのですか」
レオンハルトはゆっくりと僕を見た。
「末の王太子派の官僚――首都セラフィオンの王国監査院院長、エルンスト・グレイヴのものだ。
四年前、君の父上を告発した中心人物だ」
僕の心臓が強く脈打った。
「つまり……父は、冤罪だった……?」
レオンハルトは答えなかった。
ただ、静かに僕の肩に手を置いた。
「エルンスト・グレイヴは清廉潔白で有名な人物だ。信じがたい証拠……だからこそ、真実は、もっと深いところにある。
だが――必ず辿り着く」
僕たちの異様な雰囲気に何か感じたのか、リオンが小さく震えながら僕の手を握った。
「リオネル……?」
「リオン……大丈夫だよ」
僕はリオンの手を握り返しながら、暗闇を見つめた。
四年前の事件は――
まだ終わっていない。
むしろ、今まさに“動き出した”のだ。




