第2話 ルクス神学院
愛するイェスよ、幼子と共に――
首都セラフィオンの中央に建つルクス神学院の朝は、讃美歌とともに始まる。
この時間だけは、アルファとオメガが同じ空間にいられる。
「……いた」
僕の視線は、ただ一点に釘づけだ。
僕だけではない。学院の生徒全員が、彼の一挙手一投足に見惚れている。
レオンハルト・ヴァルター――ルクス神学院始まって以来の優秀な生徒。
聖騎士志望で、僕と同い年のアルファ。
ハシバミ色の髪と瞳を持つ、端正で凛々しい美丈夫だ。
麗しい彼の姿を、朝陽に透ける赤や緑の色とりどりのステンドグラスが照らしだす。
神々しい姿が浮かび上がっている。
ルクス神学院の生徒は名前しか名乗らない。
だから互いの素性を知らない。
しかしレオンハルトは、地下室で暮らしていた僕でも知っているほどの有名人だ。
名門ヴァルター公爵家の嫡男で、幼い頃から聡明。完璧な容姿と天才的な剣の腕をあわせもつ。
ルミナリア王国で彼を知らない者はいない。
その彼が、生涯独身の聖騎士としてルクス神学院に進学した。
初日から注目の的だった。
降るような縁談を断るため、一時的に聖騎士の道を選んだとも言われている。
きりりと上がったハシバミ色の眉が、周囲を寄せ付けない重厚な雰囲気を作っていた。
レオンハルトは聖騎士らしく、あまり言葉を発しない。
だが、ひとたび人前で弁をふるえば、凛とした麗しい声音に誰もが釘づけになる。
どこまでも、素晴らしい男子だ。
だけど、勉学と家柄だけなら、僕も負けていない。
レオンハルトを上回る成績を何度もおさめている。
それが悪かったのだろう。
『オメガの分際で! 不正をしているに決まってる』
『あの妖艶な容姿で、学院の教師を惑わしているに違いない』
そんな不穏なうわさが、ときどき僕の耳に届く。
僕も別の意味で、ルクス神学院の有名人だった。
直接的ないじめはないが、エリートが集うこの学院で、僕は異質な存在だ。
オメガで、成績は常にトップ。
なのに、おどおどしている。無愛想。暗い。ノリが悪い。
だから無視の対象としてちょうどよかった。
僕の評判は学院内で地の底を這っている。
だけど、本当の地下室に住むよりはマシだ――そう自分を慰めていた。
だから、初恋のレオンハルトを遠くからこっそり見ることだけが、僕の癒しであり喜びだった。
ルクス神学院の入学式で、新入生代表として挨拶をしたレオンハルトに、僕はひとめぼれした。
それ以来、他の生徒と同じく、彼から目が離せない。
行政官志望の者たちと違い、僕たち神官見習いは、聖騎士見習いと同じく結婚を前提としない。
だが、今はまだ見習いだ。オメガの生徒は発情期が来たとき、結婚したい者は退学する。
退学したくなければ、抑制剤を飲みながら神官になる。
オメガの地位は極端に低い。
行政官や聖騎士にはなれず、神官になっても地方の教会で細々と暮らすことになる。
学院でもオメガは別棟で生活し、授業も分けられている。
オメガにとって最も良いのは政略結婚だ。
しかし、オメガを蔑むアルファが多いため、結婚してからが難しい。
「我が家のようになったら、おしまいだ」
僕の腹違いの妹たちは皆ベータだった。
それでもオメガよりはずっと良いと、別れ際に継母は僕を嘲笑った。
僕の出発も待たずに閉じられた正門の音を背に、どちらが閉じ込められているのか――そう思うと悲しくなった。
だから僕は結婚に夢を持っていない。むしろ悪夢の始まりだ。
今のように、社会の片隅でひっそりと生きていけばいい。
エリートだらけの学院内で、僕は小さくなって生きていた。




