第1話 つらい記憶
ヒュッ…パシッ
「ううぅ……」
か弱い女が振るったムチの先でも、子供だった僕の背中の肉を裂くのは容易だった。
「あんたはほんとに……可愛げがないったら! 気味の悪い容姿をして!」
「うぅっ……くぅ……」
「いいわね。旦那さまに告げ口したら……井戸に埋めてやる!」
「……っ!」
バタン、と地下室の扉が閉まる。
九歳のときに嫁いできた継母から受けた虐待の傷は、僕の心と体に深く刻み込まれた。
***
カチャン。
従業員が笑いながら、僕の前に皿を置いた。
「…………」
水だけのスープ。カビだらけの固いパン。
幼い継妹たちの着古した服を繋ぎ合わせたスモッグ。
地下室の冷たい床。
僕に与えられたものは、それだけだった。
母上が流行り病で亡くなるまで、蝶よ花よと愛でられた公爵家の嫡男である僕。
そのすべてを奪った継母には女子しか生まれず、自分もいずれ男子を産むと信じて疑わなかった。
「リオネルのせいよ! 先妻の呪いだわ!」
「違う。亡くなった妻は天使だった。月の雫で染めたような銀色の髪、湖のような水色の瞳、粉雪のような白い肌……元妻にそっくりな、妖精のように美しいリオネルを産んだ」
「そのリオネルのせいで先妻は死んだのよね」
「……産後の肥立ちが」
「やっぱり、あの、役立たずな息子のせいじゃないの!」
政略結婚で再婚した二人は、結婚当初から異常なほど仲が悪かった。
顔を合わせれば、いつも罵り合っていた。
継母が二番目の継妹を身ごもったころから、父上は屋敷に寄りつかなくなった。
継母の不満のはけ口は、すべて僕に向けられた。
「おまえなんか、おまえなんかーっ……生きる価値などない!」
バシン!
ボスッ――!
「ううっ……ぁぁ……」
凍りつく静けさと悲しみが支配する恐怖の時間。
声を出すことは許されない。
窒息するような圧迫と震え。
血の気が引いた全身から、あらゆる感情が消えていく。
骨と皮だけになって地下に転がる僕が死ななかったのは、老婆のように痩せた継母の力が、男のそれより弱かったからだろう。
従業員たちからも嫌がらせや暴力を受けていた僕に、十二歳のとき転機が訪れた。
オメガバース性の選別技術が発達し、僕がオメガであることが判明したのだ。
通常なら、最下層とされるオメガであることに誇りを持つ男はいない。
しかし僕は違った。
“これでやっと、屋敷から出られる。教育が受けられる”
その想いに、僕は歓喜した。




