第18話 北方別院の扉が開くとき
「わああ……」
「リオン、驚いたか? きれいな造りだろう。ルミナリア王国最古の建物だぞ」
「ここが……」
僕はレオンハルトに連れられ、北方領ノルディアの中心に位置する王国監査別院の前に立っていた。
基本的に教会の外に出ることはないから、ここを訪れるのは初めてだ。
北の僻地に建つ役所にしてはあまりに巨大な石造りの建物を前に、僕は思わず気圧されてしまう。
レオンハルトは、この巨大な組織の中で――いったい何を始めるつもりなのだろう。
ぎゅっと、最愛の息子の手を握りしめた。
キョトンとした顔で僕を見上げるリオン。
「リオン、抱いていってやろう。君たちを、皆に紹介するよ」
「……はい」
結局、リオンをここまで連れてくることになった。
僕たちの外出を許可しながら、神父さまは言った。
“これも運命だ。神さまがリオンを父親と引き合わせたに違いない”と――。
僕も運命に身をゆだねることにした。
人間は結局、生まれ持った定めから逃げられないと悟ったからだ。
***
わあああーっ。
王国監査院別院のレオンハルトの部署に入った途端、歓声が上がった。
「あ、あのっ……」
人が多い場所は慣れない。
ましてや、知らない大勢の大人たちの中だ。
僕は自然とレオンハルトの後ろに隠れてしまう。
「静かにしてくれ。私の後ろにいるのが、新しい助手のリオネルだ。リオネル、さっそく仕事に……」
「かわいいー! 君はいくつなの?」
「君じゃないよ。リオンだ! 三つだ」
「三つ? しっかりしてるな。レオンハルトに似てる。おまえの隠し子か?」
部署内がどっと湧いた。
冗談じゃない。嘘から出た誠なんてもんじゃない。
真実を言い当てられ、僕の心臓はドキドキと落ち着かない。
四年ぶりにレオンハルトと一緒にいるだけでも緊張しているのに。
「リ、リオン! 皆のお仕事の邪魔をしてはいけないよ」
僕はレオンハルトの後ろから手を伸ばし、彼の腕からリオンを抱き取った。
「おや? あなたは……」
「そうだ! レオンハルトの奥様では?」
嘘だろう。僕を知っている人がいた。
なぜ?
そうか。僕はレオンハルトの両親に連れられ、社交の場に出ていた。
顔を知られていて当然だ。
しばらく部署内は僕の話題で持ちきりになった。
やたらと「お美しい」「ルクス神学院の天才児だった」などと持ち上げてくれるが――
だとしたら、僕が汚職事件で断罪されたアルヴィオン公爵の嫡男だということも、よくわかっているはずだ。
恐縮した僕は、リオンをぎゅっと抱きしめたまま固まってしまう。
「リオネルの話題はもういい。優秀だから私の助手にした。彼は見ての通り神父見習いだ。安易に近づかないように。この子供はリオン。孤児院の子だ。ちなみに私とはなんの関係もない。彼のようにかわいくて聡い孤児たちが貧困に苦しんでいる。特にここ北方領ノルディアは、子供に対する教育も保護も遅れている。王国監査院の上層部に訴えようと思う」
部屋中に歓声と拍手が鳴り響く。
二年も見習いとしてここにいたとはいえ、赴任したばかりのレオンハルトに皆がすでに信頼を寄せている。
そうだった。
元夫は、どこに行っても注目され、初対面の人をも魅了する――そんなカリスマ性を持つ人物なのだ。
「レオンハルト、抱っこ」
「おお、リオン。そうだな。私が抱いていこう」
「わーい!」
僕の腕の中から、レオンハルトに再び抱き上げられるリオン。
彼もすっかり、その魅力にやられてしまったようだ。
それとも――実の父親だと、本能でわかっているのだろうか。
「リオネル、こういう場所は不慣れで居心地が悪いだろうが、もう少しの辛抱だ。上層部に挨拶をしないとな。こっちだ」
「はい……」
リオンを抱いたまま廊下に出て、階段へ向かって歩き出すレオンハルト。
神父見習いのマントを羽織ったまま僕は、静かにその後を追った。




