第16話 監査官の訪問と暴かれる秘密
「待たせたな。神父さまは、まだミサの最中だ。抜けてきた」
「そう……ですか」
レオンハルトが孤児院にやってきた。
念のため、リオンには僕の部屋で待っていてもらった。
「ここが……リオネルが四年間、暮らしてきた仕事場か」
レオンハルトは孤児院や教会、庭を丁寧に見て回った。
僕は軽く説明を加えながら案内をする。
彼が子どもたちを注意深く観察するようすはなく、僕は胸をなでおろした。
「子どもはこれで全部か」
「……風邪を引いている子だけ、別室に寝かせています」
「リオネルの部屋が見たい」
「な、なんのためですか。散らかっているので!」
「君が散らかすわけないだろ? 監査の一環だ。リオネルはアルヴィオン家の嫡男だったからな」
「はい……」
なんだ、そういうことか。
首都セラフィオンから遠く離れた北方領ノルディアに流された僕だが、父は重罪人だ。
“引き続き見張れ”というお達しが、元夫であるレオンハルトに下ったのだろう。
異例の命だが、それだけ彼が国王から厚い信頼を得ている証拠だ。
この四年間で、彼は持って生まれた実力を存分に発揮したに違いない。
レオンハルトの父は失脚した元宰相だ。その息子が国の中枢で監査官を務めるのは本来ならおかしい。
だが、彼は北方領ノルディアで監査官見習いだったころ、史上例のない優秀な実績を残した。その噂は首都にまで届いていた。
王室は彼を逃すには惜しいと判断し、王国監査院に迎え入れたのだろう。
そして今、さらなる信任を与えるために僕の元へ来た――そう考えるのが自然だ。
この役目を立派に果たせば、首都でのさらなる出世が待っているに違いない。
しかし、だからといって今、僕の部屋を見せるのは自殺行為だ。
リオンがいる。
「あの……それでしたら、少し待ってください。片づけてから! 五分、ください」
その間にリオンを孤児院へ移すつもりだった。
「その五分を与えないのが監査官だ。一緒に行こう。隠すものなどあるまい?」
「……っ!」
レオンハルトの有無を言わせない態度に、なすすべがなかった。
彼はこんなに強引だっただろうか。
たった二年、それも三か月に一度、興奮しきった状態でしか会ったことのない相手だ。
僕はきっと、真実の元夫の姿を知らない。
“新しいレオンハルト”に戸惑いながら、僕は仕方なく教会奥の自室へ案内した。
コンコン――。
「自分の部屋に入るのに、いちいちノックするのか」
「あ、あの……」
しまった。
でも、いきなり知らない男性が現れたら、リオンが驚いてしまう。
僕はそっと扉を開けた。
「ママー!」
リオンが飛び出してきた。
孤児院に寝床を移してからは“ママ”と呼んではいけないと言ってあるのに、油断したみたいだ。
「あ、あの……リオン! 僕はママじゃないでしょ」
「ぁっ……リ……リオネル」
抱きついたまま僕を見上げ、しまったという顔をするリオン。
その後ろに立つ大男――レオンハルトを見て、さらに目を丸くした。
「誰だ? リオネルに似ているが、親戚の子どもか?」
「う、ううん。孤児院の子だよ……ちょっと熱があったから。あっ、でも、もう大丈夫だね。リオン、孤児院に戻ろうか? お友達が待ってるよ」
僕はリオンを抱き上げ、レオンハルトから隠すようにしながら歩き出した。
「ちょっと待て。先にリオネルの部屋を視察する。坊主、待てるな?」
「坊主じゃない。リオンだ!」
「リオン……そんな言い方は」
僕は焦った。
いままでしたことのない、強い言い方だ。
レオンハルトを怒らせたら――。
「ハハハハッ! これは面白い! 坊主――じゃなかった、リオン! 気に入ったぞ。私に指図するとはな」
レオンハルトがリオンに興味を示した。
大きな手でリオンの頭をわしゃわしゃと撫でる。
リオンは嬉しそうにキャッキャと笑い、ついには僕の腕を離れてレオンハルトの胸に飛び込み、ふざけ始めた。
「リオン……レオンハルト……」
これはいったい……。
喜ぶべきなのか、焦るべきなのか。
僕は二人の様子を、無言で見つめるしかなかった。
「まだこの……砂糖菓子を持っていたのか」
「それ、僕のー!」
レオンハルトが床から拾い上げたコマドリの砂糖細工を、リオンが横取りする。
「えっ? この子は……リオネルにとって特別な子どもなのか」
レオンハルトが、コマドリを大事そうに抱きしめるリオンの顔をじっと見つめた。
リオンはレオンハルトにも似ている。まずい。
「あ、あのっ! 以前、この部屋で寝かせたとき、気に入ったので上げました。よろしかったでしょうか」
「かまわないよ。でも、リオネルがひどく気に入っていた品だから……」
「そ、そんなことよりも! もういいでしょう? 僕は亡き父上の関係者を一人も知りませんし、父上の不正もまったく知らなかった身です。それは裁判でも証明されているはずです。これ以上の詮索は……」
「リオネル、監査官である私の助手になってほしい。今日はその依頼で来た」
僕の話を遮り、レオンハルトが言った。
「な、なんですって」
思いがけない言葉に、僕は仰天した。




