第13話 ノルディアの冬、ひとつの奇跡
北方領ノルディアは、王国の中でも最も寒冷な地だ。
荒涼とした台地には、冬の気配がすでに満ちていた。
風は鋭く、空気は乾き、空はどこまでも白く曇っている。
「コマドリもいない……花も咲いていない」
その静けさは、まるで世界から色が消えたようだった。
そんな寂しい季節に、僕は移送された。
レオンハルトと過ごした、あのあたたかい家庭を知ってしまった僕にとってそこは――天国から地獄へ突き落とされたような場所だった。
子供時代の僕は、確かに地獄の底にいた。
けれど、あの頃の僕は“天国”を知らなかった。
比較対象があるときの地獄ほど、心を深く沈めるものはない。
「…………」
死んでしまおうかと、何度も思った。
けれど、胸の奥では復讐の炎が静かに燃え続けていた。
まさか、神の教えに反する“復讐”という醜い想いが、
僕の命をつなぎとめることになるとは――。
僕はルクス聖教会が運営する地元の教会に、神官見習いとして住み込むことになった。レオンハルトが付けた首の噛み痕は、見習いが着る服の高い襟元に隠された。
教会は石造りで、冬の風が吹くたびに軋む音がした。
そこには孤児院が併設されており、貴族のオメガが産み落とした子供たちが暮らしていた。
僕の仕事は、主にその子供たちの世話と躾だった。
虐待されて育った僕が、子供の躾をするなんて――。
皮肉な役目だと思った。
けれど、不幸のどん底にいる僕には、むしろ“救い”だった。
子供たちの明るい瞳を見ていると、時間を忘れた。
彼らの境遇を思えば、愚痴など言っていられない。
神への奉仕。
子供たちの世話と教育。
そして、僕たちをこんな境遇に追いやった“見えない敵”への復讐心。
いまだ消えぬ、レオンハルトへの深い愛情。
それらすべてが、僕の命を支えていた。
ノルディアで迎えた初めての冬は、想像以上に厳しかった。
夜になると、風が壁を叩き、窓枠が震えた。
外に出れば、息はすぐに白く凍りつく。
「レオンハルトも、この寒さに耐えながら……僕の元へ通ってきてくれていたんだ」
つらくないと言えば嘘になる。
環境の激変は、僕に死ぬほどの苦痛を与えた。
それでも、歯を食いしばって生きた。
そんなある日――
神は、思いがけない“授かりもの”を僕に与えた。
「僕が……本当に?」
レオンハルトの子を、僕は身ごもっていた。




