第12話 奪われた家門、燃える復讐の誓い
あっという間に二年が過ぎた。
レオンハルトは規則正しく三か月ごとに帰宅し、ともに発情期を過ごした。季節ごとの行事も一緒に楽しみ、僕は貴族社会の慣習にもすっかり慣れて、首都セラフィオンの一員として充実した日々を送っていた。
――ただ、その平穏は、どこか薄い膜の上に成り立っていたようだ。
王都では、ここ数か月、妙な噂が絶えなかった。
「王太子派が勢力を伸ばしている。宰相派は押され気味だ」
「貴族たちが分裂している。秘密裏に王家が捜査を行っているそうだ」
「武器や物資の横流し、賄賂が横行している。トップの官僚が関与しているらしい」
そんな声が、街角やサロンでひそひそと交わされていた。
僕の父上――アルヴィオン公爵は冷徹な判断を下すことはあっても、不正を嫌う、任務には誠実な人だった。
だからこそ、急進的な改革には慎重で、王太子派とは距離を置いていた。
その頃からだ。
屋敷の周囲に、王宮の紋章をつけた兵士が立つようになったのは。
「治安維持のためだ」と説明されたが、彼らの視線は明らかに“監視”だった。義父上の執務室に届く書簡は減り、逆に王宮からの使者は増えた。
義父上は何度か「妙だな……」とつぶやいていたが、詳しくは語らなかった。
レオンハルトからの手紙も、どこか焦りを帯びていた。
『二年の見習い期間が過ぎたのに、王命で帰還が遅れている。状況が落ち着くまで、どうか気をつけてほしい』
その一文が、胸に刺さったまま抜けなかった。
そして――。
『財務総監アルヴィオン公爵を汚職の罪により極刑とする。一族郎党は流刑とする。宰相ヴァルター公爵は責任を取り辞職、地方へ移転させる』
王室からの通達は、あまりにも突然だった。
「そんなばかな! レオンハルトにすぐ連絡しろ。私は抗議に向かう」
「あなた……!」
「義父上……」
義父上の必死の抗弁もむなしく、すべてはレオンハルト不在の間に終わった。
僕の実父リオネル・アルヴィオン公爵は、まともな取り調べもされず、まるで“処刑ありき”のように――あっけなく命を奪われた。
葬儀だけは許されたが、母上と同じ墓地への埋葬は拒まれた。
まるで、父上の存在そのものを歴史から消し去ろうとしているかのようだった。
「ううっ……なぜ、こんなことに……。冷酷なところはあっても、父上は不正を働くような人間では決してないのに」
しかも、レオンハルトの家門にまで累が及んでいる。
これは明らかに、誰かが仕組んだ“粛清”だ。
「絶対に……許せない」
胸の奥で、何かが静かに軋んだ。
祈りで癒すことしか知らなかった僕の中に、初めて“黒い熱”が生まれた。
赦しを教えられてきたはずの手が震え、胸の奥で神への誓いが崩れていくのがわかる。
父上の無念、義父母の涙、レオンハルトの不在を狙った卑劣さ――。
すべてを思い返すたび、喉の奥からこみ上げるものは祈りではなく怒りだった。
僕は、姿の見えない敵に復讐を誓った。
赦しを捨ててでも真実を暴き、奪われたものを絶対に取り戻したい。
***
「リオネル……何もできない私たちを許しておくれ。私たちは政府の管理下に置かれ、すべて見張られている」
「リオネルちゃん……」
「義父上……義母上……うぅっ……」
父上の葬儀が終わった翌日、優しい義父母との別れが訪れた。
彼らの屋敷には監視兵が常駐していた。
義父上は「大丈夫だ」と微笑んだが、その目は明らかに怯えていた。
僕は義母上と抱き合い、涙を流した。
自分のことより、彼らの行く末のほうが心配だった。
生活の保障こそあるが、見知らぬ土地で監視の目に囲まれながら、どうやって暮らしていくのだろう。
「リオネルちゃん……おたがい、がんばりましょうね」
「ぅぅっ……うぅっ……」
僕は泣くことしかできなかった。
荷物はカバン一つだけしか許されず、僕はそこにコマドリの砂糖菓子をそっと忍ばせた。
その直後だった。
「王命により、レオンハルト殿との婚姻は無効とする。
双方の安全のため、離縁を命ずる」
冷たい声で読み上げられた文書に、
僕は息を呑んだ。
「そ、そんな……! レオンハルトも僕も関係ないのに……!」
抗議の声は無視され、
僕はレオンハルトの“元妻”として、彼が滞在していた北方領ノルディアへ移送されることになった。
夫レオンハルトが帰郷する前に、
すべてが奪われた。
レオンハルトの帰郷を待つことは許されず、僕はノルディアへ馬車で移送された。
“保護”という名目だったが、馬車の外には常に兵士が付き、逃げ道はどこにもなかった。
――これは追放ではない。
――監禁に近い。
そう悟った瞬間、背筋が震えた。




