第11話 レオンハルトの不在と、満ちていく日々
レオンハルトがいない寂しさは、彼の両親が埋めてくれた。
「リオネルちゃん、もっと食べないとダメよ。川向こうに新しいデザートパンのお店ができたそうなの。行ってみましょう」
「リオネルは総代だったのだから、本来なら大学か、レオンハルトのように行政官の勉強をすべきだ。博物館や資料館へ通って学問を深めないともったいない。法律や政治を学ぶことも大切だぞ」
ヴァルター公爵夫妻は明るく、とても気さくな人たちだ。
僕を実の息子――いや、娘のようにかわいがり、さまざまな場所へ連れ出してくれた。
ルミナリア王国の首都セラフィオンで生まれ育ったにもかかわらず、僕が知っていたのは狭い地下室だけ。
都会の楽しみを知らなすぎた僕を、義母は毎日のように食事やお茶に連れ出し、義父はそのついでに博物館や図書館、庁舎まで案内してくれた。
甘いお菓子や未知の知識に囲まれ、僕の生活はどんどん充実していった。
「ああ、たのしい。こんなにしあわせで……いいのかな。もちろん、レオンハルトには会いたいけど」
レオンハルトはときどき手紙を寄越した。
そこには、都会がいかに危険で恐ろしい場所なのか、そして僕がどれほど無防備で危ない状態なのかが、延々と書かれていた。
「え〜、そうかなあ? みんな親切だし、デザートはおいしいし、花はきれいだし、噴水広場も……あ、そうだ。今度ピクニックに連れていってもらえるんだ。郊外に行くなんて初めてだよ。なに着ていこうかなあ。帽子は……」
僕は首都セラフィオンの生活に、ますます慣れ親しんでいった。
「私が目を離している隙に……父上、母上! あれほど念を押したのに!」
レオンハルトが予定より早く帰郷した。
その日はちょうど、郊外のピクニックパーティーへ行く予定だった。
「父上、母上! 連れ出すなと言ったはずです!」
「レオンハルト? どうした、そんなに慌てて」
「もう行くって言ってあるのよ。貴族は付き合いがなにより大切だって、監査官見習いのあなたがいちばんよく知っているでしょう?」
義母はレオンハルトにそっくりの美しい容姿を持つ男のオメガだ。ただし、金髪と碧眼で、そこだけは違っていた。
義父はレオンハルトに似ていないが、瞳と髪の色は同じ。すらりと背が高く、とてもやさしい風貌で、宰相にはとても見えない。
結局、レオンハルトも一緒に行くことになった。
「リオネル、肌が露出しすぎだ。この上着を……」
サーモンピンクの僕のブラウスに、自分の上着を着せかけるレオンハルト。
彼は本当に面倒見がいい。
「レオンハルト、何を言ってるんだ? 今日は暑いくらいだぞ」
「私が刺繍したブラウスのデザインが隠れてしまうじゃないの。あなたに子供のころ作ってあげた、コマドリの図柄よ」
「あの刺繍でどれだけ同級生にからかわれたことか……母上、リオネルの服は私が選んだデザインがたくさん……」
「教会に行くにはちょうどいいような襟元ばかりだったから、リオネルちゃんと一緒にお店に行って作り直したのよ。レオンハルト、本人の意向を無視するのは一番よくないことよ」
「余計なことを……ん? あの男はなぜリオネルに挨拶を?」
「あの……この前、庁舎で義父上に紹介していただきました」
「父上! リオネルをそんなところにまで連れ歩いているのですか?」
「私たち家族の職場だ。よいではないか」
「危険です!」
「だったら、どこならよいのだ」
「リオネル……外出禁止だ」
「えっ……?」
「あらあら……リオネルちゃんのこととなると、人が変わったみたいになるのね。レオンハルト、そんなことよりピクニックを楽しみましょうよ。三週間後にはまたノルディアへ戻るのでしょう?」
「……わかりました」
やっと会えたレオンハルトは、遠い北方領ノルディアへまた戻ってしまう。
現時点では、あちらが彼の居住地なのだ。
「あの……お仕事は」
「順調だ。まわりとも、うまくやっている」
「そう……ですか」
優秀なレオンハルトだ。困ったことなどないだろう。
でも、こんなとき、気の利いたことが言えればいいのに。
くやしさに、こぶしを握りしめる。
「寒いのか?」
「……っ!」
すかさず、レオンハルトが大きな手で僕のこぶしを包み込んでくれる。
自然と笑みがこぼれた。
これは単なる同情であって、恋愛感情からくるものじゃないとわかっているのに――。
その直後に訪れた発情期を、僕は夢見心地のまま――しあわせに過ごした。




