七話 リーヴェルン村
ここからが本編
現在ミハイルの前にいるのは、巡礼から帰ったばかりだという元剣聖――大司祭カシウス。そういえば巡礼での報告を聞いてこいと国王に言われていたと、ミハイルは彼の話を聞く。
最初は事務的なものだった。瘴気が残っている場所、瘴気に侵されたが改善した場所、早急に瘴気を浄化させるべく聖女や浄化の力を持つ司祭を派遣すべき場所。そういった報告をしていたカシウスが、ミハイルに問いかける。
「そういえば、筆頭聖女候補が倒れたそうですね」
「ああ。努力が足りんとしかりつけたところだ。これは一旦婚約破棄も考えないといけない」
「殿下は聖女リアを気に入っていないようで?」
「いいや」
ミハイルは首を横に振った。
「彼女のことは好いている。僕の妃になってほしいと思っている」
「そうですか」
「彼女も僕を好いているはずなのに、婚約破棄したいと言い出したのだ」
「それはそれは」
「カシウス卿、こういう場合、どうすればいいのだ?」
その言葉に少し考えてカシウスは答えた。
「押してダメなら引いてみろという言葉がありまして……、一旦婚約破棄されてみては?」
「はあ!?」
「本当に彼女がミハイル殿下を好いているなら、本当に婚約破棄をされたら慌てるでしょう。ついでに田舎へ一時的に左遷してみてはいかがでしょう。会えない時間が愛を深めるとも言います」
「そうか。それはいい考えだ。では、どこに左遷すればいい?」
話に乗ってきたミハイルを見て、カシウスは穏やかな笑顔で言った。
「リーヴェルン村がよろしいかと。あそこはなにもない寒村ですからね。王都の生活になれたご令嬢なら、すぐにミハイル殿下に泣きついてくるでしょう」
「そうか。感謝する。あとは貴殿に任せよう」
「ありがたき、お言葉」
礼をしながら、カシウスは内心『うまくいった』とほくそ笑んだ。
――田舎へ左遷、か。
覚悟はしていた。リアは自室で謹慎中にそう思った。ミハイルに婚約破棄をしたいと伝え、婚約破棄のための書類に自分の名前を書き、王族の怒りを買ったのだという理由で謹慎を言い渡され、左遷を命じられた。
本当にあっという間だった。
惜しむのは家族に手紙を書けないことと、今まで良くしてくれた聖女たちに別れの挨拶をできない事だろう。
そして二日の謹慎後、リアはリーヴェルン行の馬車に乗ることになった。その時、御者がギョッとした表情でこちらを見た。
――どうしたのかしら?
もしかしたら聖女や貴族を見るのが初めてかもしれない。なるべく気を遣わせないように、貴族式のあいさつではなく、ただ頭を下げるだけのあいさつにとどめる。
「この度は、ありがとうございます」
「え、ええ、いえ……少々お待ちください。あ、こちらに座って」
御者は野営の時に使うのであろう椅子を取り出すと、リアをそこに座らせた。
馬車中で音がする。その音が止むと、御者が出てきた。
「どうぞ」
リアが据わる場所に柔らかいクッションが敷かれ、身体が冷えないようにブランケットも用意してある。
「まあ、お気遣い痛み入ります」
「いえいえ。なにか辛いことがあれば言ってください」
「ええ」
このチャールズという名の御者。馬車を扱い荷物や人を運搬する仕事について長い経験をつんでいる。空間魔法を使え、目に映る範囲への瞬間移動をできることもあり、重宝されていた。そんな彼は十六の娘と十四の息子を持つ父親でもある。
そんな彼が自分の娘と同じくらいの、明らかに顔色が悪い少女を見て、心配になったのも無理はない。彼は彼女を見るなり『病人だ!』と思った。
彼は彼女が田舎に行く理由を詳しく聞いていない。そのため、病気療養のため、田舎に行くのだと判断した。
行先のリーヴェルン村は森の周囲は瘴気がまだ残っているが、村には結界が張られ、村周辺の瘴気は綺麗に浄化されているから、都会よりは空気が良い。たまに商人や旅人が立ち寄り、珍しいものを見せてくれたり、いろいろな話を聞かせてくれるから、何もない寒村でもあまり退屈はしないのだ。
チャールズは、娘くらいの歳の子が、王都を離れ療養しなければならない状況に心を痛め、また彼女が無事に馬車生活を乗り切れるか不安になった。
――まずは、クッションを出して馬車で寝やすいようにするか
普段は道が悪くて馬車が揺れるところを走るときに使うクッションを敷き、数日かけて移動する場合につかう防寒用のブランケットを用意した。
これで横になることも出来る。少しは楽に移動できるだろう。
少女を馬車に乗せて、王都から離れ、周りが開けた場所についた時、チャールズは空間魔法を使った。
本来、空間魔法を使用する特急料金はもらっていないが、彼女は馬車への野営に耐えられる身体か分からない。なるべく、はやく送り届けねば!
リーヴェルン村についたのはその日の夜。
――あら、思ったより早い?
御者が空間魔法を使っていたことは分かっていたが、まさかこんなに早く着くとは思わなかった。
野営を覚悟していたリアはゆっくりと、馬車から降りる。
「お嬢さん、気持ち悪くはなってませんか? 体調は?」
「いいえ、問題ありません。えーっと、教会は」
「こちらです」
御者はリアの荷物を持ち案内する。教会の横を通ると、教会とつながっている宿舎のようなものがある。そこの入口の呼び鈴を鳴らすと背の高い人影が現れた。
そこから現れたのは、銀髪の麗人だ。
ミハイルの天使のようなかわいらしさのある美貌とは違い、彼は女神のような美しさと表現した方が良い容姿をしていた。男性にこのような表現を使うのははばかられるが、男くささをどこかに置き忘れたような、儚げで女性と見まごう美しい顔立ちをしている。
繊細そうな人だとリアが思った瞬間、彼は思いのほか低い声で話しかけた。
「まさか、病人をここまで連れてきたのか!?」
「夜を超えないよう、空間魔法を駆使してきました」
御者の言葉に、青年はなるほどと呟き、リアを手招きした。
「お前はこっちへ来い。案内する」
そう言って彼女を一室へ案内するとすぐにベッドへ寝かす。
「あんのくそジジイ、せめて病気が治ってからこっちに送れよ」
見た目のわりに、少し荒っぽい口調のようだとリアは思った。そのあとで聞き捨てならない言葉が聞こえたことに気づいた。
「あの、私」
病人じゃありません。そう返す前に青年は部屋を出て行ってしまった。
「えー……」
少ししてから戻ってくる。
「夕飯の残りだ。ゆっくりこれを食え」
くたくたに煮込まれたスープだ。肉が入っているそれは、食べれば太ってしまうのではないかと思ったが、せっかく用意してくれたものを残すのも申し訳ないと、リアはゆっくりとそれを食べた。
「よし。もう寝ろ」
「え、もうですか?」
「当たり前だ」
そう言って無理矢理ベッドに寝かされ、明かりを消された。ここについたら眠くなるまで勉強をしようとしてたのに明かりがないなら、それもできない。
リアは観念しておとなしく眠ることにした
――なぜ、病人だと思われたのかは分からないけれど……。明日誤解を解けばいいか
一方、御者チャールズと、青年神父フィンは
「カシウス師匠から、彼女が酷い目にあっていると聞いたが、まさか病気にかかっていたとは……。アンタは、何も聞いていないのか」
「ええ。なにも。聖女を田舎へ送るから丁重に扱えとしか、言われていません」
チャールズは苦しそうに言う
「あんなに体調が悪そうなお嬢さんなら、もっと乗り心地のいい馬車を選ぶこともできたのに」
良き父親でもあるチャールズは、年若い娘が苦しんでいる状況が許せないのだろう。
彼の手に、フィンは魔法石を握らせる。魔法を使って魔力切れを起こした際に使うものだ。王都からここまでの距離をこんな短時間で済ませたのは、彼が自分の魔力以上に空間魔法を使ったのだということを、フィンは分かっていた。
「受け取れません! 勝手にやったことです」
「いや、俺は浄化の力を持っていても、魔力そのものはからっきしだからな。持っていても仕方がないから受け取ってくれ」
「……それじゃあ」
「もしカシウス師匠がこっちに来る時があるなら、少しサービスしてくれるだけでいいさ」
「わかりました」
顔色の悪い少女が、フィン神父のもとへ送り届けられてよかったと、チャールズは胸をなでおろした。ただの御者に対し、宿を提供した上に食事も用意してくれる良い人だ。きっと、彼女にも、良くしてくれるだろう。
良い人たち




