8 少年の死
◇ ◇ ◇
【ヒュプノス・タナトス恒星系】
統一時間4月6日21時45分。
迎撃艦シリウスからの援軍が到着した。それはクロウ・シノサカのステータスがレッド――死亡が確認されてから3分後のことだった。
宙域に到着した殲闘騎隊は、その光景に言葉を失った。
カドモスの残骸が散らばっていた。最新鋭機のシグルドも、四肢を破壊され宇宙空間を漂っている。
だが、なによりも彼らを驚かせたのは新種の宇宙怪獣にハルバートを突き立て、停止したクロウ騎の姿だった。
あいつが、宇宙怪獣と差し違えた!?
シリウス艦内で彼の実力を知らないものはいない。
彼は新兵に毛が生えた程度の動きしかできなかったはずだ。
パイロットの中には、クロウがまぐれで宇宙怪獣を仕留めたのではないかと考える者もいた。しかし、状況が分かれば分かるほど、そんなことは言えなくなった。
出撃したカドモス乗りたちのほとんどを葬り、シリウス随一の実力者の機体を大破させた宇宙怪獣を倒したのは、劣等の烙印を押された少年だったのだと、彼らは認めるしかなかった。
◇ ◇ ◇
【ヒュプノス・タナトス恒星系 トランジットポイント】
統一時間4月7日0時40分。
迎撃艦シリウスの艦長マディ・マンディ大佐は艦長室でため息をついた。
彼が座るデスクの前には、立体映像が浮かび上がり、数々の情報を示していた。
損害…未帰還機5、損傷4、うちシグルド ミソラ・アカツキ機はこの作戦中の修復は不可能。戦死…6
数時間前の戦闘で、シリウスはその艦載騎の2割以上を喪っていた。
「こんな時に限って…」
そんな文句を言っても何も変わらないことは知っていた。
しかし、彼は口に出すことでしか、自分のストレスを発散できないでいた。
…酒があれば、今すぐあおる所なのだが、そうもしてられない。
殲闘騎のデータから、先ほどの戦闘で現れた新種の宇宙怪獣はカテゴリー5と認定された。それは3個小隊――9機以上での対応が求められるレベルの強さである。
センサーを無効化する器官を持った、この凶悪な宇宙怪獣は第一発見者の遺言に従い、【バッタ】と名付けられた
「せめて、彼が生き残ってくれれば良かったのかもしれないが…」
マディはホログラムに浮かび上がる、戦闘映像を見つめた。あの場所に居合わせたセレナ・ミラディの乗るシグルドが記録した映像だった。
そこにはバッタ型に襲いかかる、シグルドの姿が映されている。たった1騎でカテゴリー5を倒した機体。
クロウ・シノサカ少尉…今は2階級特進で大尉となった彼は、死ぬ直前になって殲闘騎の扱い方を心得たらしい。
その挙動は、この世にいるどの殲闘騎乗りであっても再現できないほど、自然なものだった。
いくら人型をしているとは言え、殲闘騎の動きは人のそれほど精密ではない。だが、彼の駆るシグルドの動きは、まるで人がシグルドのガワをかぶっているのではないかと疑ってしまうほどに、繊細なものだった。
エインヘリアルシステムを限界以上に使えば――彼ほどの適正値を持っていれば、この動きも可能なのかも知れないが…
彼ほどの適正値を持った人間は、この宇宙に2人とはいなかった。
その現実に、ため息をつくことしかできない。
我々は、貴重な人材を失ってしまったのかもしれないな。
そんなことを考えていると、マディの顔の前にホログラムのポップアップ通知が浮かび上がった。
「シリウスの2回目の超長距離ワープまで残り10分」
深いため息をついた後、気持ちを切り替える。
彼にはまだこなさなければいけない仕事がある。
ガイア恒星系第11惑星の迎撃任務はまだ生きている。
戦力を削がれた状態でのさらなる戦闘が、シリウスを待っているのだ。
…少しでも、戦力を整える必要がある。
彼はホログラムに整備ハンガーの映像を流す。
そこでは四肢を喪ったミソラ・アカツキのシグルドの、コクピットブロック取り外し作業が行われていた。
その横では、すで破壊されたコクピットブロックを取り外されたシグルドが――数時間までクロウが乗っていた殲闘騎が立っていた。
◇ ◇ ◇
【モイラ恒星系 トランジットポイント】
迎撃艦シグルドは、2回目の超長距離ワープを完了した。
艦内では、再び宇宙怪獣が現れるのではないかと警戒する者が多かったが、この静かな宙域では怪獣の影は見つからなかった。
統一時間4月7日1時05分
ミソラは自室のベッドの上で膝を抱えて座っていた。
ミソラの頭の中では、先ほどの戦闘で見た光景の数々が繰り返し再生されていた。
宇宙怪獣の蠕動する器官。助けに来た味方の殲闘騎、彼の戦闘の様子…貫かれるコクピット、そして…クロウの遺体。
戦闘が終わった後にやってきた友軍騎は、クロウ騎を回収していた。
クロウのシグルドが、ほぼ無傷だったのがその理由だろう。
ミソラは艦に戻り、機体から出ると、すぐにクロウ騎の元へと駆けていた。
ちょうど整備兵たちが、貫かれゆがんだコクピットハッチをこじ開けたところだった。
「見ないほうがいい」
整備兵の誰かがミソラを止めたが、彼女は聞かなかった。
ミソラがこじ開けられたハッチの奥を見ると、そこには腹を貫かれ、息を引き取った少年の姿があった。
ミソラは、クロウの遺体を数秒間、無言で見つめた。
そして、両手を合わせると、整備兵に礼を言い、その場を去った。
彼女は泣かなかった。それは、彼女の密かな信念によるものだった。
宇宙怪獣との戦いで、死はつきものだ。だから、例え長い付き合いの戦友の死であっても、たとえば一番の親友であるセレナが死んだとしても取り乱さない。そう決めていたのだった。
戦闘報告書を提出する間も、パイロットスーツから制服に着替える間も、彼女は涙一粒すら流さなかった。号泣するセレナを慰める間も、泣くことはなかった。
しかし、部屋に戻り、1人になった瞬間、彼女は声をあげて泣いていた。
それから数時間。
彼女はひたすら泣き続けた。そして、今である。
「アタシが、弱かったからアイツは死んだ…」
ミソラは腫れあがったまぶたをこすりながら、宇宙怪獣を、触手に貫かれたシグルドを、クロウの姿を思い出す。
「アタシは…どうすればいいの?」
1年半、共に過ごした友人の死は、彼女の心に重くのしかかっていた。
◇ ◇ ◇
夢を見ていた。幼い頃の夢だ。
俺は、自分の部屋から夜空の星を眺めていた。
あの時の俺は、今とは違って殲闘騎乗りに憧れていた。みんなを守るヒーローになりたいと思っていた。それは、殲闘騎乗りだった父の影響だった。
父はいつも宇宙の話をしてくれた。おぞましい宇宙怪獣の話や、ワープした先で見る星々の話。
俺はそんな父のことが大好きだった。夜空を眺めていたのも、父がどこにいるのかを確認するためだった。
その日も星は輝いていた。俺はいつも通り、見えるはずのない父の姿を探していた。
その時、1階から母の叫び声が聞こえた。
俺はどうしたのだろうと、母の元へと向かい…父の死を知ることになったのだ。
その日から、俺は殲闘騎への憧れを捨てた。
なのに、なぜ、俺は選ばれてしまったのだろう。
なぜ、戦場に出てしまったのだろう。
なぜ、慣れもしないことをしてしまったのだろう。
なぜ、死んでしまうようなことをしてしまったのだろう。
なぜ、なぜ、なぜ?
俺は思考できているのだろう?
作品のご感想お待ちしてます! また、ブクマ登録・評価をいただけると泣いて喜びます。




