9 ミソラの願い
■第2章 ハート・イン・ザ・スチール
◇ ◇ ◇
【ニュクス恒星系第5惑星近郊】
統一時間4月7日 12時00分。
マイクロメートルサイズの惑星間塵の他には何もない静かな宇宙空間の中、シリウスから1騎のシグルドが飛び立った。
「これより、慣熟試験を開始します」
「はい」
コクピット内の少女――ミソラはオペレーターからの通信に返事をすると、機体を動かしはじめた。
シグルドに搭載されたエインヘリアルシステムが、彼女の思考を読み取ると、その内容を機体の動きに即座に反映させる。
直進、急制動、直角機動…
システムのフィードバックを受けた機体は、熟練兵顔負けの動きで試験項目に書かれた機動を、1つもミスすることなく完了させた。
操縦精度…合格。
直後、ミソラの視界の中に3体の宇宙怪獣の姿――正しくは訓練用のダミーとして出力された仮想のターゲットが浮かび上がる。
シグルドはウェポンボックスからレーザーライフルを取り出すと、射撃を開始する。武器を取り出してから、1秒も経過しないうちに銃口からは3発の光弾が放たれていた。
判定結果…全弾命中。
さらに、3体の反応。距離はさっきよりも近い。
シグルドはレーザーライフルを右手に持ったまま、もっとも近くにいたターゲットの元へと突撃する。移動の合間に、左手でレーザーブレードを取り出しターゲットを切り伏せる。同時にレーザーライフルを撃ちもう一体を撃破。
ターゲットが放った触手が機体を襲うが、それをレーザーブレードで切り払うと、そのまま距離を詰め、最後の1体も両断した。
武器操作、戦闘判断…合格。
その後も、ミソラは与えられた課題を難なくこなしていった。
◇ ◇ ◇
統一時間4月7日 12時30分。
「合格だ」
艦長の声が、コクピット内のミソラへと届く。
「これほどの動きができるなら、次の戦闘でも問題なく戦えるだろう」
ミソラ宛てに試験結果が送られてくる。彼女は12項目の試験の中で、全てにおいて満点に近い評価を取っていた。
「艦長、お願いがあるのですが」
「なんだね?」
「…自主訓練をしてもいいですか? この機体の癖を知っておきたくて」
「癖もなにもないとは思うが…いいだろう。30分の実機訓練を許可する」
「ありがとうございます」
艦長との通信が切れた。
そこで、ミソラは深いため息をついた。
「こんなんじゃ、全然ダメ…」
訓練スコアは満点に近かったが、彼女はこの機体の動きに違和感を覚えていた。
エインヘリアルシステムの反応が固い気がしたのだ。なんとなくではあるが、シグルドが緊張している…という表現がぴったりくる気がする。
「前の飼い主に似ちゃったのかしらね、アンタは…」
ミソラは苦笑しながら、コクピットの中でそうつぶやいた。
彼女がこの機体の前の持ち主と話している時、彼は時々緊張した様子で自分と接していたことを覚えていた。
それは必ず、訓練に前後した時に起きていたのだが、なぜ彼がそんな態度をとっていたのかを、結局ミソラが聞くことはなかった。
エインヘリアルシステムに感情はない、ただの独り言だ。
だが彼女は1人でいる時、自分の機体にこうして語りかけることがあった。
「しっかり目覚ましてよね。そして、アタシと一緒に仇を取りましょ」
そう言い終えると、ミソラは再びシグルドを操縦し始めた。
新しく彼女の愛機となった殲闘騎を。
…話は、数時間前にさかのぼる。
◇ ◇ ◇
【ニュクス恒星系第5惑星近郊 トランジットポイント】
統一時間4月7日 5時30分。
迎撃艦シリウスは3度目の超長距離ワープを終え、ニュクス恒星系へと到着していた。
艦長のマディ・マンディは目標宙域であるガイア恒星系第11惑星近郊への短距離ワープの時刻を、当初の予定通り統一時間4月7日18時に行うことを乗員たちに伝えた。
統一時間4月7日 9時30分。
マディは艦のワープ用エネルギーの充填作業の完了を確認すると、一部の人員を除いた乗員に戦闘前の休息を命じた。
ミソラがマディを訪ねて来たのは、彼が艦橋を後にし艦長室に戻って数分後のことだった。
「入りたまえ」
相手を確認すると、マディは扉を開き訪問者のミソラ・アカツキ少尉を部屋に招き入れた。
「失礼します」
「何か私に用かね?」
「はい、次の戦闘で私を出撃させていただきたく、お願いに参りました」
「君のシグルドの修理は、この艦の設備では不可能だ」
「この艦にはカドモスのスペアパーツが載っています。それをアタシのシグルドに取り付ければ…戦えるようにはなるはずです! お願いします!」
ミソラが頭を下げる。
そんな彼女を、マディは黙って見つめた。
彼女の要望は、あまり現実的なものとは言えない。
シリウスには必要最低限の整備物資がある。ミソラが言うようにカドモスのスペアパーツも存在していた。
だが、彼女の機体は深刻なダメージを受けていた。手足を変えればなんとかなるというレベルではない。今から作業を行ったとしても出撃までに整備が終わる保証はない。
さらに言えばカドモスの両手足をつけた場合、エインヘリアルシステムの補助を受けることができなくなる。それはシグルドにしか乗ったことのない彼女にとって、自殺行為だった。
ミソラもそんなことは理解しているはずだ。
それでも、この場所にやってきたのだ。
本来ならば、馬鹿を言うなと答えるところだろう。
しかし、マディは彼女の申し出を了承した。
「いいだろう」
ミソラが頭をあげる。自分の願いが無謀だと分かっていたのだろう。その顔は驚きに包まれていた。
だが彼は、ミソラが部屋に訪れる前から、彼女を出撃させようと考えていた。
「我々は今、戦力が不足している。戦闘中一兵たりとも休ませる暇はないのだ。君にはぜひ出撃してもらいたい」
「あ、ありがとうございます!」
「だが、少尉の提案はスマートとは言えないな。出撃するなら手足の揃ったシグルドを使え」
「し、しかしこの艦には余ったシグルドなんて…」
そこで、ミソラの表情がこわばる。
彼女は気がついたのだ。
この艦にある、主が不在となったシグルドを。
「ちょうど今、整備班がコクピットブロックの移設作業を進めている」
マディがそう告げると、ホログラムが浮かび上がる。
そこには現在の整備ハンガーの様子が映されていた。
コクピットブロックがクレーンに持ち上げられている。その先にはほとんど傷がついていないシグルドがいた。クロウのシグルドだ。
「もちろん、無条件で出撃はさせん。移設作業の完了後、慣熟試験を受けてもらう。その結果次第だが、問題なしと判断すれば、君を出撃させよう…これでいいかね?」
「…はい!」
マディの確認に、ミソラはすぐに答えた。
◇ ◇ ◇
統一時間4月7日 10時00分。
整備ハンガーで、一晩かけて行われた突貫作業がついに完了した。
作業にあたっていた整備班の人間たちが、疲れと達成感が入り交じった表情で、目の前の機体を見上げる。
そこには、コクピットブロックの移設作業が完了した、白銀の殲闘騎――シグルドが立っていた。
「やっと終わった…」
「馬鹿野郎、動くのが確認できるまで終わりじゃねえぞ!」
新人整備兵を、整備班長が怒鳴りつける。
「ほら、さっさとパイロットを呼んでこい。起動はあの娘さんしかできないんだから」
シグルドの起動には、コクピットブロックに紐付けられたパイロットの生体情報が必要になる。そのため、整備後の最終チェックは必ずパイロットに同伴してもらっていた。
「はいっ!」
整備班長の指示で、新人整備兵がハンガーの出口へと走り出す。
その後姿を見送った後、整備班長は再び、機体を見上げた。
そこで彼はシグルドの両目に一瞬、光が走ったのを見た。
「あぁん…なんだ?」
整備班長は、シグルドの整備用ステータスを確認する。
機体に異常はない。ログを見ても、シグルドの電源が勝手に入ったという報告は出ていない。
「俺もつかれてんのかなぁ…」
整備班長は、頭をボリボリかいて。そうぼやくだった。
◇ ◇ ◇
同時刻。
シグルドのコクピットの中に光が灯った。
整備用ステータスでは確認できなかったそれは、イレギュラーな出来事であり、本来ありえない動作だった。しかし、そんなことが起きたという事実は、その時、知られることはなかった。
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