7 秘めたる想い
◇ ◇ ◇
【アルゴナイタイ恒星系 トランジットポイント】
アルゴナイタイ恒星系は、首都星ゼウスから見てもっとも離れた場所に存在する恒星系であり、人類がもっとも進出した宙域であった。
統一時間11月3日 10時20分
迎撃艦シリウス、カノープス、ベガの3隻は、アルゴナイタイ恒星系へと到着した。
「…すげぇ数だな」
ワープアウト直後、外の様子を見たアレックスがため息をつく。
トランジットポイントには5000隻を超す開拓船が浮かんでいた。
現在、パイロットたちは宇宙怪獣の襲撃に備え、出撃準備を整えた状態で待機をしていた。彼らは、ホログラムモニターを通じて、外の様子を眺めていた。
「北方宙域開拓船団の本体だからね。ここまでの規模にはなるわ」
「こんな場所まで、わざわざ旅しに来たんだよなぁ、ここにいるやつらは」
この恒星系に留まる船団は、北方宙域開拓船団の母体であり、現在1000万人を超す人員が所属している。それは全宇宙に存在する開拓船団の中でも特に大規模なものであった。
「現在、北方宙域開拓船団は宇宙怪獣の襲撃に備えてトランジットポイント内で待機してもらっているわ」
パイロットたちが、ミソラの言葉に反応し視線をミソラへと戻す。
「目標…ファブニールの出現時刻は不明だけど、いつヤツが出ても良いように備えておくわよ」
「ああ、任せとけ! お前ら、気合いいれるぞ!」
「おう!」
アレックスのかけ声に、野太い声が返る。
それらは皆、アレックスが率いる部隊に所属するパイロットたちであった。
その中には、選抜組――半年前、初出撃をこなしたシグルドβのパイロットたちも含まれている。
シグルドに搭載された機体制御装置エインヘリアルシステム。パイロットの思考を読み取り、機体制御をサポートするこのシステムは、使いこなすのにパイロットの高い適性が必要となる。
シグルドβのパイロットたちは、全人類の平均から見た場合にはその適正値が高い者が選ばれていたが、ミソラやアレックスなどの1期生と比べるとその適正は劣っている。
そのため、彼らはこの半年間1期生の協力を得ながら、死にものぐるいで実力をつけていた。
結果、結成当初は険悪だったパイロットたちの仲も、今はずいぶんと良好になっている。
「隊長。もし時間があれば、実際にこの宙域での訓練を行いたいのですが」
ミソラより一回りほど年上の青年が、彼女に話しかけてきた。
「いいわよ。艦長に確認を取ってみる」
「あ、それじゃあ許可が降りたら、私が訓練に付き合うね~」
ミソラと青年兵の会話に、女性兵士が入ってくる。
ミソラたちと同じ、シグルドのパイロット、セレナ・ミラディ中尉だ。
「うん、お願いしていいかしら」
「任せて~。私もこの戦いに向けて気合いをいれてきたんだから~。びしばし、訓練しちゃうよ~」
「あはは…あんまりしごきすぎて、みんなを疲れさせないようにだけ注意してね」
セレナは、ミソラの戦友としてチームを組むことが多い少女だった。
しかし、半年前の戦い――惑星ゼウス周辺での作戦において、戦友だったクロウ、その肉体をまとった宇宙怪獣が現れたことによって、その精神を一時期病ませていた。
そんな彼女が復帰したのには、理由があった。
「ね、ミソラ…その、お願いがあるんだけど…」
「わかってるわよ。はい」
ミソラは、近づいてきたセレナに小箱を渡す。
それはミソラのシグルドにいるクロウと、直接対話ができるデバイスであった。
「一応、確認だけど…」
「60分以上は、ミソラの手元から離してはいけない。でしょ。わかってるよ~。じゃあ、ちょっとだけ借りるね~」
そう言うと、セレナは筐体を持って、部屋を出て行った。
精神を病んだセレナが復帰をした理由。それはクロウであった。
ルーシーにより、クロウの存在が発表された後、セレナはクロウとの対話を経て、心の安定を取り戻していたのであった。
「…………」
ミソラは、セレナが去って行った方向を眺め続けていた。
セレナが病むところを近くで見ていたミソラとしては、彼女がここまで回復したことは嬉しいことであった。
しかし、彼女とクロウが会話をしている時、彼女が嬉しそうな表情でミソラに筐体を返す時、なぜかミソラは胸がざわつくのであった。
◇ ◇ ◇
統一時間11月3日 11時00分
「ねえ、クロウくん」
シグルドのコクピットの中で、声が響く。
それは筐体を通して、送られてくるセレナの音声であった。
「クロウくんは、今日は何をしていたの~?」
セレナの声は何かに反響しているように響く。
そのことを不思議に思いながらも、クロウは質問に答えた。
「そうだな…新装備の情報をまとめたり…あとは、まぁいつもどおりだな」
「星を見ていた?」
「ああ、最近は移動が多いから飽きないよ」
「ふふ、クロウくんは本当に星を見るのが好きなんだね」
「そうだな。こんな姿になっても、それだけは変わらないんだ。俺は」
「いいんだよ。だからこそクロウくんって感じがするし」
セレナとクロウが会話をするようになったのは、この部隊ができあがってすぐのことだった。
ミソラからセレナの状況を聞かされていたクロウは、ルーシーからの依頼もあり、セレナとの会話をするようになっていた。
当初はカウンセラーのまねごとをやらされるのではないかと危惧したクロウであったが、セレナとの会話は良い意味でも悪い意味でも、彼が生前彼女と交わしていたものと変わりなかった。
「そうだ、ねえクロウくん。クイズがあるんだけど、いいかな?」
「なんだ」
「私は今、どこにいるでしょう?」
「なんだよそれ」
「答えてよ。いつもとは話してる場所、違うんだよ」
たしかに、今日のセレナの声はよく響いていた。
コンサートホールや、トンネルの中にいるかのような、そんな響き方だ。
「…展望室とか?」
「ぶっぶー不正解。じゃあ、ヒントです」
バシャバシャと、水をはじく音が聞こえた。
水があって、音がよく響く場所。
同時に、クロウは存在しないはずの顔が熱くなるのを感じた。
「ま、まさか…セレナ。お前…!」
「あははー。クロウくん、何を考えたのかなー?」
「い、いや…もしかして、ふ…ふろ…!?」
クロウが答えるが、セレナからは回答が返ってこない。
しばらくの沈黙の後…
「クロウくんのえっち」
「なっ!?」
意味深な回答が返ってきた。
「い、いや…そもそもセレナがそんな場所から通話してきてるなんて、俺知らなくて…」
クロウは、しどろもどろになりながら、弁明しようとするが…
「あ、そろそろ筐体をミソラに返す時間だー。えへへ、今日はここまでだね」
セレナは、クロウの反応を特に気にしない様子で、話を進めた。
「じゃあ、クロウくん、またね~」
「あっ、ちょっとま…っ!」
ブチっ、という音と共に、通信が切れた。
「…一体、なにがしたかったんだよ」
通信が切れた後も、動揺が収まらない
「風呂から連絡するなんて…セレナが…?」
思わず、その光景を想像してしまう。
ミソラと比べても豊かな肢体を持つ、彼女の裸体が湯船に浸かっている。
バスタブの側には、筐体が置かれており、俺との会話を楽しんでいる。
その頬はお湯のせいか、それ以外の理由のせいか、上気していて…
「だ、ダメだダメだ! 俺は、何を考えているんだ」
そこまでが、クロウの想像の限界であった。
クロウは必死にそのイメージを頭から振り払おうとする。
「ったく、セレナはいつもよくわかんないな…」
結局、クロウはしばらくの間、セレナのことが頭から離れなかったのであった。
◇ ◇ ◇
同時刻。
セレナは風呂場にいた。
彼女は両腕で筐体を抱くように持ちながら、湯船に浸かっていた。
「クロウくん…」
胸元に当たる固い感触を楽しみながら、セレナはクロウとの会話を思い出す。
「クロウくん…クロウくん…」
彼女が自らの感情に気がついたのは、いつ頃であったか。
セレナは訓練生時代から、目で彼のことを追っていた。
殲闘騎シグルドのパイロットに選ばれた存在でありながらも、そのことを気負うこともなく、いつも自然体に過ごすクロウに対して、セレナは自分たちの波長があっていると感じていたのだ。
そう、これは奇跡だ。
神様は、私に運命の人を出会わせてくれたのだ。
表には出さなかったが、セレナは常にそんなことを考えながら、クロウと接していた。
だからこそ、彼女は親友のミソラと共に、クロウに声をかけ、チームを組むことにした。
優秀なセレナとミソラのチームにクロウが入ることに、当初ミソラは難色を示したが、途中から周りのチームに対するいいハンデだと言うようになった。
だから、初出撃の時に彼が死んだことに誰よりもショックを受けたし、彼が復活した時は、誰よりも喜んだ。だが、戻ってきた彼は偽物であった。その出来事はセレナにとってかつて無いほどの衝撃を与えた。
だが、神様はセレナに3度目の奇跡を与えてくれた。
クロウはその体を失い、意識だけの存在となっていたが、そんなことはセレナにとってどうでもよかった。
「次はもう、絶対に離さないからね…クロウくん」
クロウくんは、私が絶対に守る。
その思いを胸に秘めながら、セレナは湯船を出た。
◇ ◇ ◇
【アルゴナイタイ恒星系 小惑星帯】
宇宙に浮かぶ、無数の石の塊たち。
その岩肌に、複数の影が通り過ぎていった。
それらの群れは、皆同じ方向へと向かって進んでいた。
煌々と輝く恒星。
その手前にある惑星。
そこに集まった、人間達の元へと…
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