1 半年後
◇ ◇ ◇
【テセウス恒星系 第1惑星アリアドネ 近郊】
統一時間11月1日 15時40分。
それは惑星アリアドネの開拓作業からちょうど半年後の出来事であった。
静かな宇宙空間の中を黒い影が駆けていく。
それは宇宙という大海原に潜む、ウミヘビだった。
ウミヘビ型、人類の敵である宇宙怪獣だ。
この個体の他も、現在30匹以上のウミヘビ型が、この宙域に現れていた。
半年前まで平穏だったこの宙域は、今戦場と化していた。
◇ ◇ ◇
熱線を受けて、3騎の殲闘騎が宇宙の藻屑と化した。
ウミヘビ型に巻き付かれた小型艦が、その船体を真っ二つに割られる。
宙域には銀河連合軍所属の戦闘艦、殲闘騎の残骸が漂流していた。
宇宙怪獣の襲撃に対して、アリアドネ防衛艦隊は劣勢を強いられていた。
それは仕方のないことであった。
ウミヘビ型のカテゴリーは3。
複数の殲闘騎が対応することで、やっと1匹倒せるかどうかの強さなのである。
口から放たれる熱線は殲闘騎を溶かし、身体を使った締め付け攻撃は小型艦を真っ二つに折る力を持つ。さらに硬い鱗によって、生半可な攻撃は寄せ付けない防御力を持っていた。
全長は50メートルを超し、最大で100メートルにまで達する。
この強大な宇宙怪獣30匹に対応する戦力は、現在防衛艦隊にはなかった。
戦力が足りないのである。
半年前に発見されたこの惑星に本格的な移民が始まったのはつい1ヶ月前のことである。
この惑星には人を運ぶ移民船は数多く訪れていたが、人々を守る軍艦の配備は、十分にされていなかった。
「巡洋艦レームノス、ナクソス大破! コリントス所属の殲闘騎部隊全滅!」
防衛艦隊旗艦巡洋艦クレタでは、絶望的な報告が次々と読み上げられていた。
「レームノス、ナクソスは後ろに下がらせろ! スキューロスは2隻の援護に迎え!」
「あ…ナクソス轟沈!」
「…クソ! このままではアリアドネは宇宙怪獣どもの巣にされてしまうぞ!」
艦長はイラつきを隠さずに、そう吐き捨てた。
「そもそも、どうして宇宙怪獣の接近に気がつけなかったのだ!」
「それは、カサンドラシステムの配備がまだ十分ではなかったからかと…」
「そんなことはわかっている!」
副官の発言は、艦長の怒鳴り声でかき消される。
理不尽である。
しかしそんなことが考えられないほどに、艦長は追い詰められていた。
現在、彼我の戦力差は絶望的なまでに広がっていた。
現状、生き残っている艦艇は旗艦クレタの他、2隻。
しかしうち1隻はすでにウミヘビ型の集中攻撃を受けている。
さらに、宇宙怪獣との戦闘に欠かせない殲闘騎の数は、現在20騎程度となっていた。
「なぜだ…我が方にははじめ、180騎を超す殲闘騎がいたはずなのに…」
「こちら側が移民船団を守るため、攻勢に出たのが原因かと…」
「では貴様は、同胞20万人が乗る移民船団を見殺しにすれば良かったと言うのか!」
「そういうわけではありませんが…ただあえて攻勢には出ず、移民船団を防衛すれば良かっただけではないかとも思うのですが…」
副官の声量はだんだんと小さくなっていく。
艦長が、すさまじい形相で彼をにらみつけたため、主張を取り下げたのだ。
そんなやりとりをしているうちにも、状況は悪化していく。
「レームノス轟沈! レームノスに集中していたウミヘビ型、スキューロスに攻撃をしかけています!」
ホログラムモニターで、映像を確かめると、10匹のウミヘビ型が巡洋艦スキューロスに飛びかかっていた。
スキューロスは艦の火力を駆使して、3匹のウミヘビ型を火の玉へと変える。
しかし、その間に、他の宇宙怪獣たちが艦を取り囲み始めていた。
「残存する殲闘騎部隊を全騎スキューロスに向かわせろ!」
「戦闘機部隊、すでに壊滅しています!」
「なら、本艦の火力であの巨大な蛇共を追い払ってやれ!」
「ダメです! 本艦の火力をスキュロースの方に向けたら、今度は私たちが狙われます!」
「うるさい! いいからスキュロースを助けるんだ!」
副官の進言を却下して、艦長が命令を下す。
主砲やレーザー機銃が砲塔の向きを変え、僚艦を襲う宇宙怪獣を墜としていくが…
「本艦2時、8時、9時の報告から宇宙怪獣の群れが接近!」
オペレーターから、絶望的な報告が入る。
「対宙機銃で撃ち落とせ!」
「ダメです…間に合いません!」
次の瞬間、艦に大きな衝撃が走った。
バランスを崩して人々が倒れ、艦橋に叫び声が響く。
艦橋の照明が非常用電源に切り替わり、視界も悪くなる。
また、艦内の一部で爆発が起きたのか、煙が入り口の方から流れてきていた。
「…くっ。戦況を報告しろ」
揺れによって、固い地面に倒れた艦長だったが、運良く大きな怪我は負わずにすんでいた。
艦長椅子の肘当てを掴み、立ち上がった彼は、すぐに状況を把握しようとするが…
「…ひっ!」
彼は見てしまった。
艦橋の大窓のすぐ外に、ウミヘビ型の顔があるのを。
ウミヘビ型に目はない。
代わりに、目があるべき場所に無数の触手がうごめいていた。
コツン、コツンと音がなる。
それは、ウミヘビ型の触手が、艦橋の強化ガラスを叩く音だった。
「や、やめろ…!」
艦の外は真空空間である、強化ガラスが割られてしまえば、艦内の酸素は宇宙空間に放出され、艦内の人間たちは死を迎えることになる。
コツン、コツン…
強化ガラスにひびが入った。
艦長は、火器管制官にウミヘビ型を撃ち落とすよう命令をしたが、すでに艦の砲塔は無力化されてしまっていた。
ひびが広がっていく。
もう、これまでか…
そう思った時であった。
ウミヘビ型の顔が、消えた。
正式には吹き飛んだ。
巨大なこぶしによって。
「…へ?」
今のは…殲闘騎の拳か?
生き残りの殲闘騎が、俺たちを助けてくれたのか。
艦長が、そんなことを考えている間にも、ウミヘビ型は突然の乱入者によって、艦から引きはがされていた。
そうして、彼は見た。
「あの…機体は」
艦長の予想は半分は正解していた。
彼らを助けたのは、殲闘騎であった。
しかし、この機体はアリアドネ防衛艦隊所属の殲闘騎ではない。
そもそも、殲闘騎部隊は壊滅したと、オペレーターが言っていたではないか。
それはアリアドネに配備されたカドモスとは異なる意匠を持つ、白銀の殲闘騎であった。
その姿は重装の西洋甲冑を身にまとった騎士のようにも見える。
この機体の名は…
「シグルド…か!?」
殲闘騎シグルド。半年ほど前に配備された、最新型の殲闘騎。
銀河連合軍の内部で広く認知されている、常勝の機体。
しかも、その機体の肩には2つのハートが並んだ印がつけられていた。この意匠は、とあるパイロットのパーソナルマークである。
この半年間、各地で戦果をあげ続け、殲闘騎シグルドの名前を世に知らしめた、若きエースの少女…
「こちら銀河連合軍第1特務殲闘騎部隊、隊長ミソラ・アカツキです! ただいま、援護に参上しました!」
彼女が乗る、機体であった。
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