32 動揺と決意と
◇◇ ◇
クロウが乗っていたシグルドβはその姿を禍々しい怪物へと変貌させつつあった。
機体の関節が曲がり、装甲をひしゃげる、隙間からは触手が生え、その茎をブルブルと震わせる。
その変化を、ミソラたちはただただ眺めていた。
理解が追いつかずに、手が出せなかったのだ。
なぜ、シグルドβは宇宙怪獣のようになったのか?
そのパイロットであるクロウの狙いはなんなのか?
そもそも、宇宙怪獣になる要因とはなんなのか?
生まれた疑問を1つ解消する前に、新しい疑問が次々と生まれていく。
彼女たちが戸惑う間にも、シグルドβの変化は続いていた。
胸部のコクピットがある辺りが、いちじくのように割れた。
そこには既に、コクピットはなく隙間からは赤く蠢く肉のようなものが見えた。
「ミソラ、正気を取り戻せ!」
コクピットに浮かぶモニターからは、そんな文字列――クロウが書いたものだ、が表示されるが、ミソラはシグルドβの変化から目が離せない。
隙間から露出した肉が膨張し、機体の前方に大きな2つの房が生まれた。
「…これって!?」
その見た目に、ミソラは既視感を覚えた。
それはミソラたちが初陣で戦ったカテゴリー5の宇宙怪獣。
クロウが命がけで撃退したはずの、宇宙怪獣だった。
バッタ型。
シグルドβの姿は、それと酷似していた。
「なん…で、アンタが? クロウが倒したはずなのに…」
そう疑問を口にしながらも、ミソラの脳裏にある仮説が浮かぶ。
クロウが生き返った時…
あの時のクロウは、受けた傷が全て治癒した状態で甦った。
まるで、身体の一部の細胞が、死後も生きていたかのように…
「まさか…アンタ…もしかして、最初から…」
クロウは生き返った時から、既に…
「宇宙怪獣だった…ってこと?」
クロウが死んだのは、機体が分断されたからでも無く、熱線で焼かれたからでもなかった。怪獣の触手がコクピットを貫き、その先端が身体に直接突き刺さったから死んだのだ。
おそらくその時、バッタ型は自分の細胞の一部をクロウの身体に植え付けたのではないか。
クロウの肉体と一体になった細胞は、彼の身体を治癒し、その肉体を奪い取ったのだ。
「どうして、よりにもよって、クロウの身体を…」
ミソラは、シグルドβに通信を試みた。
しかし彼女の言葉は、目の前の宇宙怪獣には届いていないようだった。
バッタ型と一体となったシグルドβは、機体から生やした触手を展開させた。
十数本の触手が、ミソラ、アイン、ツヴァイのシグルドたちに、同時に襲いかかる。
このような反撃は想定にない。
アインとツヴァイは、アンカーを切り離すと、攻撃を回避することに専念しはじめた。
一方のミソラは…
「どうして…」
目の前で起きた出来事のショックから、まだ立ち直れずにいた。
クロウを助けるために、シグルドに宿った彼を助けるために、ミソラはクロウの身体があればよいのだと思っていた。しかし、彼の身体は既に別のモノに乗っ取られていた。
最初から、救いなどなかったのだ。
アタシは今まで何をしてきたのだろう?
…クロウを、この機体に宿る彼を、どうすればアタシは救えるの?
ごめん、クロウ。
先端を尖らせた触手たちが、機体の目前まで迫る。
だが、ミソラはまだ動けずにいて…ただ、迫り来る触手を眺めていた。
触手が、機体に触れる。
そしてそのまま、シグルドは貫かれる…
はずだった。
「え…?」
ミソラの口から、驚きが音となって漏れる。
ミソラ騎を襲った触手は、シグルドの左腕を貫いていた。
しかし、それは本来、コクピットに直撃するはずの一撃だった。
シグルドがミソラの操縦を経ずに、勝手に動いたのだ。
「クロウ…アンタがやったの?」
「そうだ。でも、俺1人の力じゃ、これが精一杯だ」
クロウの言葉は正しい。
エインヘリアルシステムはパイロットの思考による機体制御を行う装置である。
機体の細かい動きはある程度、エインヘリアルシステムでカバーできるのだが、機体を動かすというところまで、システムは浸透していない。
よってシステムの一部であるクロウは、エインヘリアルシステムの権限の許す範囲でしか、機体を動かすことしかできなかった。
そのため、小型のスラスターを使って機体を動かし、左腕を盾にするために機体の前方に出すという行動を取らせるだけでも、かなりの労力を使っていた。
触手が今度こそコクピットを貫こうと蠢く。
「掴め」
モニターに浮かんだ文字を見た、ミソラはとっさに機体を操縦する。
シグルドの左手が触手の束を掴み、触手の動きを封じた。
「ミソラ、俺のことで落ち込まなくていい」
「なんでそんなこと…」
「いいんだよ。俺は生きているんだから」
「…え?」
クロウの言葉の意味を、ミソラは理解できなかった。
「俺は死んだ。でも、意識はここにある。ミソラがこの機体と共に戦ってくれるかぎり…生き続ける限り、俺はこの場所に存在し続けることができる。これは、生きてるってことだろう?」
「でも…アンタは、ずっとこのままかもしれないのよ!? 身体もなくなっちゃたし…もう、普通の人らしい生活なんてできないのよ?」
「それでも、こうしてミソラとは話ができる。身体が無くても、それができれば充分だ…そもそも俺は、星さえ見ていられれば、それで満足な人間だったんだぜ?」
モニターに文字が浮かんでいっては、消えていく。
文字だけでは、相手の感情はわからない。どんな思惑で放たれた言葉かはわからない。
もしかしたら、それはクロウの本心かもしれないし、クロウがミソラを励ますためだけに、正気に戻らせるためだけに表示させたものなのかもしれない。
ミソラには、クロウの感情はわからない。
だが…
「…どうしてアンタって、どうしてそうすぐに諦めるのかしら」
クロウの言葉は、ミソラを正気に戻らせるには、充分な効果を発揮した。
「ごめん…正直、アンタの考えは共感できない。そもそも今のアタシは混乱してるし…でもね」
ミソラは機体の武器をレーザーライフルに持ち替えると、触手に向けて放つ。
高熱の粒子に焼かれ、触手はその機能を失った。
「でも…アンタとはまだまだ話さないといけないって思ってる。アタシが今後どうすればいいかを考えるためにも…だから!」
今は目の前の敵に集中しなければいけない。
「そうだな」
ミソラの思考を読み取ったクロウが、答えた。
「とりあえずは生き残ろう」
浮かび上がった文字を見て、ミソラはうなずいた。
「ええ、そうね。相手はカテゴリー5以上、バッタ型を倒したことのあるアンタのサポート頼りにしてるわよ!」
「俺にできることだったら、なんでもやるよ」
「じゃあ、期待させてもらうわね」
ミソラはシグルドにブレードを構えさせる。
彼女はまっすぐと、相手を見つめた。
目の前にいる、強大な敵を。
もう、あれはアイツじゃない。
アタシが信じるクロウは――アタシと一緒にいる。クロウだけ!
彼女には、すでに迷いはなかった。
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